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64・ご挨拶
しおりを挟む「……はは…、」
「私が管理する神殿で、随分と物騒ですね」
アージェンが口を開きかけた時、後ろから声がした。
レクラムさんだ。
「待てと言うから、待っていたのだがな。
一向に、息子に合わせてもらえなかったので入らせてもらった」
「そうでしたか。此方としては、来訪の連絡は受けておりませんでしたので、対応が遅れてしまいました。
ですので、神殿の規律を守ろうとする勤勉な子を脅すのは、止めて頂きたい」
レクラムさんは落ち着いた口調で話しながら、優雅な姿勢で俺達の脇をすり抜け、前に出る。
……けどこれって、暗に。
連絡無しで突然訪ねて来て、偉そうにするな。
って言ってる?
「脅してなどいない。あんなもの北の地では常套句だ」
「ここは北の地ではありませんから」
「その口はまだ、健在のようだな」
「お褒め頂き、ありがとうございます。
ところで、本日はどのようなご要件で?」
……レクラムさん、凄いな。
声だけでも威圧を感じるのに、悠然と会話をしてる。
「息子の嫁を見に来た」
「ああ、なるほど。
どうします? アージェン」
「急過ぎる」
「だ、そうですよ」
「こんな物を請求して来たのだ。紹介ぐらいするべきではないのか」
「……はぁ…、母上、離して下さい」
「……っ」
えっ?!! 今なんて?
アージェンに抱き着いていた腕が、スルリと離れた。
って事は、この抱き着いていた人が、アージェンのお母さん?!
いやっ、それより話の流れから言って、息子ってアージェン?
アージェンの嫁って何? そういう人が……いたの? じゃあ、俺は?
「すまない、ルキ」
アージェンが振り返る。
なんで謝るんだ? やっぱり他に……、
「父上、こちらが私の伴侶にと願う、ルキ・キヨミヤです」
へ?
アージェンが僅かに身体をずらすと、そこに立っていたのは、漆黒の髪と紅い瞳で無表情。凍てつく様な空気を纏った美貌の主。
その全てが相俟って、まるでどこかの書物から抜け出した絶美を誇る悪魔みたいな人だった。
どちらかというと、顔のパーツはアージェンに似てる。
でも、なんだろう。雰囲気が、怖いんだ。
情けない事に怖くて足が震えるけど、ここは踏ん張らなきゃいけない気がするっ。
頑張れ俺!恋人の御両親にしっかり挨拶するんだ!男を見せろ留輝っ!
「…初めまして、ルキ・キヨミヤと申します」
「ほぅ、なるほどな。
私はアージェンの父。インペリウス・ブラッドクロス。此方は妻、フォルナだ」
声が重い。一字一句に重力でも掛かっているのか?ってぐらい胃の腑にズシリと重みが掛かる。
「初めましてルキさん。
私はアージェンの母、フォルナです。
ルキ君。と呼んでも?」
「はい」
お母さんもめちゃくちゃ美人だ。
けど、お父さんみたいな氷の美貌じゃなくて、可愛らしい美人だ。
濃い青の髪に、濃い紫の瞳。
アージェンの色を全体的に濃くしたような人。
その美人に両手でムニっと両頬を挟まれた。
「わぁ、アージェンって面食いだったんだねぇ、こんな美人を掴まえるなんて」
え、近い近いっ、顔が近い!
「もう良いでしょう」
「あっ」
言ってアージェンが俺をお母さんから引き剥がし。お父さんの方に手を差し出すと、アージェンのお父さんは、何か封筒を手渡した。
封筒の中身を確認したアージェンは「確かに、では」と、俺の腰を抱き、歩き出そうとし。
「待て、まだ用は済んでいない」
「?」
「これを育てろ」
アージェンのお父さんは、肩に乗せていた水色の塊をベリっと剥がして、ぐっとアージェンに押し付けた。
大きさはだいたい人間の赤ちゃんぐらい。
けどアージェンはそれをじっと見るだけで受け取らない。
更にグイグイと押し付けられるが、それでもアージェンは受け取らない。
強いな、アージェン。
「……キュー…」
水色の塊が鳴いた?
それに気付いたアージェンのお父さんは、今度は俺に押し付けた。
条件反射ってあるだろう?
不意に、人から何かを渡されたら、思わず受け取ってしまうやつ。
それに、アージェンのお父さんが至近距離に来た事で、俺の恐怖ゲージがグンっと上がったんだ。
俺の頭は、現実逃避するかの様に一瞬真っ白になり、押し付けられた塊に手を添えた瞬間、アージェンのお父さんがサッと手を離した。それを落とすまいとして咄嗟に抱えてしまい。
「確かに渡したぞ」
うん、物は言いようだな。
押し付けられた水色の塊は、生き物だった。
俺に獅噛みついているし、小さく丸まっているから、顔とか全体像は分からないが、靱やかな鱗に覆われていて、羽…飛翼と太短いしっぽがある。
「父上、これは?」
「いつまで、この様な所で立ち話をさせる気だ、神殿長殿?」
アージェンの問いかけにチラッと視線を向けただけで、綺麗に無視した?
強いな、アージェンのお父さんも。
「それは失礼。
その前に、もう一人の神子様…ルキ様の弟君をご紹介しても?」
「嫁の弟か。良いだろう」
嫁って、やっぱり俺だった!
「ルア様、ご紹介致します。
こちらは、ブラッドクロス公爵。
アージェンの父です」
「………。」
ティグリスさんとユースの間に立つ留愛は固まっている。
だよな。怖いよな。
俺だって怖いもん。
留愛にキュッと袖を掴まれたユースが耳打ちをする。
「ルア様、ご自分の名前を言って、ご挨拶出来ますか?」
「っ、ルア、キヨミヤです。…こんにちは?」
「ふむ…、小さいな。
私はブラッドクロス家の当主で、そこにいるアージェンの父だ」
「…えっと、よろしくお願いします?」
留愛が戸惑いながらも挨拶をすると、ティグリスさんとユースは元の位置に立って、留愛を隠してしまった。
「すみませんね。公爵。
ウチのルア様は繊細でして」
そう言ってティグリスさんは留愛を庇ってくれた。
アージェンのお父さんは別に敵ではないけど『ウチの留愛』だと言って、俺以外にも留愛を守ろうとしてくれる人がいる事に、何だろ? 何だか心が擽ったいと言うか、ホッとしてる?
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