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30・お引越し

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 ティグリスさんを待つ間。
 と案内されたのは騎士棟の食堂。

 そこで冷たい物でも飲んで休憩しようって事になり、アルヴィスが冷たいアップルティーを淹れてくれた。

 瑠愛は「お洒落な飲み物だぁっ」と喜んでいる。

 そして、先程押し潰されていたフレメンが心配だから見に行きたいと言ったのをユースに止められ。
 そのユースが何処から取り出したのか、留愛の口にドライフルーツを突っ込み、大人しくさせている。

 あっちは任せて大丈夫そうだ。

 俺はアージェンの膝の上でマッサージを受けている。

 良い身分だな。なんて言わないでほしい。

 食堂の椅子に座ろうとした時。
 身体を引き寄せられ、気付いたらアージェンの膝の上で横抱きだったんだ。

 何その技?と思ったけど「身体が強張っているから揉み解す」と言われて。

 放って置くと身体がったり、筋肉痛を起こしたりするから、解させてほしいと言われ。
 騎士であるアージェンがそう言うのなら、そうなんだろうと任せる事にした。

 マッサージは気持ち良かった。

 指先から始まり。
 手の平、手首から二の腕、肩、首と絶妙な力加減でゆっくり揉み解されていく。

 こんな事を人にしてもらったのは初めてだ。

 今は背中の肩甲骨辺りを指圧されて、何とも言えない心地良さ。

 脇の下から背中に腕を回され、身体を抱えられる様な体勢で、俺はアージェンの左胸に凭れ掛かる。

 指圧の心地良さと制服越しに聞こえて来る心音。
 危な気無く俺を支える逞しい腕。
 全身に伝わるアージェンの体温。

 そして、安心出来る匂い。

 俺はふわふわと夢心地に居た。








 「なんだこりゃ?」

 その声でハッと目が覚めた。

 「凄い絵面だなぁ」

 と、面白そうな物を見る表情で近づいて来るのはティグリスさん。

 良かった。全裸でなくちゃんと服を着てる。
 その後ろにはフレメンもいて無事だったみたいだ。



 俺はどうやら少し眠っていたみたいで、留愛は?と思ってそちらを見れば、アルヴィスの手の上に小さな火が浮かんでるのを見て喜んでいる。
 え、すごいっ

 フレメンに気付いた留愛は駆け寄って安否確認をしたが…。
 際どい所を触ったのかユースに止められていた。


 「どうする、行くか?」

 と、ティグリスさんに尋ねられ、俺はぼんやりした頭で大丈夫です。と答えると、僕も大丈夫! と元気な留愛の返事が聞こえて来たから。
 アージェンにマッサージのお礼と、眠ってしまった謝罪をして立ち上がろうとした。



 なのに何故だ。
 俺、今お姫様抱っこ。

 おかしいな?俺、アージェンの膝から降りようとしたんだよ?
 でも降ろしてもらえなかった。

 さっきまで寝てたから、急に動くと危ないって。
 前を歩くティグリスさんは口に手を当て、肩を震わせている。
 うぅぅ…っ、恥ずかしい…。



 結局。そのまま奥宮まで運ばれ。
 もう歩けると伝えたが、階段を使う道も教えると言われて。
 俺達の部屋は四階だから階段の上まではこのままでと言われて。
 四階に着くまで降ろしてもらえなかった。

 そう! なんとアージェンは俺を抱えたまま四階まで階段を上がったんだ!
 信じられない筋力と体力だ。

 しかも自分で歩いた訳じゃ無いから道もあまり覚えて無いし…。何なのこれ。



 四階の昇降機の前にはニマニマしたティグリスさんと…一緒にいるのは厨房で俺にエプロンやメモ帳を貸してくれた男の子だ。

 男の子はペコリとお辞儀をして。

 「こんにちは。ルキ様。
 ルキ様の荷物は全部部屋に運んだと思いますけど、一応運び忘れがないか見てほしいです」

 と言った。

 マジ?俺、こんな子供に荷物運ばせたの?! クルト君は留愛と同じぐらいだと思ってたが、十四歳だった。
 この子はクルト君よりもう少し小さい様に見える。

 「荷物運ばせてごめんね。
 大変だっただろう?」

 「いえ、二人で運んだし。
 それに荷物も少なかったので大丈夫です」

 随分しっかりしている。

 「名前を訊いても良いかな?」

 怖がらせないように、その場でしゃがんで訊くと答えてくれた。

 「スティカです」

 「いくつ?」

 「じ、十三歳です」

 しっかりしている様に見えても、照れた様に返事を返してくれる様子が可愛い。

 「そっか、ありがとう。
 スティカ君」

 そんなやり取りをしていたら。
 ティグリスさんはスティカ君の頭をワシワシと撫でて、アージェンは俺の手を引いて立たせてくれた。
 
 留愛は既に自分の部屋に行ったらしく。
 俺もティグリスさんに案内されて用意された部屋へと向かった。



 留愛の部屋は隣りらしいが…隣の扉が随分遠くに見える。

 部屋に入ると。
 なんて言うか…、実物は見たことないが、動画で見た高級マンションの一室みたいだ。

 まず。入って直ぐに十二畳程の部屋がある。
 そう俺が神官棟で使っていた部屋と同じ広さだ。
 ここがメインルームだと思うだろ?

 違うんだ。

 ここはお付の人用の部屋だって。
 その向かい側にお風呂やトイレがあるようで。

 その間にある短い通路を抜けると、これまた広いリビング。

 たぶん学校のプール四つ分ぐらい?
 え、ちょっと待って。俺こんな部屋にぽつんと一人はちょっと嫌だな。

 これだけ広いなら、留愛と一緒でも良いかも。

 リビングの脇にある部屋が簡易キッチン。その隣りが寝室。

 寝室をそっと開けてみた。
 …プール二つ分。何でプールで数えるのかって?もう、何で例えればいいか分かんないからだよ。

 結論。

 ここは部屋じゃない。家だ。
 白と水色を基調とした爽やかなイメージの家。

 ああ、そうだ…荷物確認。
 スティカ君を待たせちゃ悪い。
 と言っても俺の荷物はナップサックと呼ばれる物が一つだけ。
 開け閉め簡単、防水加工がしてあって使い易い。

 中は全部揃ってる。
 あと、魔石も持って来てくれたみたいだ。

 クルト君が運んでくれたワゴンは無かったけど、部屋にある設備で賄えるらしい。
 ……マジで良いのかな?
 こんな部屋に住まわせてもらって。

 荷物確認をして、再度スティカ君にお礼を言った時。
 留愛が乱入して来た。

 「兄ぃ! 聞いて、聞いてっ
 僕の部屋ね、ユースがお泊まりする部屋があるんだよっすごいでしょ!」

 「ユースがお泊まりする部屋?」

 「うんっそう! あ、ここ僕の部屋の間取りと一緒だぁ。
 んとね、ユースの部屋は~僕の部屋のここ!」

 と、開けたのは入口入って直ぐの十二畳。

 「ふふふっ僕が寂しい時はね、ユースが泊まりに来てくれるの!
 でね! クルト君が寂しい時はクルト君が泊まりに来るの!」

 中々、楽しそうだな?

 「何なら、俺の部屋に泊まりに来ても良いんだぞ?」

 俺だってこんな広い部屋にずっと一人は嫌だ。

 「何言ってるの? 兄ぃの部屋にはアージェンさんがいるでしょ。
 僕はそんな子供じゃないよ? だから、僕の部屋にはユースが泊まりに来るの!」

 俺の部屋にアージェンが居るとだめなのか?
 そして子供じゃないけど、寂しい時はユースが泊まりに来る?
 どうしよう。留愛の言ってることがよく分からない。

 これが思春期というやつなのか?

 「…そうか」

 よく分からんが、留愛が楽しそうだったので取り敢えず返事をしておいた。

 「ルキ様。俺にも付人の間を使う許可を」

 「ぴぇっ」

 飛び上がったわ!
 耳元どころか唇が少し俺の耳に付いてる!?

 「侍る事を許された俺にも、どうか許可を」

 そうだよな。
 アージェンだって俺の護衛なんだ。
 あの部屋が使えなきゃ色々不便だろう。
 そう思って俺は頷く。

 「ん、良いよ」




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