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10・失態

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 立っていた位置からして、これは間違い無くアージェンだ。

 だって、ユースは留愛を挟んだ斜め前で昇降機の操作をしてたもんな?!
 なんで俺、こんな所で抱き締められてるんだ?

 肩から後頭部にしっかりと腕を回されて固定されてるけど、苦しくはない絶妙な力加減だ。
 これ、片手で固定してるんだよな?
 だってアージェンは俺の本持ってたもん!

 ああ。でも、体温が高いのか温かくて布団みたいだ。
 ぽわぽわして、このまま2度寝したくなるような。



 「着いたぁーっ」と言って留愛が降りて行く気配。

 「どうしたの? 兄ぃ」 「ルキ様は疲れた様です」 「そっかぁ、じゃ! 早く戻ろう」
 と、いう会話がやけに遠くに聞こえる。

 「……ま、一階に着いたから、昇降機はもう動かない。歩けるか?」

 アージェンがなにか言ってる?

 「ルキ様? 大丈夫か?」

 近くで聞こえた声にハッとした。

 耳元で小さく囁かれ、恐怖とは違った意味で腰が抜けそうだったが、歩かない事には部屋に戻れない。とコクコク頷けば、ゆっくり腕が解かれた。

 あの時、昇降機前でユースから何か聞いたんだろうか。

 俺を気遣っての行動にありがとう。と礼を言い、そっと離れた。





 部屋の前まで戻って来ると、俺達の部屋の前に大きめのワゴンが一台ずつ置いてあって。
 近づこうとした留愛を手で遮るように制止しユースが確認に行った。

 二台のワゴンに積んである物を確認したユースは「着替えや日用品が届けられた様です」と教えてくれた。

 ワゴンの上に本を置き「後で食事を持って来るから部屋で待ってるように」
 と立ち去ろうとしたアージェンを待って。と引き止め、レクラムさんに話があるから繋いでほしい。と頼んだら「伝えておく」と言って去って行った。

 留愛の方も「後でねー」とユースに手を振ったところで、俺の方に気付き心配そうな表情で駆け寄って来る。

 「兄ぃ…疲れてるなら今日はもうゆっくり休もうね」

 そう言って自分の部屋に戻って行った。

 俺も部屋に入り、廊下から引っ張って来た大きめ三段ワゴンを確認する。

 一番下には洗濯カゴが設置されている。二段目を覗くと…驚いた。
 卓上サイズのウォーターサーバー。グラスにカップ。フリーズドライの各種飲み物。

 異世界ってこんな物まであるんだ。
 もっと文明が発達してなくて不便なイメージがあったけど、それは失礼だったな。

 シャワーやトイレも元の世界の物と大差無いように見えたし、あの昇降機だってエレベーターと違って一瞬で目的の階に着いたように思えた。

 もしかしてこの世界って結構快適なんだろうか?

 そんな事を思いながら一番上を見ると、バスローブにタオル、下着。
 洗面用具に入浴セット、小さな目覚まし時計まであるよ。

 これって、態々わざわざ用意してくれたんだよなぁ。
 食事の対処といい。

 断るつもりは無いけど、ここまでされたら断れないよなぁ。

 ワゴンチェックが終わり、ベッドにポフンと寝転がる。
 今日は朝から緊張して、バタバタして疲れた。

 でも、あの職場で神経すり減らすよりましか。
 それに留愛が一緒で良かった。
 留愛が居なかったら俺…、きっと取り乱して騒いでた。



 あ…、やばい、眠い…。





 「んぅ……、は、んん、…ぁ、ふっ」
 …チュ…、クチュ…

 口の中が気持ち良い。
 熱くてトロトロだ。

 「んっ…ちゅ…」
 …ジュッ…チュパ…

 なんだこれ? すっげー気持ちいい抱き枕。
 離したくない。

 「はぁっ…ふ…ぅ?」

 「気が付いたか」

 この声はアージェン? 俺は何を抱っこしてる?

 「まだ、寝惚けているのか?」

 唇が触れた状態で喋っているのはアージェン。

 「っ…?! んえっ、えっ、俺っ?」

 直ぐ目の前に綺麗な紫水晶がある。
 いや、違う。
 これはアージェンの瞳だ。
 何でこんな近くに?

 そう思ったところで、俺は自分の体勢に気付いた。

 ベッドで寝てる俺、その上に覆い被さっているアージェン。

 でも、俺の腕はアージェンの首に回り、逃げられないように抱き付いてる。

 で? 何してた? キスしてたよっ! しかも、思いっきり濃厚なやつ!

 つまり? アージェンは被害者だ!

 「…っ! ごめんっ俺、寝惚けてた?!」

 慌てて腕を解くと、アージェンはゆっくりと体を起こし

 「ああ。食事を持って来たんだが、寝てたみたいでな。
 一応声を掛けようとしたら、捕まった」

 「俺、何てことを…、謝って済む事じゃ無いけど、ほんっとごめん」

 「いや、構わない」

 俺が構うよ!

 「それより食事は出来そうか?」
 
 「あ、うん。
 ありがとう頂くよ」

 「なら先にシャワーを浴びた方が良い。
 汗をかいている」

 言われて気付いた。
 服の中はじっとりと湿っている。

 もうやだっ俺こんな体で人様に抱き着いたの?
 最低じゃん!

 「ん、ごめん。
 シャワー浴びてくる…、そうだ、ご飯ありがとう」

 「ああ」

 自己嫌悪に陥りながら、タオルと入浴セットを持ってトボトボとシャワールームへ向かい、のそのそと服を脱いで中に入ると…あれ? 湯を出す為のコックが無い。
 ええー、どうするんだろ? これ。

 今ならまだ廊下にアージェンがいるかもしれない。

 顔を合わせ辛いとか思ってる場合じゃない、訊かなきゃ俺が困る。
 そう思って急いで腰にタオルを巻き、脱衣場から飛び出した。

 結果、アージェンは居た。

 俺の部屋に。
 扉の横で腕を組み、目を閉じて壁に凭れていた。
 俺の気配を感じたのか、その目がすぅっと開く。

 「どうかした………。
 それは誘っているのか?」

 視線が上がり、目が見開かれ。
 常に無表情だった顔が今は不機嫌になっている。

 だよなっ、自分を襲った男が今度はタオル一枚だもんなっ、不快になるよなっ、でも違うんだ!
 俺は首を横にブンブンと振り、弁解をする。

 「ぃや、シャワーの出し方が分からなくて、教えてもらおうかと」

 「………。」

 嫌なのは分かるっ
 でも教えてもらわないと俺も困るんだよぉ。

 ふぅ、と息を吐き近づいて来たアージェンはシャワールームの中へ入って行く。

 なんと! 壁の装飾だと思っていた色の付いた石は魔石で、赤と青の魔石に触れて温度を調節し、真ん中の魔石に触れれば湯が出る。と教えてくれた。

 脱衣場から出て行く背中を見送り、俺は有難くシャワーを使わせてもらった。
 


 シャワールームから出て部屋に戻ると、水の入ったグラスを差し出された。

 アージェンが居た事に驚きながら、ありがとう。と俺がグラスを受け取れば、先程と同じ様に壁に凭れ目を閉じた。

 机の上に食事が置いてある事に気付き、いただきます。と小さく言って頂く事にした。

 目を閉じているとはいえ後ろにアージェン。

 …緊張、するけど。
 まだ湯気を立てているミートグラタンとコンソメスープは美味しかった。

 外注って言ってたけど神殿の外の食べ物にはちゃんと味が付いてるんだな。



 その後、食事が終わるまで待っていたアージェンは部屋の中にある魔石を使った生活魔道具の使い方を教えてくれて、食べた後の食器を持ち、部屋を後にした。

 俺に襲われたのにそれでも親切にしてくれるなんて、無表情だけどアージェンは良い人だな。




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