4 / 5
第四話 ギルドの夕方
しおりを挟む
陽が落ちる少し前から、ギルドはまた混みはじめるの。
ほら、受付二人の前には、長い列ができてるでしょ。
草花など小さなものを採集したら、ここの窓口で確認してもらえるの。
魔獣は建物の裏に解体倉庫があるから、そちらに持っていくのよ。
討伐にしても、採集にしても、依頼が達成できているかどうかは、最終的に受付で行うから、いつも夕方は混雑してるわ。
冒険者がいくら強くても夜の森には入れないから、彼らの活動は暗くなるまでが勝負ね。
ああ、昼間話をした、リンド君のパーティも帰って来てるわね。
受付前に並んでいる三人の表情が明るいのは、思ったより沢山採集できたからね、きっと。
そうだわ。今日混雑しているのは、それだけが理由じゃないの。
最近、アリスト国内でワイバーンの目撃情報があったから、他所のギルド支部に応援を頼んだの。
だから、いつもは見ない顔がちらほらあるわね。
「おい、お前!」
振りむくと、見たことのないハゲ頭がこちらを見おろしていたわ。
「なんですか?」
「どうして、ギルドに子供がいるんだ?」
「失礼ね。
私は、れっきとしたレディよ」
「わははははっ。
おめえがレディなら、そこらへんのしょんべんくせえ娘っこでも淑女だぜ」
「……」
私は悔しくて、そいつの顔をにらみつけてやったわ。
でも、それがかえってハゲ男をつけあがらせたみたい。
「ほれほれ」
そいつは私の肩をつかんで持ちあげると、ぐるぐる回りだしたの。
もう、最悪の気分よ。
「やめろっ!」
リンド君が男の足にしがみついてる。
「なんだ、おめえは?」
男が足を蹴りあげると、リンド君がぽーんと飛んでいっちゃった。
幸いどこにもぶつからなかったみたいだけど、ふらふらになってるわね。
「ほうれ、高い高~い」
男は調子に乗って、私を持ちあげたり降ろしたりしてる。
そういうことに夢中になってるから、彼はギルド内の変化に気づいてないようね。
動いているのは彼だけで、辺りがシーンとしてるの。
テーブルに座っていた冒険者たちが、静かに立ちあがったわ。
「ほうれ、ほうれ……」
やっとおハゲさんも、周囲の異変に気づいたようね。
私を上げ下げしていた手が、ピタリと止まったわ。
私は、彼がきょろきょろ辺りを見まわしているのを見おろしているの。
「なんだってんだ……なに、こっち見てんだ」
皆が浮かべている表情に気づいたようね。
いつも馬鹿を言って笑いあってる冒険者たちが、氷のような目つきになっているの。
しかも、みんなゆっくりこちらに近づいてくるわ。
「ど、どうしたってんだ。
迷いこんだ娘っ子を、ちょっとからかっただけじゃねえか」
恐ろしいことに、皆が黙ってるの。おハゲさんは、とうとう沈黙の壁に取りかこまれてしまったわ。
一人の冒険者が低い声で言ったの。
「キャロちゃん、イジメたな」
そうすると、他の冒険者が口々に同意の声を上げてる。
「ああ、イジメた」
「イジメた」
「イジメた」
ワイバーンのいい情報が入ったのか、早めに帰ってきたブレットの姿も見えるわ。
とどめを刺すように、彼がこう言ったの。
「お前は、アリストギルドで一番しちゃいけねえことをしちまったのさ」
「ちょ、ちょっとふざけただけじゃねえか」
ハゲおじさんが、震える声で言い訳してる。
「そのおふざけが許されねえんだよ。
その人が誰か分かってんのか、お前?」
ブレットが持ちあげられたままの私を指さしたわ。
「近所の娘っ子だろうが」
「馬鹿め。
その人は、ここのギルドマスターだぜ」
「そ、そんな馬鹿なっ!」
おハゲさんが、信じられないという顔で私を見あげたわ。
私が小さく頷いただけで、彼はそうっと私を床に降ろしたの。
「す、すまねえ。
知らなかったんだ」
取りかこんだ冒険者たちの凍てつくような視線は、とても彼を許しそうにないわね。
彼は土下座の姿勢を取った後、立ちならんだ人垣の足元を手と膝で這うと、ギルドの入口にたどりついたの。
このハゲおじさん、変なところに器用ね。
おじさんは戸口で立ちあがると、憎々し気にこちらを向き、吐きすてるように言ったわ。
「けっ!
何がギルマスだ!
もし、そんなのがギルマスなら、ここのギルドも知れたもんだぜっ」
彼はそう言うと、外に飛びだそうとしたの。
でも、できなかったわ。
なぜなら、戸口を塞ぐような大男が外から入ってきたから。
「何が知れたもんだって?」
ハゲおじさんの頭をわしづかみにしているのは、前ギルドマスターのマックさんね。
私は優しい彼しか知らないから、怒った彼の顔を見て驚いたわ。
ああいうのを、「オーガのような」って言うのかしら。
「マックさん!」
ブレットが駆けよったわ。
「こいつ、何をした」
冒険者たちが声をそろえる。
「「「キャロちゃん、イジメた」」」
「ブレット、本当か?」
「残念ながら本当です」
「そうかそうか。
具体的には、何をした?」
「持ちあげたり、振りまわしたりしてました」
「なるほど、それは礼を言わんとな。
おい、野郎ども。
たっぷりお礼してやれ」
「分かりやしたぜっ」
「任せてくれ」
「キャロちゃんの敵ー!」
マックさんに頭をつかまれたまま、男は外に連れていかれたみたい。
「いいか、キャロがされたこと以外するんじゃねえぞ」
「分かってますよ」
「じゃ、キャロちゃん親衛隊の俺から行きまーす」
私はハピィフェローの女性二人に連れられ、ギルドの休息室に入ったから、それから何が起きたか知らないの。
でも、次の日、いつもギルド前の掃除を頼んでる近所のおじいさんが、昨日は一体何があったんだい、って尋ねてたわ。
ほら、受付二人の前には、長い列ができてるでしょ。
草花など小さなものを採集したら、ここの窓口で確認してもらえるの。
魔獣は建物の裏に解体倉庫があるから、そちらに持っていくのよ。
討伐にしても、採集にしても、依頼が達成できているかどうかは、最終的に受付で行うから、いつも夕方は混雑してるわ。
冒険者がいくら強くても夜の森には入れないから、彼らの活動は暗くなるまでが勝負ね。
ああ、昼間話をした、リンド君のパーティも帰って来てるわね。
受付前に並んでいる三人の表情が明るいのは、思ったより沢山採集できたからね、きっと。
そうだわ。今日混雑しているのは、それだけが理由じゃないの。
最近、アリスト国内でワイバーンの目撃情報があったから、他所のギルド支部に応援を頼んだの。
だから、いつもは見ない顔がちらほらあるわね。
「おい、お前!」
振りむくと、見たことのないハゲ頭がこちらを見おろしていたわ。
「なんですか?」
「どうして、ギルドに子供がいるんだ?」
「失礼ね。
私は、れっきとしたレディよ」
「わははははっ。
おめえがレディなら、そこらへんのしょんべんくせえ娘っこでも淑女だぜ」
「……」
私は悔しくて、そいつの顔をにらみつけてやったわ。
でも、それがかえってハゲ男をつけあがらせたみたい。
「ほれほれ」
そいつは私の肩をつかんで持ちあげると、ぐるぐる回りだしたの。
もう、最悪の気分よ。
「やめろっ!」
リンド君が男の足にしがみついてる。
「なんだ、おめえは?」
男が足を蹴りあげると、リンド君がぽーんと飛んでいっちゃった。
幸いどこにもぶつからなかったみたいだけど、ふらふらになってるわね。
「ほうれ、高い高~い」
男は調子に乗って、私を持ちあげたり降ろしたりしてる。
そういうことに夢中になってるから、彼はギルド内の変化に気づいてないようね。
動いているのは彼だけで、辺りがシーンとしてるの。
テーブルに座っていた冒険者たちが、静かに立ちあがったわ。
「ほうれ、ほうれ……」
やっとおハゲさんも、周囲の異変に気づいたようね。
私を上げ下げしていた手が、ピタリと止まったわ。
私は、彼がきょろきょろ辺りを見まわしているのを見おろしているの。
「なんだってんだ……なに、こっち見てんだ」
皆が浮かべている表情に気づいたようね。
いつも馬鹿を言って笑いあってる冒険者たちが、氷のような目つきになっているの。
しかも、みんなゆっくりこちらに近づいてくるわ。
「ど、どうしたってんだ。
迷いこんだ娘っ子を、ちょっとからかっただけじゃねえか」
恐ろしいことに、皆が黙ってるの。おハゲさんは、とうとう沈黙の壁に取りかこまれてしまったわ。
一人の冒険者が低い声で言ったの。
「キャロちゃん、イジメたな」
そうすると、他の冒険者が口々に同意の声を上げてる。
「ああ、イジメた」
「イジメた」
「イジメた」
ワイバーンのいい情報が入ったのか、早めに帰ってきたブレットの姿も見えるわ。
とどめを刺すように、彼がこう言ったの。
「お前は、アリストギルドで一番しちゃいけねえことをしちまったのさ」
「ちょ、ちょっとふざけただけじゃねえか」
ハゲおじさんが、震える声で言い訳してる。
「そのおふざけが許されねえんだよ。
その人が誰か分かってんのか、お前?」
ブレットが持ちあげられたままの私を指さしたわ。
「近所の娘っ子だろうが」
「馬鹿め。
その人は、ここのギルドマスターだぜ」
「そ、そんな馬鹿なっ!」
おハゲさんが、信じられないという顔で私を見あげたわ。
私が小さく頷いただけで、彼はそうっと私を床に降ろしたの。
「す、すまねえ。
知らなかったんだ」
取りかこんだ冒険者たちの凍てつくような視線は、とても彼を許しそうにないわね。
彼は土下座の姿勢を取った後、立ちならんだ人垣の足元を手と膝で這うと、ギルドの入口にたどりついたの。
このハゲおじさん、変なところに器用ね。
おじさんは戸口で立ちあがると、憎々し気にこちらを向き、吐きすてるように言ったわ。
「けっ!
何がギルマスだ!
もし、そんなのがギルマスなら、ここのギルドも知れたもんだぜっ」
彼はそう言うと、外に飛びだそうとしたの。
でも、できなかったわ。
なぜなら、戸口を塞ぐような大男が外から入ってきたから。
「何が知れたもんだって?」
ハゲおじさんの頭をわしづかみにしているのは、前ギルドマスターのマックさんね。
私は優しい彼しか知らないから、怒った彼の顔を見て驚いたわ。
ああいうのを、「オーガのような」って言うのかしら。
「マックさん!」
ブレットが駆けよったわ。
「こいつ、何をした」
冒険者たちが声をそろえる。
「「「キャロちゃん、イジメた」」」
「ブレット、本当か?」
「残念ながら本当です」
「そうかそうか。
具体的には、何をした?」
「持ちあげたり、振りまわしたりしてました」
「なるほど、それは礼を言わんとな。
おい、野郎ども。
たっぷりお礼してやれ」
「分かりやしたぜっ」
「任せてくれ」
「キャロちゃんの敵ー!」
マックさんに頭をつかまれたまま、男は外に連れていかれたみたい。
「いいか、キャロがされたこと以外するんじゃねえぞ」
「分かってますよ」
「じゃ、キャロちゃん親衛隊の俺から行きまーす」
私はハピィフェローの女性二人に連れられ、ギルドの休息室に入ったから、それから何が起きたか知らないの。
でも、次の日、いつもギルド前の掃除を頼んでる近所のおじいさんが、昨日は一体何があったんだい、って尋ねてたわ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
異世界営生物語
田島久護
ファンタジー
相良仁は高卒でおもちゃ会社に就職し営業部一筋一五年。
ある日出勤すべく向かっていた途中で事故に遭う。
目覚めた先の森から始まる異世界生活。
戸惑いながらも仁は異世界で生き延びる為に営生していきます。
出会う人々と絆を紡いでいく幸せへの物語。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
聖女召喚ほのぼの異世界救済旅|アルマジロは白ユリを背負う
むくちなえみこ
ファンタジー
とある日曜の早朝、お布団ごと異世界に召喚されたユリ。
「聖女様」と呼ばれ、大災害に見舞われた異世界を救うことに。
聖属性のチート魔法を手に入れた後は、文武両道で美男というハイスペック王子に、ぴったりエスコートされて、まずは王都へ。
ふかふかで気持ちいいベッド、いい匂いで綺麗なお風呂、彩り鮮やかで美味しい食事……。
魔法あり、精霊あり、獣耳あり、いたせりつくせりな、のんびりほのぼの救済旅。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる