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第四章 聖樹世界エルファリア編
第50話 一緒に
しおりを挟むコリーダが目覚めたのは、点ちゃん1号の中だった。
昨日シローが作ってくれたベッドの上に横たわっている。まるで、森でのことが夢であったような気さえした。
しかし、袖(そで)についた汚れが、あれは現実だと告げていた。
湯気の立つカップを持ったシローが入ってくる。
黙って、カップを渡される。
蜂蜜だろうか。甘い味がついたお茶は体の隅々まで行きわたるようだった。彼女が全部飲みおえるまで待つと、彼はそのカップを受けとった。
彼の顔からは、あの信じられないほどの美しさは消えていた。私の目をじっと見て、話しかけてきた。
「俺達は、もう家族だ。君が俺を捨てようとしても、俺は絶対に君を捨てたりしない」
私は、シローの顔をもっとよく見たかったが、視界が曇(くも)ってよく見えない。
おかしいと思ったら、自分の涙だった。悲しくもないのに、涙がどんどん溢れてくる。小さなころから体の中にたまった何かが、涙と一緒にこぼれ落ちていくのがはっきりと分かった。
「それから、君にはもう一人家族が増えた。この家族の世話は、君に責任がある」
彼はしゃがみ込むと茶色いものを抱えあげた。森の中で出会った猪の子だ。
私の膝に猪の子が乗る。それは、顔を近づけてくると、私の涙をぺろぺろ舐めている。
「くすぐったい」
コリーダは、ぎゅっとその子を抱きしめるのだった。
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点ちゃん1号の中で寝ていたコリーダの目に、次第に生気が感じられるようになった。
彼女は、顔も少しふっくらして柔らかい表情になった。デロリン特製の、「弱ってもお粥」や「ちょー元気だぞお粥」が効いたのかもしれない。名前は変だけどね。
コリーダの世話は、皆でしている。ルルやコルナも、彼女と自然に接するようになった。まあ、出会いの時が最悪だったんだろう。
最初、遠巻きに見ていたナルとメルもすすんで彼女の世話を手伝うようになった。
元王族ということで、腰が引けていたミミとポルも、普段通りの態度で接することが出来るようになった。
彼女が、森の中に入ったことを、服の泥から見破ったリーヴァスさんは、俺が見たことのないほどの厳しさで彼女を叱っていた。側にいた俺が漏らしそうになったのは秘密である。
史郎達は、コリーダが元気になるのを待って、エルファリアを去ることにした。
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恩賞がその後どうなったかだが、土地と爵位をもらったリーヴァスさんとコルナは、その土地を貸しだすことにしたようだ。賃料は、ポンポコ商会にある、専用の口座に振りこまれるようにしておいた。
ポンポコ商会は、『東の島』をパリスとロス、『南の島』をメリンダに正式に任せることにした。
本店は、『南の島』にした。苔(こけ)の事があるからね。
ミミとポルは、武器と防具をもらったわけだが、ミミは風属性がついた長剣と速度増加のついたブーツ、ポルはなぜかミスリルの全身鎧とこれもミスリルの長剣を選んだ。
ミミはともかく、ポルは明らかに自分に合わないものを選んでしまっている。欲しいと思うものをもらえばいいんだけどね。
ルル、ナル、メルは、宝物庫で宝石を選んだのだが、鶏卵ぐらいの巨大な宝石が数ある中で、直径3cmくらいしかない黒い真珠の様な玉を三つ選んでいた。これは、ナルとメルが選んだらしい。
まあ、二人は欲が無いからね。
最後に俺だが、もらった目録には、武器、防具、杖はもちろん、魔道具も入っていた。
武器はリーヴァスさんに選んでもらい、予備としてもらう。俺が持っても使えないもんね。
防具は、ルル用の皮鎧を選んだ。魔術耐性がある優れものである。
杖はコルナ用に、治癒魔術に適したものを選んだ。これは、1mくらいの白い杖の先に、三日月のような形の石が付いていて、どういった仕組みか、その中に白い球が浮いている。「月の杖」という名前だそうだ。
多言語理解の指輪は、二つもらっておいた。すでにアリスト女王から下賜された予備の指輪があるが、念のためである。
ところで、例の「名誉騎士」という称号だが、これには本当に困った。なぜなら、騎士とすれちがうたびに最敬礼されるからだ。
城にどれほど騎士がいると思う? 俺の周りは、米つきバッタのようになった騎士で溢れることになった。
一刻も早くここを去ろう。陛下が俺を厄介払いしたくてこの称号をくれたなら、彼はそれに成功したことになる。俺は、エルフ王族の裏事情を知りすぎているからね。
史郎は、出発を早めることにした。
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王都のギルドへの挨拶も終わり、いよいよ史郎達が王城を旅立つ時が来た。
ポンポコ商会が緊急措置として配布していた点ちゃんコケットは全て正規品との取りかえが済んだ。肩の荷が下りたとはこのことである。
帰るルートは、学園都市世界経由と獣人世界経由の二つがあるが、結局、後者を選んだ。そのコースだと、ミミ、ポル、コルナが家族に会えるからね。
俺達は、『聖樹の島』に向かうため、荷物や食べ物の確認をおこなっていた。
恩賞をもらった日から、王と王妃、四人の王女とは会っていない。まあ、ああいうことがあったから、ばつが悪いのだろう。
俺は、挨拶せずにそのまま出発してもいいつもりでいた。
出発前日の夜、点ちゃん1号をノックする音がした。
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史郎は、点ちゃん1号の扉を開けた。
立っていたのは、陛下とお妃だった。
「シロー殿、入れてもらえるか?」
陛下が重い声で尋ねる。
「どうぞ」
俺は、軽い声で受けておいた。
二人が中に入ってくる。
「な、なんだ、ここは!?」
まあ、普通はくつろぎ空間に驚くよね。
「それはともかく、何のご用でしょう」
「娘に……コリーダに会わせてもらえないか?」
こういうこともあるかと思い、彼女は奥の部屋に入ってもらっている。
「彼女がそう望まないならどうします?」
「お願い! 一目だけでもいいの。コリーダに会わせて」
お妃が、突然追いつめられたような声を出した。
「しかし、あなた方は、彼女が持つ肌の色が恥ずかしいのではないですか?」
俺は、単刀直入に言った。
「そ、それは……」
「ダークエルフと和睦の後、あなた方は、彼女が肌の色を隠さないということも選べたはずです」
「……」
少しして、王は沈痛な顔をして言った。
「私達が間違っておったのじゃな」
そもそも、我が子をダークエルフの子として育てた時点で間違っているのだが、それをここで言っても始まらないだろう。
「それでも、私はどうしてもあの子に会いたいの」
王妃は、必死の様子である。
俺はコリーダに念話する。
『コリーダ、聞こえるかい?』
『シローなの? なぜ頭の中にあなたの声がするの?』
『俺の魔法による力なんだよ。
それより、陛下とお后様が、どうしても君に会いたいと言ってここに来ている。君は、どうしたい?』
長い沈黙の後、再び彼女の念話が聞こえた。
『会っておくわ。私は、もうこの城の住人じゃないもの。気持ちの整理はついているし』
『分かったよ。君がそれ以上話したくなかったら、いつでも念話で伝えてくれ』
『シローは過保護ね。そのくらい自分で言えるわ』
『じゃ、こちらに入っておいで』
部屋の壁にドア型の開口部ができると、コリーダがそこから現れた。白いドレスに身を包んだ彼女は、まだ痩せてはいるが、肌の色つやもよく、輝くほど美しかった。
俺の方を見て微笑むと、自分の両親を正面から見た。
「このような遅い時間に、何のご用でしょう」
事務的な声で話しかける。感情豊かな彼女の声は、そのようなとき、ことさら冷たく聞こえる。
「コリーダ! 元気でしたか?」
王妃が駆けよる。森で死にかけたことは言わない方がいいだろう。
「はい。ご心配していただき、ありがとうございます」
コリーダは、感情が籠らない声で返した。
王妃が、思わず半歩後ろへ下がる。
「コリーダ、ワシを許してくれ。
シロー殿にお膳だてしてもらってなお、お前より自分の面子を優先してしまった」
コリーダは、王の目を見てゆっくりと話した。
「陛下、私はもうこの城の者ではありません。ご遠慮は無用に願います」
その言葉を聞くと、王が体を震わせて涙を流しはじめた。
「ワシは……ワシは自分の娘を自ら捨ててしもうたのじゃな」
「コリーダ!」
王妃が思わず彼女に抱きつこうとしたが、コリーダはかわしたとも思わせぬ優雅な動きで、俺の横に立った。
「私にも本当の家族が出来ました。これまで育ててくれて、ありがとうございます」
その声を聞くと、王妃は床にうずくまって号泣した。
「コリーダ! ああ、コリーダ……」
その時、外壁をノックする音が再び聞こえた。
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開口部を作ると、四人の王女達がなだれこんできた。
ポリーネは、さっそくコリーダにしがみついている。
コリーダも、彼女を避けるようなことはしなかった。
「コリーダ! 私達と一緒にいて!」
シレーネが叫ぶ。
「姉さん、行かないで!」
モリーネが泣いている。
「私達と一緒にいて欲しいの」
マリーネが、涙ながらにコリーダの手を取る。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
ポリーネは抱きついたまま、顔をコリーダのお腹に埋めている。
コリーダは、少しの間目を閉じていたが、それを開くとこう言った。
「みんな、ありがとう。私がシローと行くのは、他の誰でもなく、私が望んだことなの。
生まれて初めて、一緒に生きたいと思える人ができたのよ」
そして、彼女はこう続けた。
「では、『鳥かご』を出て大空に羽ばたきましょうか」
コリーダが、手を俺の方に伸ばす。俺はその手を取り、こう返した。
「ええ、一緒に」
それは恩賞の場で、俺が彼女に、彼女が俺に言ったセリフだった。発言者は、さかさまだが。
俺の手をほどいたコリーダは、陛下とお妃の前で優雅に礼をした。そして、シレーネ、モリーネ、マリーネと一人ずつ抱きあった。
最後に腰を下ろすと、ポリーネと視線を合わせ、頭を撫でた後、ぎゅっと抱きしめた。
「元気でね」
四人の姉妹は涙で顔をぐしゃぐしゃにしていたが、コリーダは涙を流さなかった。彼女は、王と王妃、姉妹を見送るときも、最後まで微笑んでいた。
俺が点ちゃん1号の扉を閉めると、俺の背中に抱きついてきた。前に回した彼女の腕を撫でてやる。
「立派だったよ、コリーダ」
俺の声を合図に、彼女の泣き声が空間を満たした。
彼女はかなり長い間泣いていたが、泣きやむと恥ずかしそうに自分用のコケットに横になった。俺が毛布を掛けようとすると、腕がくいっと引っぱられた。頬に柔らかいものが一瞬触れたと思ったら、ぱっと離れた。
「おやすみ、シロー」
彼女はコケットの上で反対側を向くと、すぐに寝息を立てていた。
呆然と頬を手で押さえた史郎は、明け方まで眠ることができなかった。
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