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第四章 聖樹世界エルファリア編

第16話 闇から生まれし子

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エルフの王城イビス東方の森を、恐ろしい速さで駆ける影があった。


長いこげ茶色の髪をなびかせ走るその姿は、「風の精」シルフの様にも見えた。
耳が横に突き出ているのは、エルフと同じである。
しかし、その肌の色は、黒に近い褐色であった。

彼女の名前は、メリンダ。
ダークエルフで並ぶ者がいない闇魔術の使い手である。

彼女は、美しい眉を寄せ、険しい顔をしていた。
重要な任務がうまくいかなかったからだ。
東部の集落を魔獣に襲わせる予行演習は、大成功だった。

ところが、本番、つまり、エルフの王都を襲う段になって、なぜか、自分が操っていた魔獣達が、突然そのコントロールから外れたのだ。

半年前から時間をかけて、闇魔術で魔獣を馴らしてきた。
彼女は、完全に魔獣の大群を掌握していると思っていた。
しかし、その自信は、失敗の前に脆くも崩れさった。

何がいけなかったのか。
森の中を走らせるうちに、闇魔術が解けたのだろうか。
多くの魔獣が、ひとところに集まったことで、魔術が弱まったのだろうか。
原因はいろいろ考えられたが、ほとんど全ての魔獣の術が解けたことが、どうにも理解できなかった。

ひときわ大きな木の下で立ちどまると、懐から通信用魔道具を取りだす。

「メリンダです。 作戦は失敗です」

『何だと! 今まで、どれほどの力をこれに割いたと思ってるんだ!』

上司の声は、容赦が無い。

「魔獣達のコントロールは、順調でした。しかし、なぜか、突然、術が解けてしまいました」

『言い訳など無用だ。 至急、帰投せよ』

通信は、ぷつっという音を立てて切られた。
その音を聞いて、自分は役目を追われることになると、彼女は確信した。

過酷な故郷の環境を思いだし、またそこへ帰らなければならない無念さと、任務の成功を祈ってくれた家族や友人への申し訳なさで、気丈な彼女の頬を涙が伝う。

どうして、こんなことに。


メリンダは重い足を踏みだし、再び森の中を走りはじめた。

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史郎は、エルフ王の執務室へ呼ばれていた。


東の森を見渡せる大きな開口部を持ったその部屋は、緑を基調にした落ち着いた調度で飾られていた。
12畳ほどしかないが、遥かに広く見える。
どっしりした黒いデスクを挟んで、陛下と俺は向かいあって座っていた。

「シロー殿、度重なるご助力、誠に感謝する」

「お気になさいませんよう。 それより、何のご用でしょう」

「うむ。 魔獣の暴走について、話しておきたいことがある」

陛下はそう言うと、意を決したように話しはじめた。

「本来、このことは外へ漏らせぬことなのだが、シロー殿なら構わぬだろう。
魔獣の暴走に、魔術が使われていたということだが、それについて心当たりがある」

「魔術を掛けた者をご存じなのですか」

「うむ。 確かとまではいかぬが、おそらくダークエルフ達だろう」

「ダークエルフ?」

俺は、初めて聞く名前に当惑していた。
アリストの禁書庫で、エルファリアについての記述を読んだ時、そのような名前は出てこなかった。

「かつて、『東の島』南部に住んでいた種族でな。公には、絶滅したことになっておる」

「なぜ、その種族が魔獣を操ったと思われるのですか?」

「エルフは風魔術が得意だが、ダークエルフは、風魔術に加え、闇魔術が得意な者が多いのだ。
そして、闇魔術には魔獣をコントロールする術がある」

「彼らは、絶滅していないのですね」

「うむ。 何年かごとに、この国を揺さぶるような出来事を引きおこしておる」

「どこかで生きのびているということですね?」

「そうじゃ。 だから、今までに何度も捜索隊を送った。
しかし、南部をどれほど探しても、彼らの痕跡は無かったのだ」

「他の大陸に隠れ住んでいる可能性はありませんか?」

「『北の島』は、まず考えずともよかろう。彼らが、現れたなら目立つからな。
そして、『西の島』も、彼らが住めるような環境ではないはずなのじゃが……」

「陛下は、もし、彼らが住んでいるとしたら、『西の島』だとお考えなのですね?」

「それ以外、考え付かぬ。 
もしかすると、ダークエルフは、かの地の過酷な環境に適応する方法を見つけたのやもしれぬ」

「彼らは、なぜ『東の島』南部を追われたのですか」

陛下は、しばらく黙ったままだったが、やっと重い口を開いた。

「迫害じゃ。 我が祖先は、ダークエルフを『闇から生まれし子』と呼んで追いたてた」

悲痛な顔をしているところを見ると、彼はそれを良しとはしていないようだ。

「なぜ、そのような事に?」

「彼らは、肌の色や文化が我らと違っておった」

たったそれだけの事。
それだけで迫害が起きるのは、地球の例を見れば明らかである。

「陛下は、彼らが受けた迫害をこころよく思われていないのですね?」

「うむ。 我が妻の一人も、ダークエルフであった」

「第二王妃様ですか」

「そうじゃ。 コリーダから聞いておったか」

「いえ。 うかがってはおりません」

「ワシは、もしできるなら、ダークエルフと共存したいと考えておる。
しかし、貴族のほとんどは、いまだに彼らのことをよく思うておらん」

なるほど。 コリーダは、母親が殺されたと言っていたが、その辺に何か原因がありそうだ。

「シロー殿、何とかダークエルフを探しだしてくれぬか。
これは、ギルドへの指名依頼としようと思うが、その前に、まず話をしておこうと思うてな」

陛下の真摯な気持ちが伝わってくる。これは、断りにくいな。
しかし、かなり困難な依頼になりそうだ。

「分かりました。 リーヴァスさんとも相談の上で決めることになりますが」

「よろしく頼む。 何もかも任せてすまぬな」

「依頼をこなすのが冒険者です。 陛下は、お気兼ねなさる必要はありません」

「感謝するぞ」


エルフ王は立ち上がり、机のこちらに出てきて、史郎の手を両手で握りしめた。

-------------------------------------------------------------------

史郎は部屋に戻ると、エルフ王からの話を家族に伝えた。


「そうですか。 ぜひ受けて差しあげなさい」

リーヴァスさんは、乗り気のようだ。

俺は、ルルの方を見る。

「私も、賛成です」

ルルも、賛成か。

「コルナは、どう思う?」

「難しい依頼だけど、お兄ちゃんなら何とかなるでしょ?」

おいおい、俺任せかよ。
まあ、全員が乗り気なら、もう迷うことは無いな。
俺は部屋の入り口に控える騎士に、陛下への伝言を頼んだ。

ギルドへ依頼が出されるまでは、娘達の相手をしよう。



史郎は、ナルとメルを連れて、城の庭園へと向かうのだった。
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