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第二章 獣人世界グレイル編

第30話 猿人族襲来

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猿人が、狐人族を標的に大挙して襲いかかってくるという知らせは、虎人族を除く全部族長に知らされた。


史郎からもたらされた闘技場の映像は、部族長達に衝撃を与えた。

あの人数が人族の作り出した魔道具を使って攻撃してくれば、全部族で迎え撃っても勝ち目は無い。

部族長全員が、そう考えていた。

コルナに代わり部族長を任された、妹のコルネも同様だった。


狐人族の城の一室で寝ていた俺は、朝早くから彼女に叩き起こされた。

「シロー、本当に大丈夫なのですか?」

コルナによく似た、彼女より少しだけ幼い狐人が問いかける。

昨日何度も説明したが、納得してもらえなかったようだ。

まあ、点魔法のことを知らせていないから、不安に思うのも分かるが。

「大丈夫ですよ」

「絶対ですね?」

「はい」

「絶対、絶対?」

「ええ、絶対大丈夫です」

「本当ですね?」

ひつこいったらない。
まあ、自分の決断に一族の命運が掛かってるんだから、理解はできる。

理解はできるが、俺のくつろぎを奪うのはやめて欲しい。

「フフフ。 お兄ちゃんに、任せとけばいいんだよ」

毛布の下から、狐人の少女の顔がひょっこり出てくる。

「あっ! お姉ちゃん! 何でここにいるの!?」

昨日夜、コルナが部屋に忍び込んで来て、いつの間にか俺の横で寝ていたのだ。

夢の中で、何かをモフモフしていたのは、そういう理由があったんだね。

「シロー、お姉ちゃんに、何かしてないでしょうね?」

え? 部族の危機より、そっちの心配?

まあ、ひつこいのが収まるなら、それでいいけどね。

「してるわけないよ。 せいぜい、しててもモフモフくらいだよ」

「モ、モフモフ!」

コルネの顔色が変わる。

「お姉ちゃん、モフモフしたの!?」

「エへへへ。 モフられちゃった」

「な、何てことを・・」

なぜか、コルネが絶句している。

「コルネさん。 いったいなぜ、そんな顔を?」

ベッドから起きた俺の胸を、コルネが突き飛ばす。

「な、なぜ?」

「知らないの!?  狐人族がモフモフするっていうのは、恋人か夫婦だけなんだよっ」

「えっ?」

「ウヘヘ、既成事実つくっちゃった。 テヘペロ」

コルナが頭に手を当て、舌を出す。
おいおい、テヘペロってなんだよ。
指輪の翻訳機能が、壊れちゃったのか。

あ、さては、舞子だな。 そんな言葉教えたのは。

その時、部屋のドアが勢いよく開いて、文官ホクトが入ってきた。

「斥候からの連絡です。
あと1時間もすれば、猿人族軍が砂漠を越えるそうです」

まあ、奴らがどこにいるかなんて、点ちゃんで把握済みなんだけどね。

「そろそろ準備するかな」

「準備って、一体どんな?」

コルネが、心配顔をして訊いてくる。

「え? 朝食を食べて、顔を洗って、歯をみがくんだけど」

「そ、それが準備!?」

コルネの顔が青くなっている。

「何人で、戦うのです?」

「えーと、俺一人だけど」

「・・・」

「あ、見学が、約1名いたか」

「ふ、二人!?」

「いや。 だから、もう一人は見学だけだから、一人だね」

「・・・」

コルネがよろめいて、ホクトに支えられている。

「さて。 じゃ、時間が無いから、もう邪魔しないでよ」

俺はそう言うと、ベッドから降り、シャワーを浴びるためにバスルームに入った。

この国、シャワーだけなんだよね。
朝風呂、入りたいな~。



決戦を前に、緊張感が皆無の史郎であった。

-----------------------------------------------------------

ここは、砂漠の中に設営された猿人族の天幕の中。


「狐人族領の森が、見えてきました」

見張りからの報告に、猿人の軍団長が頷いている。

「後は、やつらを血祭りにあげるだけだな」

彼は舌なめずりをして、これから行う残虐行為に胸を高鳴らせていた。

「敵の数は?」

「それが、斥候らしき姿が一つだけで、他にはいません」

「奴ら、籠城策を取るつもりか」

人族から渡されている魔道具の前には、籠城など意味が無い。

「ふははははっ。 奴らの運命もこれまでだな」

そこへ、もう一人の見張りが駆け込んできた。

「斥候が妙な動きをしています」

「一人だけなんだろう?」

「はい。 一人なんですが・・」

「どうした。 早く言え」

「頭に布を巻いているのですが、どうも人族らしいのです」

「なにっ! なぜ人族がこんなところに?」

「その・・そいつが、ゆっくり歩いて近づいてきます」

「・・・降伏の申し出に来たのではないのか?」

「それが、白旗らしいものは持っていません」

どういうつもりだ?

軍団長は自分の目で確かめるべく、天幕から外に出た。

緩やかに波打つ、砂漠の砂の上をゆっくりこちらに向かって歩いてくる人影がある。

すでに、相手の顔が何とか判別できるところまで近づいている。

急いで懐から出した魔道具で覗き込むと、茫洋とした顔が見て取れる。
しかも、少年にしか見えない。

少なくとも、これから戦闘に臨む表情ではない。

やはり、伝令か何かか。

軍団長が、遠見の魔道具から目を離そうとした瞬間、少年らしき人影が頭に手をやった。

砂漠の風にたなびく布の下から出てきたのは、黒髪だった。

それを目にした軍団長の警戒心が一気に高まる。

「総員、迎撃用意!!」

彼は、たった一人の敵に、ためらわず大声を上げていた。



激しく動き始めた猿人の軍勢を前に、少年は砂丘の上に一人静かに佇んでいた。
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