75 / 607
第二章 獣人世界グレイル編
第18話 聖女捜索
しおりを挟む史郎は、城内に用意されている部屋に戻った。
俺は、さっそくポルに尋ねてみる。
「ポル。 みんなは、どうして『聖女』という言葉に、あんな反応をしたんだ?」
「ああ、獣人にとって、聖女は特別な存在なんですよ」
かつて、この大陸の中央に森があり、そこに神獣が棲んでいたこと。
その神獣を中心に、各部族がまとまっていたこと。
森が消え神獣が去るとき、聖女に仕え、そして守るようにと、言い残したこと。
そういうことを、ポルは教えてくれた。
狐人族が、獣人の中で高い地位を占めるのも、かつて神獣の世話を直接していたからだそうだ。
もし、聖女が現れると、まとまるはずがない獣人が一つになる可能性があるのか。
俺は、聖女の問題が思った以上にデリケートであると気付いた。
下手をしたら、政治的な混乱に巻き込まれかねない。
舞子を探すのは、時間との勝負になるだろう。
点ちゃんが、いてくれたなら。
史郎は、今更のように思うのであった。
---------------------------------------------------------------
「聖女探索に協力したいと?」
「ああ。 聖女も人族だろう。
捜索隊に、俺も入れてほしい」
俺とアンデは、城の外のひらけた場所で聖女の話をしていた。
情報が漏れないように、用心したわけだ。
「だがな・・猿人の背後に人族の影がある、という噂は知っているよな」
「ああ、会議でも、その話題が出たからな」
「その噂が無ければ、真っ先に、金ランクのお前に声をかけるんだが・・」
「聖女のことに関しては、ミス一つ許されないということか」
「まあ、そんなところだ。
それより、お前、どうして聖女にこだわるんだ」
俺は、前いた世界で起こったことを、大まかに話すことにした。
それを聞いたアンデは、なぜ俺が聖女にこだわるか、納得してくれたようだ。
「つまり、その聖女が、お前の友人である可能性があるんだな」
「ああ、そういうことだ」
「ふむ。 女王陛下からの手紙にも、その件について書いてあったな」
畑山女史、グッジョブ。
「よし、事が聖女に関することだから、今回は俺が捜索隊を率いよう。
それなら俺の責任で、お前を捜索に加わらせることができるからな」
「すまない。 いや、ありがとう」
「まあ、お前には今回の事を含め、働いてもらってるからな。
協力は惜しまんぞ」
「感謝する」
俺はそう言うと、アンデの大きな手をぐっと握った。
「ということなら、急いだほうがいいな。
明日朝には、こちらを発とう」
「悪いな」
「いや。 聖女は、俺たちにとっても特別なんだ。
お前のことが無くても一緒さ」
アンデは微笑むと、去っていった。
-------------------------------------------------------------------
翌日は、早朝の出立となった。
ミミは、お土産を買う時間がないだの、観光ができないだの、不平を言っていた。
まあ、俺は彼女が昨日会議の後で、ちゃっかり買い物に励んだのを知っていた。
ポルは俺の顔を見て、「元気になりましたね」と、嬉しそうだった。
まあね。 あれだけ落ち込めば、さぞかし二人も心配したことだろう。
「心配かけて、済まなかったな」
------------------------------------------------------------------
帰り道は雨も降らず、予定より一日早くケーナイの町へ帰りついた。
俺は二人を休ませ、すぐにアンデと捜索隊の人選に取り掛かった。
今回、ミミとポルは、大陸南部への斥候を補助する役割が与えられている。
物資の調達や補給をする仕事である。
まあ、後方支援するだけだから、特に危険もないはずだ。
報酬も非常にいいから、二人とも喜んでいる。
帰って来て3日後には、捜索隊が組まれた。
30人の大部隊である。
聖女捜索に対する、犬人族の意気込みが分かる。
捜索隊が出来た日のうちにミーティングを行い、二日後には出発となった。
目的地は、湖沼地帯の北に広がる山岳地帯である。
山岳地帯には、犬人族、猫人族の隠里がある。
まず、そこを捜索することになっている。
問題は、雨季を迎えた湖沼地帯が、巨大な湖の様になっていることである。
かつて、スライム討伐に向かった道を今回も進む。
以前、周囲に沼地や池が見えてきた場所まで来ると、そこには、すでに広大な水面が広がっていた。
比較的近くを生活圏にしている犬人族は、さすがに、これに対処する術を持っていた。
皮を張り合わせた、地球で言うカヌーのようなものを組み立て、それに乗り込む。
オールを使って進むのも、カヌーと同じである。
日本で、小型のカヤックを使っていた俺は、すぐこの舟になじんだ。
時々、水面に波紋が生じるのは、水中に生息している生き物だろう。
大きな波紋が見えると、爆竹のようなものに火をつけ、水面で爆発させながら進んでいく。
水の中に棲む魔獣が、音に敏感なことを利用した魔除けらしい。
二時間ほどすると、山並みが前方に広がった。
それほど高い山々ではないが、水面に映る山の姿が青い空に映え、とても美しかった。
任務がなければ、ずっと見ていたい景色だ。
しばらく漕ぐと、半分水没した木々が現れるようになった。
無事、対岸に着く。
カヌー型の船を畳み、山歩きに備える。
いつ聖女が見つかるかわからないから、20日程度の捜索を予定している。
そのため、各自が背負う荷物は、かなりの重さになった。
平均20kgは、あるだろう。
ここからは、十人ずつ、3班に分かれて山道を進む。
東西に広がる山岳地帯を、東部、中央部、西部と分けて、それぞれの地域を一班ずつが担当する。
俺は、アンデと同じ班に組み込まれ、中央部を捜索することになった。
しかし、もし、ここで舞子が見つかれば、スライム討伐のとき、かなり彼女の近くまで来ていたことになる。
それ以前に、舞子に付けた点が活きていたら、簡単に見つかっただろう。
史郎は、消えた点ちゃんのことを思い、寂しくなった。
----------------------------------------------------------------
史郎と同じ班には、あのキャンピーがいた。
大の字、いや、太の字が似合う、あの犬人の若者である。
俺が金ランクと知ったからか、それとも苦も無く二度もやっつけられたからか、オドオドと俺の方を見てくる。
他の隊員と同じように接すると、少し安心したようだった。
3日目までは、何の成果もなく過ぎた。
4日目の午後、小さな猫人族の集落を見つける。
小屋というより、あばら家を寄せ集めたような集落は、生き抜くのにぎりぎりの生活を思わせた。
長は、中年の女性で、片目に革の眼帯をしていた。
「聖女? ここにはいないが、西の方にある犬人族の村で、高貴な方が匿われてるって話はあるぞ」
「本当か?」
「まあ、確かなことではないがな。
その話を聞いてきた者を呼んでやろう」
「助かる。 ありがとう」
アンデと彼女は、顔見知りの様だった。
やってきた猫人族の青年に訊くと、森の中で西に住む犬人に出会ったとき、話題に出たらしい。
聖女には、体の半分が黒い従者がいると聞いたそうだ。
これは、舞子に間違いない。
従者とされているのは、コウモリ男だろう。
しかし、なぜ彼が従者として見られているか。
それは、情報が少なすぎて判断がつかない。
彼が、舞子を無理やり従わせている場合もある。
俺は、むしろ、その可能性が高いだろうと考えていた。
それなら、なおさら急いで舞子を見つける必要がある。
既に暗くなっていたので、この日は、猫人族の集落の隅に場所を借り、テントを張って寝た。
次の日。 見張り役が、西方の空に赤い煙が細く立ち昇るのを見つけた。
これは、各班に渡されている連絡用の道具で、聖女を見つけた班が使うようになっていたものだ。
急いでテントを畳むと、猫人の長に挨拶をして村を後にする。
皆の足取りが軽い。
やはり、いるかいないか分からない目標を探すのは、負担になっていたのだろう。
西に向かう途中で、キャンピーの姿が消えた。
恐らく、はぐれたのだろうということで、聖女を確認してから捜索することになった。
まったく、いつでも手間を掛けさせる男である。
5時間ほど歩くと、集落が見えてきた。
集落の中央辺りから、赤い煙が立ち昇っている。
猫人族の集落に比べ、かなり大きい。
集落に近づくと、西部探索を割り当てられたギルドメンバーが走ってきた。
「聖女様を見つけました!」
アンデに、報告している。
表情が明るい。
それは、任務成功のせいだけではないようだ。
史郎は、改めて獣人族における聖女の立場に気付くのだった。
0
お気に入りに追加
333
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
森だった 確かに自宅近くで犬のお散歩してたのに。。ここ どこーーーー
ポチ
ファンタジー
何か 私的には好きな場所だけど
安全が確保されてたらの話だよそれは
犬のお散歩してたはずなのに
何故か寝ていた。。おばちゃんはどうすれば良いのか。。
何だか10歳になったっぽいし
あらら
初めて書くので拙いですがよろしくお願いします
あと、こうだったら良いなー
だらけなので、ご都合主義でしかありません。。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる