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第二章 獣人世界グレイル編

第1話 訪れた少年

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ポータルズ。 そう呼ばれている世界群。

ここでは、各世界がポータルと呼ばれる門で繋がっている。
ゲートとも呼ばれるこの門は、通過したものを異世界へと運ぶ。

この門には、様々な種類がある。

最も多いのが、特定の世界へ飛ぶもの。
このタイプは、向こうに行った後、こちらに帰ってこられる利便性から、商業活動や外交をはじめ、一般の市民の行き来にも使われる。
国は通行料を徴収することで、門の管理に充てている。

他に、数は少ないが、一方通行のポータルも存在する。
このタイプは、前述のものより利便性が劣る。
僻地や山奥に存在し、きちんと管理されていない門も多い。
非合法活動する者たち、例えば、盗賊や無許可奴隷商人の移動手段ともなっている。

また、稀に存在するのが、ランダムポータルと呼ばれる門である。
ある日、突然町の広場に現れることもあるし、人っ子一人いない森の奥に現れることもある。
そして、長くとも1週間の後には、跡形もなく消えてしまう。

そして、この門が通じている場所は、まさに神のみぞ知る。
なぜなら、ほとんどの場合、ランダムポータルは、行く先が決まっていないだけでなく、一方通行であるからだ。
子供たちが興味半分にポータルに入ることもあるが、その場合、まず帰って来ることはない。

多くの世界で、このケースは神隠しとして扱われる。

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今、ある少年がポータルを渡り、別の世界に降り立った。

少年の名は、坊野史郎(ぼうのしろう)という。

日本の片田舎に住んでいた彼は、ランダムポータルによって、異世界へと飛ばされた。

そこには、地球の中世を彷彿とさせる社会があった。
違うのは、魔術と、魔獣が存在していたことである。

特別な転移を経験した者には、並外れた力が宿る。
現地では、それを覚醒と呼んでいた。

転移した四人のうち他の三人は、それぞれ勇者、聖騎士、聖女というレア職に覚醒した。

しかし、彼だけは、魔術師という一般的な職についた。

レベルも1であったが、なにより使える魔法が「点魔法」しかなかった。
この魔法は、視界に小さな点が見えるだけというもので、このことで、彼は城にいられなくなってしまう。

その後、個性的な人々との出会い、命懸けの経験、そういったものを通して、彼は少しずつ成長していった。

初め役に立たないと思っていた点魔法も、その「人格」ともいえる「点ちゃん」と出会い、少しずつ使い方が分かってきた。
それは、無限の可能性を秘めた魔法だった。

この魔法を使い、己の欲望のまま国を戦争に追いやろうとした国王一味を壊滅させた。

安心したのも束の間、幼馴染でもある聖女が、一味の生き残りにさらわれ、ポータルに落とされてしまう。

彼は、その後を追って、この世界へやって来た。


これは、そこから始まる物語である。

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独特の浮遊感の後、足が地面に着くと、そこは狭い部屋の中だった。


床は板敷で、壁は土のような素材が使われている。

装飾を排したその部屋には、テーブルが一つだけあり、一人の男が座っていた。

頭の上に犬のような垂れ耳があり、少し突き出した口から、牙が見えている者を男と呼べるのなら。

彼は立ち上がると、小さく頷いて言った。

「ようこそ。 グレイルへ」

転移前の異世界で、ある国の王から渡された指輪は、獣人の言葉さえ理解可能にする。

「どうも。 シローといいます。 
パンゲア世界のアリストから来ました」

「おお、アリストからのお客さんは、久しぶりだな。
手続きは、私、ワンズが行います」

男は、そう言うと机の上を指さした。

史郎は、友人から教えられていた通り、国王の許可証とギルド章を出した。

「はい、国の許可、確認。 銀のギルド章で、身元の確認もOKと」

ワンズが、手元の書類に何か、さらさらと書き込んでいく。

その手は少し毛深いが、人間のものと、そう違いはないように見える。

「失礼ですが、貴族様で?」

「いえ、ただの平民ですよ」

「国王の許可証が、上級貴族向けのものだったので」

なるほど、畑山女史が配慮してくれたんだな。

史郎は、今朝、別れたばかりの友人の顔を思い出して、なぜか懐かしくなった。

ワンズが続ける。

「では、こちらの証明書をどうぞ。
ギルド章も証明書として使えますが、場所によります。
この証明書を、絶えず身に着けるようにしてください」

「分かりました。 ありがとう」

「では、良い滞在を」

後ろを振り返ると、壁に空いた穴の中に、潜り抜けてきたポータルが見える。
必ずまた、ここから帰る。 そう、決意すると、外へ続くドアを開けた。

部屋から出ると、ワンズと同じ種族らしい獣人が二人、ドアの両側に立っていた。

不審者が入らないように、警備しているのだろう。

二人とも、りっぱな尻尾がある。

階段を上がると、建物の外に出た。
目の前には、西部劇で見た、アメリカ中西部の町を思わせる光景が広がっている。

さっきのポータルは、地下にあったことになる。
山の上のポータルから入って、地面の下のポータルへ出てくる。


その不思議に驚く、史郎であった。

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空気は乾いており、微風に砂ぼこりが舞っている。


強い日差しが、頭上から照り付けている。

舗装していない大通りを歩くと、人々がじっとこちらを見ている。

それは、そうであろう。 
目にする人、全ての頭上に垂れ耳が付いている。
お尻の辺りからは、しっぽが生えている。

一方、自分は頭に茶色い布を巻いているとはいえ、耳が突き出していないことは明らかである。
何より、しっぽが無い。

小さな子供たちは、こちらを見ると駆けまわるのを止め、驚いたような顔で見ている。

点ちゃん、いるかい?

『いますよー。 どうしました、ご主人様』

いや、ちょっと話したくなっただけ。

『もっと、おしゃべりしたいなー』

うん、そのうちにね。

ポータルを越えても、点魔法が使えることを確認した。
しかし、点ちゃんと話すと、不安な気持ちが消えていくから不思議である。

『(*´∀`*)えへへへ』

あ、心を読まれているんだった。 気を付けよう。

恐々近づいてきた子供に、こちらから微笑みかけ、ギルドの場所を尋ねる。

ギルドは、歩いて5分くらいのところにあった。
これは近いというより、町の規模が小さいせいだろう。

両開きの扉を押して、入り口から中に入る。
アリストのギルドに比べると、半分くらいの規模だろうか。

食事をする丸テーブルが、2つ置いてある。

カウンターの窓口は一つだけで、そこに四五人の獣人が並んでいる。
全員が、うさん臭そうな目でこちらを見ている。

後ろに並ぶと、前の若い獣人の男が話しかけてくる。

「なんか、人間臭えな」

もちろん、こちらは返事をしない。

「おい、聞こえねえのか」

獣人の突き出た口が、顔のすぐ前まで来る。

「なんか、獣臭いな」

本当に、そう思ったから言ってやる。

「何だとっ!」

男が腰の剣に手をやる。

すでに観戦の構えなのか、他の冒険者たちは二人を取り囲むように円を作っている。

「止めといた方がいいぞ」

一応は忠告しておく。

「うるせえ! 覚悟しな」

とうとう男が剣を抜いた。

やれやれ、この世界に来るなりこれか。
まあ、しかし、今回は売り言葉に買い言葉ってところもあるけどね。

男は剣を振ろうとしたが、足元が狂って、ステーンとこけてしまった。

点魔法で彼の膝に点をくっつけ、それを上に引っ張った結果だけどね。

余りに見事な転び方に、観衆から笑い声が起こる。

男は、それを聞くと、猛然と立ち上がった。
生えている毛を通しても分かるほど、顔が赤くなっている。

ブルブル震えているのは、怒りと恥ずかしさからだろう。

「死ねーっ!」

叫ぶと、突きの格好で突進してきた。

ステーン

さらに見事に転ぶ。

今度はさすがに、周囲が爆笑に包まれた。

後頭部を打って、意識が飛びかけた男は、しばらくフルフルと顔としっぽを振っていたが、意識がはっきりしたのか、再びつっかかってこようとした。

「何の騒ぎだ?」

カウンター横のドアが開いて、がっしりした大柄の獣人が出てくる。
やはり、頭上には垂れ耳がある。
しっぽも心なしか、他の獣人より太い。

「ギ、ギルマス!」

若い獣人が、怯えたような表情を見せる。

「キャンピー。 また、お前か?」

「い、いえ、この人間が、俺を馬鹿にしてきたから・・」

「おい、お前さん。  本当かい?」

「人間臭いって言われたから、獣臭いって返しときました」

事実を簡潔に述べる。

「おい、キャンピー。 本当か?」

「・・あ、う、その・・」

パーン

次の瞬間、風船が割れるような音がしたと思ったら、キャンピーの体が消えていた。

外をみると、道に大の字になった獣人が横たわっている。
キャンピーである。
よくみるとしっぽがあるので大の字というより、「太」の字になっている。

通行人が、ざわつき出した。

張り手を放った姿勢を解き、ギルマスは何事もなかったかのように話しかけてくる。

「この世界、グレイルへようこそ。 
あんたが、今日着くって聞いてた冒険者だな」

「はい。  ついさっき、この世界へ来たばかりです。
ギルド登録をする必要がありますか?」

「ああ。 とにかくギルド章を見せてくれるか」

ギルド章は、ランクによって下から鉄、銅、銀、金、黒鉄となっている。
俺のランクは銀だ。

ギルド章と、向こうのギルマスから預かっていた紙袋を手渡す。

ギルドマスターは、紙袋の中をのぞき込んでいたが、「なるほど」とつぶやくと、こちらを見た。

「おい、みんな。 よく聞け。 
今日から、ここのギルド所属になった・・えっと、名前は?」

「シローです」

「新しいギルドメンバーのシローだ。 
ランクは金だぜ。 いろいろ、頼りにしろや」

「え? 金?」

「古い方のギルド章はもらっとくぜ」

キャロめ、ニコニコ笑って紙袋を渡してきたと思ったら、こんな仕掛けになってたのか。

心の中で、向こうの世界のギルマスに文句を言っておく。

「おう、兄ちゃん。 その若さで金なんて、すげえな。 
俺はジノってんだ、よろしくな」

「お前、抜け駆けすんなよ。 
俺はダズル。  魔術も、ちょいと使えるんだぜ。  よろしくな」

冒険者たちが、我先に自己紹介を始める。

ギルドってところは、良かれ悪しかれ、実力主義のところがある。
金ランクとお近づきになろうってのは、本能みたいなものだね。

「ウオォーーンン」

ギルマスが見事な遠吠えをすると、すぐ静かになった。

「とにかく、こっちで書類を済ませてくれ」

俺は、別室で書類に書き込みを済ませた。 
ギルマス宛てに用意しておいた、アリスト女王からの封書も渡す。

これは、人目に触れない方がいいからね。

彼は、きちんと蜜蝋で封がしてあるのを見て、それを懐に仕舞った。 
後で読む事にしたのだろう。



とにかく、史郎の獣人世界での初日は、こういう風に過ぎて行った。

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