58 / 607
第二章 獣人世界グレイル編
第1話 訪れた少年
しおりを挟むポータルズ。 そう呼ばれている世界群。
ここでは、各世界がポータルと呼ばれる門で繋がっている。
ゲートとも呼ばれるこの門は、通過したものを異世界へと運ぶ。
この門には、様々な種類がある。
最も多いのが、特定の世界へ飛ぶもの。
このタイプは、向こうに行った後、こちらに帰ってこられる利便性から、商業活動や外交をはじめ、一般の市民の行き来にも使われる。
国は通行料を徴収することで、門の管理に充てている。
他に、数は少ないが、一方通行のポータルも存在する。
このタイプは、前述のものより利便性が劣る。
僻地や山奥に存在し、きちんと管理されていない門も多い。
非合法活動する者たち、例えば、盗賊や無許可奴隷商人の移動手段ともなっている。
また、稀に存在するのが、ランダムポータルと呼ばれる門である。
ある日、突然町の広場に現れることもあるし、人っ子一人いない森の奥に現れることもある。
そして、長くとも1週間の後には、跡形もなく消えてしまう。
そして、この門が通じている場所は、まさに神のみぞ知る。
なぜなら、ほとんどの場合、ランダムポータルは、行く先が決まっていないだけでなく、一方通行であるからだ。
子供たちが興味半分にポータルに入ることもあるが、その場合、まず帰って来ることはない。
多くの世界で、このケースは神隠しとして扱われる。
---------------------------------------------------------------------
今、ある少年がポータルを渡り、別の世界に降り立った。
少年の名は、坊野史郎(ぼうのしろう)という。
日本の片田舎に住んでいた彼は、ランダムポータルによって、異世界へと飛ばされた。
そこには、地球の中世を彷彿とさせる社会があった。
違うのは、魔術と、魔獣が存在していたことである。
特別な転移を経験した者には、並外れた力が宿る。
現地では、それを覚醒と呼んでいた。
転移した四人のうち他の三人は、それぞれ勇者、聖騎士、聖女というレア職に覚醒した。
しかし、彼だけは、魔術師という一般的な職についた。
レベルも1であったが、なにより使える魔法が「点魔法」しかなかった。
この魔法は、視界に小さな点が見えるだけというもので、このことで、彼は城にいられなくなってしまう。
その後、個性的な人々との出会い、命懸けの経験、そういったものを通して、彼は少しずつ成長していった。
初め役に立たないと思っていた点魔法も、その「人格」ともいえる「点ちゃん」と出会い、少しずつ使い方が分かってきた。
それは、無限の可能性を秘めた魔法だった。
この魔法を使い、己の欲望のまま国を戦争に追いやろうとした国王一味を壊滅させた。
安心したのも束の間、幼馴染でもある聖女が、一味の生き残りにさらわれ、ポータルに落とされてしまう。
彼は、その後を追って、この世界へやって来た。
これは、そこから始まる物語である。
-------------------------------------------------------------
独特の浮遊感の後、足が地面に着くと、そこは狭い部屋の中だった。
床は板敷で、壁は土のような素材が使われている。
装飾を排したその部屋には、テーブルが一つだけあり、一人の男が座っていた。
頭の上に犬のような垂れ耳があり、少し突き出した口から、牙が見えている者を男と呼べるのなら。
彼は立ち上がると、小さく頷いて言った。
「ようこそ。 グレイルへ」
転移前の異世界で、ある国の王から渡された指輪は、獣人の言葉さえ理解可能にする。
「どうも。 シローといいます。
パンゲア世界のアリストから来ました」
「おお、アリストからのお客さんは、久しぶりだな。
手続きは、私、ワンズが行います」
男は、そう言うと机の上を指さした。
史郎は、友人から教えられていた通り、国王の許可証とギルド章を出した。
「はい、国の許可、確認。 銀のギルド章で、身元の確認もOKと」
ワンズが、手元の書類に何か、さらさらと書き込んでいく。
その手は少し毛深いが、人間のものと、そう違いはないように見える。
「失礼ですが、貴族様で?」
「いえ、ただの平民ですよ」
「国王の許可証が、上級貴族向けのものだったので」
なるほど、畑山女史が配慮してくれたんだな。
史郎は、今朝、別れたばかりの友人の顔を思い出して、なぜか懐かしくなった。
ワンズが続ける。
「では、こちらの証明書をどうぞ。
ギルド章も証明書として使えますが、場所によります。
この証明書を、絶えず身に着けるようにしてください」
「分かりました。 ありがとう」
「では、良い滞在を」
後ろを振り返ると、壁に空いた穴の中に、潜り抜けてきたポータルが見える。
必ずまた、ここから帰る。 そう、決意すると、外へ続くドアを開けた。
部屋から出ると、ワンズと同じ種族らしい獣人が二人、ドアの両側に立っていた。
不審者が入らないように、警備しているのだろう。
二人とも、りっぱな尻尾がある。
階段を上がると、建物の外に出た。
目の前には、西部劇で見た、アメリカ中西部の町を思わせる光景が広がっている。
さっきのポータルは、地下にあったことになる。
山の上のポータルから入って、地面の下のポータルへ出てくる。
その不思議に驚く、史郎であった。
-------------------------------------------------------------
空気は乾いており、微風に砂ぼこりが舞っている。
強い日差しが、頭上から照り付けている。
舗装していない大通りを歩くと、人々がじっとこちらを見ている。
それは、そうであろう。
目にする人、全ての頭上に垂れ耳が付いている。
お尻の辺りからは、しっぽが生えている。
一方、自分は頭に茶色い布を巻いているとはいえ、耳が突き出していないことは明らかである。
何より、しっぽが無い。
小さな子供たちは、こちらを見ると駆けまわるのを止め、驚いたような顔で見ている。
点ちゃん、いるかい?
『いますよー。 どうしました、ご主人様』
いや、ちょっと話したくなっただけ。
『もっと、おしゃべりしたいなー』
うん、そのうちにね。
ポータルを越えても、点魔法が使えることを確認した。
しかし、点ちゃんと話すと、不安な気持ちが消えていくから不思議である。
『(*´∀`*)えへへへ』
あ、心を読まれているんだった。 気を付けよう。
恐々近づいてきた子供に、こちらから微笑みかけ、ギルドの場所を尋ねる。
ギルドは、歩いて5分くらいのところにあった。
これは近いというより、町の規模が小さいせいだろう。
両開きの扉を押して、入り口から中に入る。
アリストのギルドに比べると、半分くらいの規模だろうか。
食事をする丸テーブルが、2つ置いてある。
カウンターの窓口は一つだけで、そこに四五人の獣人が並んでいる。
全員が、うさん臭そうな目でこちらを見ている。
後ろに並ぶと、前の若い獣人の男が話しかけてくる。
「なんか、人間臭えな」
もちろん、こちらは返事をしない。
「おい、聞こえねえのか」
獣人の突き出た口が、顔のすぐ前まで来る。
「なんか、獣臭いな」
本当に、そう思ったから言ってやる。
「何だとっ!」
男が腰の剣に手をやる。
すでに観戦の構えなのか、他の冒険者たちは二人を取り囲むように円を作っている。
「止めといた方がいいぞ」
一応は忠告しておく。
「うるせえ! 覚悟しな」
とうとう男が剣を抜いた。
やれやれ、この世界に来るなりこれか。
まあ、しかし、今回は売り言葉に買い言葉ってところもあるけどね。
男は剣を振ろうとしたが、足元が狂って、ステーンとこけてしまった。
点魔法で彼の膝に点をくっつけ、それを上に引っ張った結果だけどね。
余りに見事な転び方に、観衆から笑い声が起こる。
男は、それを聞くと、猛然と立ち上がった。
生えている毛を通しても分かるほど、顔が赤くなっている。
ブルブル震えているのは、怒りと恥ずかしさからだろう。
「死ねーっ!」
叫ぶと、突きの格好で突進してきた。
ステーン
さらに見事に転ぶ。
今度はさすがに、周囲が爆笑に包まれた。
後頭部を打って、意識が飛びかけた男は、しばらくフルフルと顔としっぽを振っていたが、意識がはっきりしたのか、再びつっかかってこようとした。
「何の騒ぎだ?」
カウンター横のドアが開いて、がっしりした大柄の獣人が出てくる。
やはり、頭上には垂れ耳がある。
しっぽも心なしか、他の獣人より太い。
「ギ、ギルマス!」
若い獣人が、怯えたような表情を見せる。
「キャンピー。 また、お前か?」
「い、いえ、この人間が、俺を馬鹿にしてきたから・・」
「おい、お前さん。 本当かい?」
「人間臭いって言われたから、獣臭いって返しときました」
事実を簡潔に述べる。
「おい、キャンピー。 本当か?」
「・・あ、う、その・・」
パーン
次の瞬間、風船が割れるような音がしたと思ったら、キャンピーの体が消えていた。
外をみると、道に大の字になった獣人が横たわっている。
キャンピーである。
よくみるとしっぽがあるので大の字というより、「太」の字になっている。
通行人が、ざわつき出した。
張り手を放った姿勢を解き、ギルマスは何事もなかったかのように話しかけてくる。
「この世界、グレイルへようこそ。
あんたが、今日着くって聞いてた冒険者だな」
「はい。 ついさっき、この世界へ来たばかりです。
ギルド登録をする必要がありますか?」
「ああ。 とにかくギルド章を見せてくれるか」
ギルド章は、ランクによって下から鉄、銅、銀、金、黒鉄となっている。
俺のランクは銀だ。
ギルド章と、向こうのギルマスから預かっていた紙袋を手渡す。
ギルドマスターは、紙袋の中をのぞき込んでいたが、「なるほど」とつぶやくと、こちらを見た。
「おい、みんな。 よく聞け。
今日から、ここのギルド所属になった・・えっと、名前は?」
「シローです」
「新しいギルドメンバーのシローだ。
ランクは金だぜ。 いろいろ、頼りにしろや」
「え? 金?」
「古い方のギルド章はもらっとくぜ」
キャロめ、ニコニコ笑って紙袋を渡してきたと思ったら、こんな仕掛けになってたのか。
心の中で、向こうの世界のギルマスに文句を言っておく。
「おう、兄ちゃん。 その若さで金なんて、すげえな。
俺はジノってんだ、よろしくな」
「お前、抜け駆けすんなよ。
俺はダズル。 魔術も、ちょいと使えるんだぜ。 よろしくな」
冒険者たちが、我先に自己紹介を始める。
ギルドってところは、良かれ悪しかれ、実力主義のところがある。
金ランクとお近づきになろうってのは、本能みたいなものだね。
「ウオォーーンン」
ギルマスが見事な遠吠えをすると、すぐ静かになった。
「とにかく、こっちで書類を済ませてくれ」
俺は、別室で書類に書き込みを済ませた。
ギルマス宛てに用意しておいた、アリスト女王からの封書も渡す。
これは、人目に触れない方がいいからね。
彼は、きちんと蜜蝋で封がしてあるのを見て、それを懐に仕舞った。
後で読む事にしたのだろう。
とにかく、史郎の獣人世界での初日は、こういう風に過ぎて行った。
0
お気に入りに追加
333
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
転生幼女の怠惰なため息
(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン…
紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢
座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!!
もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。
全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。
作者は極度のとうふメンタルとなっております…
人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします
吉野屋
ファンタジー
竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。
魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。
次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。
【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる