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第一章 冒険者世界アリスト編

第43話 魔の手

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翌日、約束通り夕刻前に王宮から迎えが来た。
史郎は、紋章が無い客車を引いた二頭立ての馬車に乗り込んだ。

紋章が無いのは、今回の会合を内密に行いたいということだろう。

王宮は、アリスト城のような威様は無かったが、落ち着いた上品さがあった。
高さは無いが、広い敷地に、この国の象徴である半球状の屋根が載っている。

おそらく、迎賓館として使われているであろう建物の前で、馬車が止まった。
中に入ると、金、銀より茶色系統をうまくあしらってある。

目的の部屋を、執事がノックする。

「どうぞ」

軍師ショーカの声が、応えた。

部屋は、20畳ほどの広さがあり、中央にテーブルが用意されていた。

マスケドニア王と加藤も、既に席についていた。

給仕役が六名、壁際に控えている。

「久しぶりじゃな」

王が立ち上がり、歓迎を示す。

「今日は、お招き頂き、ありがとうございます」

「お、来たか」

おい、おい、加藤、いくら何でもそれは砕けすぎだろう。
まあ、しょうがないか。

「まずは、この国の食事を楽しんで欲しい」

王が手を打つと、前菜と食前酒が運ばれてきた。

「では、目標の達成を願って」

軍師が、グラスを目の高さに上げる。
加藤と俺もそれに倣った。

食事は、華美ではないが、一つ一つの料理が吟味され、こちらの味覚を刺激してくる。
この国の食文化の奥深さを、知った思いだ。

史郎は、プチプチした食感の香ばしい脂が浮かんだスープが気に入った。
ぜひ、ルルや子供たちにも、食べさせてやりたい。

四人とも、黙って食べている。
本当に美味しいものを食べると、なぜかみんな無口になるよね。

デザートは、甘さを控えた冷菓だった。
この世界でアイスクリームを見たことが無かったので尋ねると、魔術師が処理したということだった。

美味しいことに、手間を惜しまない。
それが、さらなる美味しさに繋がるらしい。

食後、薬草茶を出すと、給仕たちは部屋を出て行った。

四人だけになると、陛下が口を開く。

「さて、今後のことだが・・」

そのタイミングを見計らったように、加藤の指輪が鈍い光を放ち始めた。

「伏せてっ!」

とっさに王の前に飛び込んだ史郎が、加藤との間にシールドを展開する。

もちろん、点ちゃんである。

指輪の光が、点滅を始める。

点滅が次第に早くなり、急に強い光を放った後、すっと暗くなった。

「な、何があった。」

ショーカが、震える声で尋ねる。

「意思疎通の指輪に、細工がしてあったようです」

史郎が、説明する。
加藤の指から、指輪が消えている。

「念のため、指輪の周りを別の魔術で、覆っておきました」

センライでの第一回訓練討伐のとき、三人の指輪に細工を施しておいた。

「指輪は、誰からもらったものだ?」

「アリスト国王です」

「ふむ、あやつ、勇者殺害まで企ておったか」

青い顔の王が、うめくように言った。

「すぐに代わりの指輪を、持って来させよ」

ショーカがドアを開けて、出て行った。

「まさか、ここまでするとはの」

「恐らく、陛下と勇者を、同時に狙ったのだと思います」

「すでに、なりふり構っておれんということか」

「勇者亡命が、アリスト王国に与えた衝撃は、それほど大きかったようです」

「派兵せぬところをみると、勇者の存在が効いておるということか」

「それゆえの、この暴挙でしょう」

加藤は、まだ呆然としているようだ。

「おい、加藤。 大丈夫か?」

「な、何だったんだ、今のは」

「どうやらアリスト国王は、お前を生かしておきたくないらしいな」

「何から何まで、とんでもない奴だぜ」

「まあ、ともかく、相手の意図はハッキリしたな」

「冗談じゃないぜ、全く。 
人の命を、何だと思ってやがる」

軍師が、ケースを持って帰って来た。

濃紺のビロードが張られた上蓋を開けると、指輪が6つ並んでいる。

「この国の古の天才錬金術師が、作ったものです」

4箇所に、穴があるのは、既に使われたからであろう。

「シロー、お主は命の恩人だ。
これを持っていけ」

恐らくは、国宝であろう。

「では、4つだけ頂いて参ります」

「お主が付けておるそれも、勇者の指輪と同じ出所か?」

「はい、そうです」

「ならば、それは置いて行け」

「わかりました。 では、後で覆っている魔術を解いておきます」

「ふむ、では、ショーカよ。 その指輪、調べてくれ」

「はっ」

宮廷付きの錬金術師に、調べさせるのだろう。

あれほど危険な術が込められているなら、調べる方も命懸けである。

「さて、相手の意図がはっきりしたところで、どう対処すべきかな」

「陛下、相手の計画が失敗したことを、それとなく知らせてはいかがでございましょう」

「それで、少し冷静になってくれればいいが」

アリスト国王の人となりを思い出し、それはまず無理だろうと、史郎は考えていた。

「では、細かいところを打ち合わせておこうか」

たった今、命を狙われたにもかかわらず、マスケドニア国王は、すでに平常心を取り戻していた。



この日の会議は、夜遅くまで続いた。
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