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第一章 冒険者世界アリスト編
第35話 訓練討伐
しおりを挟む訓練討伐当日。
早朝に宿を出た勇者一行は、センライ地域の入り口までやってきた。
今まで通ってきた森が切れ、背の低い灌木が多くなってきた。
前方を見ると、無数の巨人が立ち並んでいるような、不思議な光景が広がっていた。
巨人と見えたのは、石柱である。
長年の浸食によって、軟らかい部分は削れ、固い部分が残った。
案内人から、そういう説明を受ける。
全員が、その奇観に目を奪われている。
「では、ここで班ごとに分かれます」
リーダー役の騎士の合図で、一行は3班に分かれた。
騎士と冒険者は、こういうことに慣れているから行動が早い。
「では、予定通り、ここから入って、各班それぞれ討伐をし、目標の丘で合流です」
進行方向に向かって、左から勇者班、聖女班、聖騎士班となっている。
勇者班、聖騎士班は、10名程度だが、聖女班は聖女自身が戦えないため、人数がやや多い。
騎士と冒険者が、およそ半分ずつの人数構成である。
金ランク冒険者は、聖女班、聖騎士班に一人ずつ配置されている。
ハピィフェローと、史郎、ルルは勇者班である。
各班が、案内人の先導で石柱と石柱の隙間に入っていく。
史郎は、班分けの時間を使って、素早く念話で勇者たち三人に指示を出す。
林立する石柱のせいで、他の2班はすぐに見えなくなった。
白く崩れやすい石柱間の隘路を、奥へ奥へと入っていく。
人が並んで通れる幅ではないから、一列縦隊となっている。
間もなく、前方から木と木を打ち鳴らすような音が聞こえて来た。
「ホワイトエイプです!」
案内人が、注意を促す。
突然、石柱の陰から白い塊が飛び出す。
速い。
史郎が、反応する前に、ルルがナイフを振るう。
ホワイトエイプは、身長1mほどで、小型のゴリラのような魔物だった。
肩のところが赤く染まっているのは、ルルからの攻撃のせいだろう。
ジャンプすると、石柱を蹴って、ルルに攻撃を仕掛ける。
まるで三角飛びである。
前にいた騎士が、剣をエイプの太ももに突き刺した。
そいつは悲鳴を上げると、足を引きずって逃げて行った。
いきなり襲い掛かってきたな。
白い毛皮が保護色になっていて、見つけにくいのも問題だな。
それからも散発的な攻撃はあったが、勇者班のメンバーもさすがに慣れてきて、怪我をするものも無くなってきた。
攻撃が落ち着いてきたのを見計らって、リーダー格の騎士に話しかける。
「では、予定通り、聖女班の様子を見てきます」
「ああ、お前が連絡係か。
じゃ、よろしく頼むぞ」
ルルと二人で、隊列を離れる。
聖女班の位置は、点ちゃんが教えてくれている。
『ご主人様ー、そこを右に曲がると、すぐですよ』
ありがとう、点ちゃん。
点ちゃんが言う通り、次の石柱を右に曲がると聖女班の最後尾の背中が見えた。
「お疲れ様です。
勇者班から来ました。
リーダーは、どちらでしょう」
「おお、ご苦労さん。
多分、20mくらい先だと思うぞ」
「ありがとうございます。
では、横を失礼します」
狭い道を、すれ違うように前に向かう。
三人四人と追い越すと、舞子と、彼女の前後をガードする騎士たちが見えてきた。
舞子の表情が、ぱっと明るくなる。
点ちゃんを通して念話はしていたが、直接会うのは、俺が城を出て以来である。
「勇者班から来ました」
班リーダー役の騎士に、いくつかの業務連絡を済ませる。
この間に点ちゃんは、前もって決めておいた仕事をしてくれている。
点ちゃん曰く、細かい作業は、俺が目標を視認する必要があるそうだ。
舞子が俺の方に来たくて、うずうずしているのが分かる。
『ご主人様ー、出来たー』
点ちゃん、ありがとね。
「それでは、聖騎士班にも回りますね」
そそくさと、その場を離れる。
舞子が念話で、『せっかく会えたのに・・』と言ってきたが、ここは怪しまれるわけにはいかないからね。
引き続き、聖騎士班のところにも行き、こちらの予定は終了した。
一番働いた、点ちゃんを労う。
点ちゃん、ご苦労様ー。
三人を助けてくれて、ありがとう。
『うふふっ。 また、いっぱい助けますよー』
お手柔らかにね。
聖騎士班に合流した俺とルルは、そのまま集合地点の丘に向かった。
丘の上には、既に勇者班が到着しており、タープテントの下でくつろいでいた。
聖女班は、まだのようだ。
「討伐数の確認をしてくれ」
騎士から言われた冒険者が、一人一人に討伐数を聞いていく。
後から追いついた聖女班も、討伐数を報告する。
やはり、討伐数が一番多かったのは勇者班だった。
加藤は、一人だけで15体ものホワイトエイプを仕留めていた。
どんだけ頑張ってるの、加藤。
まあ、怪しまれないように頑張れって言っておいたからね。
その加藤が雉撃ちに行ったまま、なかなか帰ってこない。
騎士たちも、心配し始めている。
丘の周囲は、石柱が無く、比較的見通しはいいが、目的が目的だけに、石柱の陰に入って行ったはずだ。
騎士とギルドメンバーが焦れてきたとき、その連絡が入った。
------------------------------------------------------
『ボー、聞こえるか』
『ああ、何かあったか』
いつもの加藤らしくない重い声に、何かあったと直感した。
『えーっとな、どう説明したらいいかな』
『うまく説明しようとするな、お前らしくない。
あったままを言え』
『えっと、ミナが実はミツで、それで・・どうしよう?』
『お前に説明させた、俺が馬鹿だったよ。
そこに、誰かいるのか』
『ミナでミツがいる。
お前と、他の二人にも会いたいそうだ』
『相変わらず、よく分からないが、そこにいるのは誰だ』
『ミナ・・いや、ミツという女の子だ』
『畑山さん、知ってる?』
『ああ、宿泊所の娘かな。
どうして、こんなところにいるの?』
『とにかく、直接会いたいそうだ』
『用件は、何だ?』
『彼女、マスケドニアから来てるらしい』
『何だって!?』『ええっ!』
騎士が、加藤捜索のパーティを組もうとしている。
時間の猶予はない。
『加藤! とにかく、一旦戻ってこい。
このままじゃ、やばいぞ』
『分かった』
『帰って来てから、念話で詳しく話してくれ』
『了解』
少し経つと、加藤が石柱の間から姿を現した。
「ごめーん、遅くなった」
「勇者様! ご無事でしたか。
こちらから、お迎えに行こうとしていたところです」
「いや~、ちょっとお腹の具合が悪くてね」
「汚いな~、もう」
畑山が眉を顰める。
「ちょっとお腹が痛いから、少しの間だけでいいから休ませてくれるか?」
加藤が、騎士に話しかける。
「よろしいですよ。 時間の余裕は、まだまだあります。
お元気になられてから、出発しましょう」
「ありがとう。 助かるよ」
礼を言うと、加藤はタープの下で、こちらに背を向けて横になった。
『これでいいか?』
『ああ、お前にしては上出来(だ。
じゃ、もう一度、説明してみろ』
『じゃ、他の二人も聞いてくれ。
宿にいたミナっていう娘、覚えてる?』
『そりゃ、昨日今日のことだから、覚えてるに決まってるでしょ』
『あの娘は、マスケドニアからの連絡員だった』
『連絡員って?』
『いわゆる、スパイのことだろう』
『『ええっ!!』』
畑山と舞子の、驚きの念話が重なる。
『で、彼女の目的は何だ』
『まだ、詳しくは話してもらってないんだが・・
戦争を止めるために働いてるって言ってた』
『なにっ?!』
俺は、警戒はしておくべきだが、もしかしたら、自分達にとっても、彼女が状況突破の糸口になるかもしれないと考えた。
もちろん、これが罠でないという保証はない。
勇者を排除すれば、マスケドニアにとって、有利に事が運べることは確かだからだ。
『100%までは、信じられんな』
『彼女は、嘘を言うような娘じゃない』
『お前、なんで昨日今日、会っただけの女の子を、そう言い切れる?』
『いや、それは勇者の勘というか。 本能というか・・』
『別の意味での本能でしょ』
畑山女史からの突っ込みが、いつにも増して鋭い。
『畑山さんは、その娘に会ってるんだよね』
『まあ、ほんのちょっと言葉を交わした程度だけどね』
『彼女のこと、どう見る?』
『う~ん、ちょっと分からないかな。
少なくとも、彼女への信頼に命は掛けられないな』
ま、正論ですね。
『舞子は、彼女のこと、どう思った?』
『・・多分・・悪い人じゃないと思う』
『なんで?』
『はっきりとは、分からないけど、なんとなくそうかな』
さあ、これは難しい。
事態突破のためのチャンスかもしれないが、下手をしたら、確実に命を落とすな。
彼女が、マスケドニアのスパイだと分かっただけで、それに関わった者は命がない。
しかし、逆に言えば、ミツと言ったか、彼女自身がこの行動に自分の命を懸けていることもまた確かである。
史郎は少し考えてから、自分の結論を口にした。
『とりあえず、俺だけが会ってみようか』
これには、加藤が猛反対した。
『いや! 俺も、絶対その場にいるからな!
これは譲らないぞ』
彼がここまで強い表現をするのは、珍しい。
こうなったら梃でも動かないからな、奴は。
畑山女史が、横目で意味ありげに加藤の背中を見ている。
何か、事情を知っているのかもしれない。
『しょうがない。 じゃ、俺と加藤で会うか』
『いいの?』
まあ、畑山さんの心配は分かるが、点ちゃんもいるし、大丈夫だろう。
虎穴に入らざれば、虎子を得ず。
これでいってみようか。
『じゃ、帰りの合同訓練の合間を縫って、俺と加藤で会って来る。
畑山さんと舞子は、打ち合わせ通りの行動をとってくれ』
『まあ、そうね。 ここは、あんたに任せるわ』
『史郎君。 危険なことはしないでね』
危険を承知で、マスケドニアのスパイと会うことになった史郎であった。
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