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第十二章 放浪編

第75話 ポータルへの挑戦(下)

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 虚無。そう言うのが相応しい、何もない空間に俺は浮いていた。
 光も、そして闇さえもない。
 色が無いのは、恐らく人間である俺にはそれが知覚できないからだろう。

 もし、一人だけでこの空間に飛ばされたなら、俺の精神は壊れてしまったかもしれない。
 しかし、俺には頼もしい相棒がいた。

『(Pω・) 不思議な空間ですねえ。転移するときに通る空間ともどこか違います』

 点ちゃんは、すでに空間の分析にかかっている。

 これ、空気ってあるの?

『(・ω・) ありませんよ。普通なら、身体がぱーんと弾けちゃうと思います』

 あ、危なっ!
 どうして、俺は大丈夫なの?

『(・ω・)ノ これまで手に入れてきた、空間、時間、重力などの付与を重ねがけしています』

 なるほど。
 でも、空気はどうなってるの?
 
『(・ω・)ノ 点収納の中にあるものを使っています』

 なるほど、じゃあ、しばらくは大丈夫かな?
 だけど、これ、どっちに行けばいいのだろう。

『(?ω?) 今のところ、まだそれが分からないんですよね』

 おいおい、点ちゃんでも分からないのか。
 どうしたらいいの、これ?

 ◇

 パンゲア世界アリスト王国。
 王城の城下町では、すでに英雄の失踪は知らぬ者のない事柄だった。
 シローがいなくなって二か月たった頃から、もう英雄は帰ってこないのではという悲観的噂が流れはじめ、三か月たった今、その噂はすでにみなの共通意見とまでなっていた。

 日頃は楽観的な冒険者たちの間でも、心配を通りこし、今では諦めムードが漂っていた。
 シローに関する新しい情報がないかと、毎日のようにギルドを訪れている、ルル、コルナ、コリーダの三人に、冒険者たちから同情の視線が向けられている。

 今日もギルドを訪れた三人が、気落ちした様子で外へ出ていくと、それまで沈黙を守っていた冒険者たちが、口々に話しはじめた。

「こんなに長い事、ルルちゃんたちをほっぽいて、シローのヤツ、何してんだ!」
「おい、相手は黒鉄の冒険者だぜ。
 ちゃんと、『シローさん』って言えよ」
「知るかっ、そんなの!
 お前(めえ)も、ルルちゃんたちの顔を見ただろう。
 しおれた花みたいになっちゃって、俺はずぇーったいにシローを許さねえ!」

 それを聞いたベテランの女性冒険者が、ポツリともらす。

「だけど、もう三か月だよ。
 そろそろ潮時だと思うんだけどね」

 討伐などで冒険者が行方知れずになった場合、ギルドの規定で三か月間は捜索できることになっている。
 それを越えると死亡扱いとなるのだ。
 
「そうだな。
 俺たちも、そろそろ覚悟を決めねえといけねえのかもな」

 そう言ったのは、ギルドからの依頼で、シロー捜索の依頼を受けているベテラン冒険者だ。

「みなさん、何を言ってるんです!
 シローさんは、きっと帰ってきます!
 今は、できることをしましょう!」

 声を上げたのは、新米冒険者であるリンド少年だ。シローにあこがれ冒険者になった彼は、自分の英雄が死んだということを受けいれることなどできなかった。

「うるせえぞ、新米が! 
 なら、その『今できること』ってやつが何か言ってみな!」 

 ベテラン冒険者が、小柄なリンド少年の胸倉を掴み、吊るしあげる。古傷が目立つかれの顔は苦悩に歪んでいた。
 その肩にそっと手が置かれる。振りむいた冒険者は、少年を掴んでいた手を放した。
 ドスンと木の床に尻もちをついたリンドは、頭上に落ちついた声を聞いた。

「シローは、必ず帰ってくる」

「リ、リーヴァスの旦那……」

 怒りと悔しさに歪んでいたベテラン冒険者が、穏やかな顔に戻る。

「みなさん、シローは必ずここへ帰ってきます。
 それまでどうかお力添えを」

 リーヴァスが、白銀色の頭を下げる。

「と、と、と、とんでもねえ!
 頭を上げてくだせえ!
 俺たちゃ、ルルちゃんたちの力になれねえ自分のふがいなさに、心底腹が立ってるだけでさ!」
「そうですよ、リーヴァス様!
 アリストの冒険者魂、今こそ見せてやりましょう!」
「探してねえ場所は、まだたくさんあります。
 気落ちしている場合ではありませんね!」  
 
「みな、すまぬ、いや、ありがとう!」

 リーヴァスが再び頭を下げる。
 慌てた冒険者たちが、外に飛びだしていく。

「さあ、みんな、今日も探すぞ!」
「「「おーっ!」」」

 ギルドの待合室に残されたのがリーヴァスだけとなる。彼に声を掛けたのは、小さなギルマス、キャロだった。

「リーヴァス様……」

「キャロ、分かっておるよ」

 このままいつまでも、冒険者たちにシロー捜索を頼んではおけない。すでに討伐、採集の依頼は滞りはじめている。
 討伐はリーヴァスが、採集はリンドたちが請けおっているが、人手不足は隠しようもなかった。
 いつかは捜索依頼を諦めなければならない。

 それはそれほど先の話ではないと、リーヴァスは考えていた。

 ◇

 毎日、それぞれが足を棒のようにして歩きまわり、ルル、コルナ、コリーダは疲れきっていた。
 ギルドから帰ってきた三人は、がらんとした居間に置かれたソファーに、ぐったりと座った。
 ルルが右手でソファーを撫でている。そこはいつもシローが座っていた場所だった。

「ねえ、アレに入らない?」

 コリーダが、二人を元気づけるようにそう言った?

「アレって屋上の?」

 コルナはすぐにコリーダの言葉が分かったようだ。

「ええ、もうずっと入ってないじゃない」

 シローが行方不明と分かってから、三人にはくつろぐ余裕などなかったのだ。

「そうね、コリーダ、三人で入りましょう!」

 ルルの声は、誰が聞いても空元気と分かっただろう。
 しかし、コルナとコリーダは声を重ねた。

「「ええ、入りましょう」」 

 ◇

「あああ」
「ううう」
「気持ちいいわね~」

 屋上にあるジャグジーに入った三人は、長い緊張で固くなった体がほぐれ、そんな声を上げた。

「そういえば、あの時も三人一緒にこれに入ったわね」

 コルナが言っているのは、ドラゴニアで真竜の子たちと別れ、悲しみに沈んでいた彼女たちを、シローが励ましてくれた時のことだ。

「そうだったね、音楽つきで素敵だった」
「ロウソクで照らされた庭が幻想的だったわ」
「お兄ちゃんが出してくれたアイスクリーム、美味しかったなあ」

 三人は、お互いに目を合わせると、それぞれがくるりと浴槽の外側に向きを変えた。
 お互いに自分の涙を見られたくなかった。そして、相手の涙を見たくなかったからだ。

「シロー……」

 ルルの絞りだすような声に続き、屋上の東屋からは、しばらくすすり泣く声が聞こえていた。
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