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第十二章 放浪編

第71話 待ち時間(上)

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 黒い金属製の扉を開け禁足地から出ると、シュテインが焦燥した顔で待っていた。その横でモジモジしているチョロイン、ナゼルさんが浮いている。

 ゴィン

 そんな音を立て、禁足地への扉が閉まったとたん、シュテインが俺に飛びつく。

「シ、シローさん、そ、それでどうなりました!?」   

 皇太子は俺の襟首をつかみ、顔を寄せてくる。
 いくら美形だからといって、近い! 近いよ!

「ああ、一週間後にまた来ることになったよ。
 聖樹様のお話だと、なんとかなりそうだということだが……」

「聖樹様?
 す、救われる!?
 この世界が救われるんですね!?」

 近い、近い!
 おや? そんな俺たちを、指をくわえたナゼルさんが、なぜかぽーっとした顔で見てる。
 彼女の口からよだれが……!
 おい! それって、なんかやばくないか?

 ◇

「カワイイですねえ!」

 屋敷の二階、応接室のソファーに座り、お茶を一杯飲むころになって、やっとナゼルさんが普通に戻った。
 あのよだれ顔は人に見せちゃいけないだろう。憧れの王子様に見られちゃったけど、それでよかったのかね、彼女は。

 ナゼルさんは、彼女が座るソファーでブランとキューに挟まれ、ご満悦の様子だ。
 彼女は、とりつかれたようにモフモフにいそしんでいる。
 シュテインは一足先にお城に戻してあるから、その反動かもしれない。

「シローさん、これは何ていう魔獣ですか?」

「そっちは魔獣ではなく猫という動物です。
 それから、ええと、そっちは、し……キューちゃんですよ」

 キューちゃんの正体が『白い悪魔』だと分かれば、ナゼルさんは間違いなく腰を抜かすだろう。
 
「へえ、鳴き声と名前が同じなんですね。
 可哀そうだから、『フワ』ちゃんと呼んであげるね。
 フ~ワちゃん!」

「キュー……」

 キューが初めて見る迷惑そうな表情になる。
 まあね、自分の名前じゃないから混乱するよね。

 その日、ナゼルさんから強くお願いされ、俺たちは彼女の屋敷で一泊した。

 ◇

 次の日、昼前にナゼルの屋敷を出発した俺たちは、点ちゃん1号で空路王都に向かった。
 早朝からナゼルさんに撫でくりまわされたブランとキューは、新型ソファーの上で心なしかぐったりしているように見える。
 次にヘルポリに行く時には、ナゼルさんに『モフモフ禁止令』を出しておこう。
 
 昼食前に王城に着いた俺は、さっそく陛下からお好み焼きを要求された。
 まあ、あそこまで喜んでくれるなら、ご馳走はしますけどね、もうあんまり数がないんだよね。
 あと五日間、お好み焼きが足りるだろうか?

 食事の後は、ルナーリア姫を約束していた空の旅にご招待した。
 彼女を点ちゃん1号に乗せ、王都上空を飛ぶ。
 お付きの女騎士が一人だけついてきた。

「まあ!
 お城がオモチャみたい!
 お母様はどこかしら?」

 地球から持ってきた、とっておきのケーキを食べたルナーリア姫は、頬にクリームをつけ、満面の笑顔だった。

「シローが住んでる所には、美味しいものがたくさんあるのね!」

「ははは、美味しくないものもありますよ」

「行ってみたいなあ!」

「そうですね。
 いつか行けたらいいですね」

「行きたい!
 ブランやキューちゃんに、また会いたいし」

 キューの毛を使い作った新型ソファーに座り、姫は両脇に座るブランとキューをそっと撫でている。
 二匹とも、目を細めて気持ちよさそうだ。
 ナゼルさんに対する態度と、まるで違うんだよね。

「ブランとキューもきっとそう思っていると思いますよ」

「そうだといいなあ。
 ふぁ~、幸せ~」

 お腹いっぱい食べたのもあるだろう、姫はすぐに寝息を立てだした。
 ブランとキューも一緒に寝ちゃった。

「シロー殿、そろそろお城へ……」

 姫の後ろで控えていた、お付きの女騎士が、小声でそんなことを言ってきたが、俺は首を横に振った。
 これから、海の上まで飛ぶつもりだ。
 姫は生まれてから一度も海を見たことがないそうだから、起きたらさぞ驚くことだろう。

『へ(u ω u)へ ご主人様は、ルナーリア姫に甘いですねえ』 

 そうかなあ。彼女を見てるとナルとメルを思いだすからかもしれないね。
 あの二人に会うためにも、どうにかしてポータルズ世界群へ帰らないとね。

 ◇

 ルナーリア姫に海を見せた翌日、俺はギルドを訪れた。
 元々、王都に来たのはギルドの伝手(つて)で図書館を紹介してもらうためだったんだよね。
 シュテインと会ったことで、その必要なくなったんだけど、ベラコスギルドのギルマス、サウタージさんから、ここのギルドに渡すよう頼まれた荷物があったから。

 さすがに王都だけあって、ギルドは立派なものだった。目抜き通りに面した木造三階建ての建物は、横幅が二軒分あった。俺が知る中では、エルファリアのギルド本部と匹敵する大きさだ。
 恐らく、この土地では冒険者が活躍する仕事がたくさんあるのだろう。
 
 両開きの扉を潜ると、そこは受けつけカウンター、丸テーブル、依頼書の貼りだしコーナーという見慣れたレイアウトの広いホールだった。
 昼近いというのに、丸テーブルの半分ほどは冒険者で埋まっている。
 受けつけカウンターにも、数人が並んでいた。
 俺が肩に白猫ブランを乗せ、手にキューを抱えているからだろう、皆がこちらを見ている。

 前に並んだ若い二人の冒険者が交わす言葉が聞こえてきた。

「くそう、あの仕事で銀ランクに昇格できると思ったのに!」

「レフ、そう簡単には昇格できないんじゃないか?」

「だけど、リーダーはあっという間に銀ランクになったそうじゃないか」

「リーダーは別格だからな」

「そう考えると、メグミさんの金ランクって凄いよね」

「ああ、確か二三か月で金ランクになったんだろう?」

「さすが竜騎士だよね」

 彼らは、メグミという人の事を知ってるらしい。
 これは話しかけない手はないよね。

「ちょっといいですか?」

「え、なんだい?」

「俺はシローって言います。
 王都に来て間もないんですが、みなさんからよくメグミっていう人の話を聞くんですけど、どんな方なんですか?」 

「おおっ!
 お前(めえ)はついてるぜ!
 俺は、メグミさん一(いち)の子分レフってんだ」
「いや、一番の子分はライ、この俺だよ!」
「いや、俺だ!」
「そんなことあるかっ!」

 このままだと、二人が取っ組みあいの喧嘩を始めそうなので、ここは口をはさんでおこう。

「あの、メグミさんって、迷い人ですか?」

 俺がそう尋ねた途端、二人が黙りこみ、疑わしそうな目つきでこちらを見た。

「「……」」

「あの……」

 聞き方を変えようと口を開きかけたが、すでに二人の若者は、鋭い目つきで俺をにらんだ。 
 
「おい、お前、帝国の回し者か?!」

「帝国?」

「とぼけんな!
 そんな格好、この辺りじゃ見ねえぞ!
 お前、南から来たんだろう!」

「ええと、帝国ってなんです?」

「しらばっくれんな!」

「おい、みんな!
 帝国の回し者が、メグミさんのことを嗅ぎまわってるぞ!」

 自分のことを「レフ」と紹介した若者が、大声で叫んだ。
 ガタガタと音を立て、テーブル席に座っていた人たちが立ちあがる。

「なんだって!?
 メグミちゃんに手をだそうなんて、あたいが許さないよ!」
「帝国の者が、よくここに顔を出せたな!」
「こいつを吊るしあげろっ!」

  目の色を変えた冒険者たちで、あっという間に俺の周囲に人垣ができる。
 彼らは、敵意剥きだしで包囲を狭めてくる。
 ここはどうするかな?

 俺が行動に移ろうとしたとき、目の前が白くなった。

 ◇

「ぐううう、な、なんだこれ?!」
「く、苦し……あれ、苦しくない……気持ちいい~!」
「ふわふわ~!」

 冒険者たちの、こもった声が周囲から聞こえてくる。
 あれ、俺、いつの間にかキューちゃんの毛に埋まっている。
 全身モフモフ! ついにモフラーの夢がかなったぞ!
 俺と冒険者たちは、膨らんだキューちゃんの体で、天井に押しつけられた形か。でも、毛がふわっふわだから、苦しくないみたい。

「おい、いってえ何の騒ぎだ!?」

 キューの毛を掻きわけ顔を出すと、マックに迫りそうな大男が俺を見上げていた。
 岩のようながっちりした体格で、古傷だらけの四角い顔には驚きが浮かんでいた。
 彼の心を表すように、ポニーテールにしたブロンズの長髪が揺れている。

「うわっ!
 なっ、なんだ、お前!」

 それは驚くよね。巨大な白いふわふわから、人間の顔がぽんと、とび出したんだから。

「俺、シローって言います」

「……お、お前、人間なのか?」

「ええ、そうですよ」

「ど、どうしてそんな……訳の分からねえもんから顔を出してる?」

 これ、どうやってごまかすかな。
 もし、「これは『白い悪魔です』」なんて言ったら、大騒ぎになるだろうし……。

「……こ、これ、俺のモフモフ魔術なんです」

「モフモフ魔術だと?」

『( ̄▽ ̄)つ いくらなんでも、それは無理があるでしょー!』 
 
「ええ、まだ魔術に慣れてないもんで、時々暴発するんです」

「そうなのかい」

『(; ・`д・´)つ そこの大っきな人、なんで納得してるの! ミエミエの嘘ですよーっ!』

 点ちゃんは、少し黙ってなさい。騙されてくれてるんだから。

「とにかく、これじゃあ話にならねえ。
 魔術を解いてくれるか?」

「はい、分かりました」

『キューちゃん、もういいよ、ありがとう。
 小さくなってくれる?』

 キューに念話で話しかける

 パフンッ

 そんな音を立て、キューが小さくなる。
 天井まで持ちあげられていた冒険者たちが、ドスンドスンと床に落ちる。
 
「お尻、打っちゃった、イタタタ。
 な、なんだったの今の?」
「でも、すっごく気持ちよかった~!」
「そうだよな、癖になりそうな気持よさだったぜ」 

 冒険者たちは、みんな頬を染め、ぽうっと上気した顔をしている。

「おい、お前!」

 さあ、気合い入れて拾うぞーっ!
 貴重なキューの毛は、いろんなくつろぎグッズに使えるからね。
 
「おい、お前!
 聞こえてるだろう!
 無視するってどういうことだ!?」

 うわ~、いっぱい落ちてるなあ。大漁大漁と……。

「おい、人の話を聞けよっ!
 ぐはっ!」

 ふう~、これだけ毛があれば、あんなモノやこんなモノが作れるぞ!
 あれ?
 この大きな人、どうして壁際に倒れてるの?

『(; ・`д・´)つ ご主人様が話を聞かないから、彼がご主人様の肩を揺すったんですよ』

 でも、なんでそれでこんなことに?

『(・ω・)ノ 肩を揺すったのが物理攻撃と判定されたようです』 

 なるほど、それで『物理攻撃無効』の加護に弾きとばされたと。

「ギ、ギルマス!
 大丈夫ですか?」
「おい、誰か治癒ポーション持ってねえか?!
 グラントさんが大変だ!」
「ギルマス、どうされたんです!?」

 倒れた大男の周囲に冒険者たちが集まってくる。

 やばいよ、これは。
 この人、ここのギルマスみたい。

『(; ・`д・´)つ 自業自得です! 少し反省しなさい!』

 はい、どうも申し訳ございません。
 でも、キューの毛は拾っていいよね?

『(; ・`д・´)つ 馬鹿者ーっ!』
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