595 / 607
第十二章 放浪編
第65話 神樹の森
しおりを挟むコケットで寝ていた俺は、今回も案内役のドラゴンに起こされた。
ただし、今回、彼はコケットをひっくり返すようなことはしなかった。
「シロー殿、起きてください」
遠慮がちにそんな言葉で起こそうとしていたらしく、点ちゃんによると、俺が目覚めるまでかなり時間がかかったそうだ。
だから、俺が目を覚ました時、案内役のドラゴンは、ほっとした顔をしていた。
ドラゴンにも、「ほっとした顔」ってあるんだね。
大洞窟にはすでにドラゴンたちが集まっており、壁からつき出したテラスには竜王の姿があった。
えっ?
もしかして、みんな俺が起きるの待ってたの?
さすがに慌ててコケットから降り、立ちあがる。
『シロー殿が起きられたようだな。
では、すでに話したとおり、神樹様の所へ彼を案内してよいな』
竜王の言葉にドラゴンたちが咆哮で答えた。
グゥオオオオ
だから、寝起きにその音はキツイって。
◇
竜王自らの案内で、俺はソル山から少し離れた場所に来ている。
草も生えていない赤茶けた山々のなかで、その盆地だけは木々が生いしげっている。
オアシスのように泉が湧いているのかもしれない。
森の上には特に大きな木がこんもり突きだしているのが見える。あれが神樹様だろう。
『驚いたぞ、人族が空を飛ぶなぞ初めて見た』
先に立って歩きながら、竜王が念話で話しかけてくる。
ここに来るのに、俺はボードを使って空を飛んだからね。
「それよりあそこに見えるのが神樹様ですか?」
『その通りだ。
そこを入ればすぐだ』
木立の切れ目から森の中に入り、少し歩くと開けた場所に出た。
小さな公園ほどある広場は背の低い草が一面に生えており、その奥に作られた柵の向こうに、数本の神樹が立っていた。
その周囲には様々な色のマナが集まり、神樹様から流れでる穏やかな波動がこちらに伝わってきた。
柵から少し離れた場所で、竜王は恭しく三度お辞儀した後、地に着くまで頭を下げた。
俺も、膝を着き頭を下げた。
『神樹様、お騒がせして申し訳ありません。
この人族がお話を伺いたいと申しております』
『竜王よ、気にするでない』
神樹の念話は、ポータルズ世界群の神樹たちとなんら変わりない、ゆったりした穏やかな波動だった。
『神樹様、初めまして。
シローと申します』
『おや、お主は我らと話すことができるのじゃな?』
『はい、聖樹様からお力をいただきました』
『なんと!
この世界が向こうの世界群と分かたれてよりかなりたつが、お主どうやってそんなことができたのじゃ?』
『はい、聖樹様がいらっしゃる世界群からこちらの世界群に召喚されました』
『なるほど、そうであったか。
お主は向こうの世界群の住民なのじゃな?
ところで、あちらの世界群は無事なのか?』
『はい、一時は危ないところまで行きましたが、『聖樹の巫女』の力でなんとか持ちこたえました』
『おお、巫女様が現れなさったか!
それは真に危ないところじゃったな』
『神樹様、こちらの世界群には、やはり聖樹様はいらっしゃらないのですか?』
『……うむ、おられぬ』
『では、世界群として不安定な状態なのでは?』
『その通りじゃ。
いつ破滅が訪れてもおかしくはない』
『なんですと!』
竜王の叫ぶような念話が割りこむ。
『神樹様、本当にそのようなことが――』
『そのシローという者の言うとおりじゃ。
今までお主らに話さなんだのは、たとえ話してもせんないことだからじゃ。
いたずらに不安をかきたてることになったじゃろうからな。
今、この世界を含め、それに連なる世界群は崩壊の危機にある』
『そ、そんなことが……』
神樹の言葉を聞き、竜王はようやく昨日俺が話したことへの疑いを捨てたようだ。
『神樹様、他の世界にはすでにいくつか神樹の種を植えてあります。
他に何かできることはありませんか?』
『シローよ、お前、なぜ種など持っておる?』
神樹様の気が、急に冷たいものに変わる。神樹が人知を超えた存在であることに、改めて気づかされる。
『聖樹様から、褒美としていただきました』
『なんじゃとっ!?
崇高な存在である神聖神樹様が、そこまで人族を信頼するとは!』
俺の身体に、何か暖かいものが入ってくるのを感じた。
『なんと、『聖樹の加護』までもろうておるではないか!
それにその体の中には、なにか別の存在があるな』
『(^▽^)/ こんにちはー! 点ちゃんだよ』
『……あ、ああ、よろしくな』
その念話には、戸惑いが感じられた。
神樹様、ちょっと引いてるんじゃない?
『(?ω?) なんでー?』
まあ、とにかく点ちゃん、ここは少し俺にお話しさせてね。
『神樹様、この世界群を崩壊から守るために、再び元の世界群と繋げようと思うのですが――』
『うぬ、確かに神聖神樹様がいらっしゃる世界群と繋がれば、この世界群が助かる可能性はある』
『何かお考えがありますか?』
『ぬう、世界群はのう、分けるのは比較的たやすいのじゃが、繋げるのは至難の業なんじゃ』
『あちらの世界群へ繋がるポータルを見つけられたら何とかなると考えていたのですが――』
『そうは容易(たやす)くいかぬ。
……いや、待て……お主、先ほどあちらの世界群からこちらの世界群へ来たと申しておったな?』
『はい、そうです』
『うーむ、となると、確かに世界群が繋がる可能性はあるな』
『えっ、本当ですか!?』
『喜ぶでない。
あくまでも可能性じゃ』
『一体、何をすればいいのでしょう?』
『向こうの世界群の住人であるお主が、できたばかりのポータルを潜るのじゃ』
『……しかし、この世界のポータルは、すでに失われたと聞きましたが』
『それは、すでに使われていたポータルのことじゃろう。
お主が潜るべきなのは、開いたばかりのポータルじゃ』
『しかし、そんなものを潜っても、行く先はこちらの世界群のどこかに限られるのではないですか?』
『ポータルはな、開いてすぐは、行く先がまだ決まっておらぬのじゃ。
お前たち人の時間で言えば、そうだのう……三百ほど昼夜を繰りかえした頃、行く先の世界が決まるようになっておる』
『しかし、そうはいっても、開いたばかりのポータルなどあるのですか?』
『うむ、存在しておる』
『いったい、どこに?』
『上を見よ』
見上げると、遥か高いところにある梢から、何かがひらひら落ちてくる。
落ちる前に手で取ると、それは見慣れた神樹の実だった。
羽子板の羽根に似た外皮に種が入っている。
『それは特別な種でな。
植えても育たぬが、目的の神樹がある場所を教えてくれるのだ。
それをお前にやろう。
それが光る方角に訪れるべき神樹があるのじゃ』
『ありがとうございます』
『しかし、たとえポータルに入ったとして、向こうの世界群と繋がるとは限らぬぞ。
さらに別の世界群と繋がるやも知れぬ。
いや、もしかすると、世界群の狭間から出られなくなるかもしれん。
シローよ、お主、その覚悟はあるのか?』
怖い。確かにそれは怖いのだが、俺には頼もしい相棒がいるからね。
『大丈夫です。
万が一、俺が失敗したら、神樹様が他の方策を考えてください』
『お主はそう言うが、他のやり方などありそうもないのじゃが』
『とにかく、後は任せましたよ』
世界群の崩壊が迫っているかもしれないのだから、ここでグズグズしていられない。
『我が加護はポータルを探す役には立たぬと思うが、授けておこう』
俺の身体がじんわりと光を帯びる。
『シローよ、頼んだぞ』
0
お気に入りに追加
330
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
放置された公爵令嬢が幸せになるまで
こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。
異世界で捨て子を育てたら王女だった話
せいめ
ファンタジー
数年前に没落してしまった元貴族令嬢のエリーゼは、市井で逞しく生きていた。
元貴族令嬢なのに、どうして市井で逞しく生きれるのか…?それは、私には前世の記憶があるからだ。
毒親に殴られたショックで、日本人の庶民の記憶を思い出した私は、毒親を捨てて一人で生きていくことに決めたのだ。
そんな私は15歳の時、仕事終わりに赤ちゃんを見つける。
「えぇー!この赤ちゃんかわいい。天使だわ!」
こんな場所に置いておけないから、とりあえず町の孤児院に連れて行くが…
「拾ったって言っておきながら、本当はアンタが産んで育てられないからって連れてきたんだろう?
若いから育てられないなんて言うな!責任を持ちな!」
孤児院の職員からは引き取りを拒否される私…
はあ?ムカつくー!
だったら私が育ててやるわ!
しかし私は知らなかった。この赤ちゃんが、この後の私の人生に波乱を呼ぶことに…。
誤字脱字、いつも申し訳ありません。
ご都合主義です。
第15回ファンタジー小説大賞で成り上がり令嬢賞を頂きました。
ありがとうございました。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる