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第十二章 放浪編

第56話 それぞれの理由

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 食事の〆は、とっておきのデザートを用意した。
 マティーニグラスに載ったゼリー状のデザートを口にしたとたん、お毒見役の動きが停まる。

「……」

「おい、どうなのじゃ?
 余が食べてもよいのか?」

「……」

 お毒見役が黙っているので、陛下が彼の手からグラスを奪いとり、プルプルしたデザートをスプーンですくい、それを口に入れる。

「……」

「陛下?
 あなた、どうなされたの?」

 黙りこんだ陛下を心配したお后様が、心配そうに声を掛ける。 
 
「陛下……」
「パパスよ……」

 お毒見役と陛下が、二人で見つめ合ったまま、ダーッと涙を流しはじめた。
 しかし、お毒見役さん、パパスって名前だったのか。

『(; ・`д・´)つ だからー、突っこむところ、そこ!?』

「ど、どうしてそのようなことに……こ、これはっ!」

 デザートを一口食べたお后様も、ダーッと涙を流す。

「父様、母様、どうして泣いてるの?」

 ルナーリア姫がそういいながら、デザートを口にする。

「うわーっ!
 甘くってプルプルって口の中で溶けてる!
 すっごく美味しーの!」

 姫は満面の笑顔だ。
 そうそう、こういう反応をしようよ。
 そう思ってシュテインの方を見ると、やはりダーッと涙を流している。しかも、隣の美人も一緒に。

 やれやれ、美味しいのも罪だな。
 だけど、この食材がでっかいスライムだってことは秘密にした方がいいね。

 ◇

 俺が出した料理に感動した国王陛下は、俺をお城へ招待してくれた。
 うーん、堅苦しいのは嫌だけど、シュテインの手前、ここは受けておくか。
 
 数人の騎士に先導され、陛下、お后様、ルナーリア姫、シュテインとその婚約者セリカさんがその後に続く。
 俺は彼らの一番後ろをついていく形だ。

 迎賓館から城へは左右を花壇に挟まれた回廊を渡っていくのだが、花壇の切れ目にある灌木の茂みから、突然、わらわらと武装した男たちが飛びだしてきた。
 手にはすでに小型魔法杖を構えている。

 陛下を護衛する騎士たちも、右手にワンドを取りだしたが、襲撃者の数が増えるにつれ、その表情が焦りから絶望へと変わっていくのが見てとれた。
 ワンドで陛下たちに狙いをつける男たちの後ろから、細い吊り目の痩せた男が前に出てきた。
 彼が身に着けた白銀の鎧は、胸の所に紋章がついているから、上級貴族らしい。

「これは何のまねじゃ、ナゼリア!」

 陛下の威厳ある声が、辺りに響く。

「ふふふ、陛下ともあろうお方が、呼び方を間違えておりますぞ。
 きちんと『ナゼリア侯爵』と呼んでくれねば。
 もっとも、今日からは『ナゼリア国王』ですがね」

「馬鹿な事を!
 なぜにこのような謀反を!?」

「陛下、あなたは魔力の無い者を平民として扱おうとした。
 そこまでにしておけばよかったんですよ。
 それが働きによっては、魔力が無い者でも貴族になれる法を作ってしまわれた。
 魔力の高さによって貴族に任じられ、代々それを守ってきた我々にとって、それは絶対に許せないのですよ」

 痩せた男は、自分の考えに自信があるのだろう。淡々と自分の意見を述べた。
 
「ナゼリア!
 大恩ある陛下になんたることを!」

「お后様、あなたは我が妻とのよしみで、ティーヤム王国建国の際、私が子爵に降格されそうなとき、陛下にとりなしてくれたそうですね。
 だから、あなただけはお命までとりませんよ。
 私の囲い者として、余生を過ごすのを許しましょう」

「なっ、なんと下劣なっ!」

 お后様の言葉で、何か良くないことが起きたと気づいたのだろう。
 それまで大人しくしていた、ルナーリア姫が泣きだしてしまった。
 俺は姫の横に膝を着くと、目線を合わせて話かけた。

「姫様、ご心配なく。
 この不届き者たちの無礼は、このシローが許しません」

「ひっく、シ、シロー、本当か?」

「ええ、本当ですとも。
 陛下にもお后様にも、もちろんあなたにも、指一本触れさせはしませんよ」

 それを聞いては、さすがにナゼリアという名の貴族も黙っていられなかったのだろう。
 いきなり俺に対する攻撃を命じた。

「その男を殺せっ!」

 その声を聞いたルナーリア姫が、俺の前に両手を広げて立った。

「シローは、私が守るの!」

 彼女は、小さな体に王族としての高い威厳と凛々しさを宿していた。
 俺を攻撃するのに皇女が邪魔になった襲撃者たちが、お互いに顔を見合わせ躊躇している。 
  
「貴様ら、何をためらってる!
 姫ともども、この男を殺せ!」

 俺は立ちあがると、小さな両手を広げたままのルナーリア姫の肩に、後ろから両手を添えた。

「姫様、ご立派でしたよ。
 さすが、陛下のお子様です」

 俺がそう言うと、彼女は後ろをくるりと振りむき、俺の腰の辺りに抱きついてきた。
 やはり怖かったのだろう、少女の震えが俺の身体に伝わってくる。

「お前ら、覚悟はできてるんだろうな?」

 俺の静かな声が、辺りに響いた。
 さっきまで殺気立っていた襲撃者たちの顔が、驚きを浮かべている。

「う、美しい……そ、その顔、な、なんだお前は!?」

 首謀者のナゼリア侯爵が、俺の顔を指さし叫んだ。

「俺か、俺はただの冒険者だ」

「嘘を言うなっ!
 そ、それならば、なぜ我らの邪魔をする!?」

「お前らは、ルナーリア姫を泣かせた。
 それがお前らが成敗される理由だ。
 それにお前ら、お好み焼き食べても、『熱っ! 旨っ!』とか言いそうにないし」

「ば、馬鹿なっ!
 そ、そんな訳の分からん理由でっ!
 おい、お前たち、なぜこいつを殺さない!
 撃て、撃てーっ!」

 その声で、それまで呆然としていた襲撃者の何人かが呪文を唱え、ワンドを振ろうとする。
 しかし、彼らが手にしたワンドが突然消える。
 
「なっ!
 ど、どういうことだ?」
「ワンドがっ!?」
「なぜ?」

 口々に叫ぶ男たちの体が、少しずつ宙に浮き始める。
 とりあえず、ヤツらをお城の尖塔くらいの高さまで上げていく。

 上空から聞こえていた彼らの悲鳴が次第に聞こえなくなる。
 かなりの高さまで上がったというのもあるが、すでに何人かは気を失っているようだ。
 彼らに着けている点を操り、自然落下させる。

「「「ぎゃーっ!」」」

 まだ意識がある者が悲鳴を上げる。
 地面すれすれで停まったとき、意識がある者は一人もいなかった。

「な、なんなんだ!? 
 お前は一体、なんなんだ!?」

 わざと一人だけ吊りあげなかった侯爵が、俺を指さす。
 俺は顔をつるりと撫で、普段の表情に戻る。

「だから、ただの冒険者だって言ってるだろう」

「いや、絶対に違うでしょ!」

 背後のシュテイン皇太子からそんな発言が聞こえたが、ここは無視していいだろう。
 一人だけ立っているナゼリア侯爵を、陛下を護衛する騎士たちが拘束しようとする。

「ああ、その人を捕まえるのは、もうちょっと待ってもらえるかな?」

 ブランとキューに掛けておいた透明化を解く。

「わっ、カワイイ!」

 ルナーリア姫が駆けよる前に、ブランとキューはナゼリア侯爵に近づいていく。

「や、やめろ!
 こっちに来るなっ!」

 どうしてそんなこと言うかな。
 ブランもキューもこんなにカワイイのに。

『(; ・`д・´) ……』
 
 点ちゃんが無言だね。どうしたのかな?

「ひーっ!」

 ナゼリア侯爵が悲鳴を上げたのは、仰向けに倒れた彼の額に、ブランが肉球で触れたからだ。
 いや、それ、痛くもなんともないよね。むしろ、ぷにぷにして気持ちいいでしょ?

『(; ・`д・´) ……』

 なぜ点ちゃんは無言?

 ブランはこちらに帰ってくると、俺の肩に跳びのった。
 俺の額に肉球で触れ、ナゼリア侯爵から仕入れた、反乱に加担した者のデータを伝えてくる。

「シロー、その子を抱っこしてもいい?」

 ルナーリア姫が、キラキラした目でブランを見ている。
 
「いいですよ」

 抱き方を教えると、白猫をルナーリア姫に渡した。

「うわーっ!
 やわやわふかふかだー!」

 騎士が再びナゼリア侯爵を拘束にかかるので、再び彼らを制止する。

「シロー、どうしてじゃ?」

 陛下が尋ねるのも無理はないか。

「いえ、彼には少し反省してもらおうと思いまして」

「どうやってじゃ?」

 花壇の陰でバレーボールくらいの白い魔獣キューが、腰を抜かしたナゼリア侯爵の背中の下に潜りこむ。

 ボンッ

 そんな音がしたと思うと、キューが一瞬で大きくなった。

「「「なんだっ!?」」」

 護衛の騎士たちが声を上げる中、俺はキューに指示を出した。

「キューちゃん、そのおじさんが遊んでくれるって」

「キュキュキュー!」(わーい!)

 巨大な白いふわふわ魔獣の背中に跳ねあげられ、侯爵の鎧が幾度も空を舞う。

 ガチャン ガチャン  
 ガチャン ガチャン

 あれ?
 俺の時みたいに「ぽよ~ん、ふわん」って感じじゃないぞ。
 なんだこりゃ?

 あっ、そうか!
 鎧を着ているから、その音だね。
 あー、鎧が体にぶつかって、中の侯爵にダメージが入ってるな、こりゃ。  

 ガチャン 「ぐえっ!」
 ガチャン 「ぐはっ!」

 それを見た護衛役の騎士たちが、ガタガタ震えだす。
 
「あっ、あれは!?」
「し、『白い悪魔』かっ!?」
「陛下、お下がりください!」

 キューちゃんがめちゃくちゃ警戒されてるな。
 本当は無害な魔獣なのに。
 
 やがて、侯爵の声が聞こえなくなる。

 点ちゃん、キューちゃんに小さくなるよう伝えてくれる?

『(・ω・)ノ 了解!』

 パフンッ

 そんな音を立て、キューちゃんがバレーボールほどの大きさに戻る。
 俺は倒れ伏した襲撃者たちの間に落ちた、キューちゃんの毛玉を拾っていく。
 動かなくなった侯爵を調べてみたが、全身の骨が折れているようだった。
 まあ、頭部には兜を着けていなかったから、命に別状はないみたい。

「し、『白い悪魔』はどこだっ!?」

 騎士たちが慌てて周囲を警戒している。
 いや、君たちの足元に、その『白い悪魔』がちょこんと座ってるんだけどね。

「シロー、いったいこれは何が起こったのじゃ?」

 キューが落とした毛玉を一所懸命に拾っていると、背中から陛下に声を掛けられる。
 そういえば、陛下たちにどうやって説明しよう。
 こりゃ、困ったな。
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