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第十二章 放浪編

第53話 王都の図書館

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 客車の窓から見える景色が流れていくが、それは木造の家が多い下町から、庭つきの家がある街区、そして緑の中に石造りの邸宅がぽつぽつと見られる区画へと変わっていく。
 どうやら、王都は住む者の階級によって区画がはっきり分かれているようだ。
 客車から顔を出し進行方向を見ると、尖塔が並ぶ大きな城が見えるから、馬車は街の中心へ向かっていることになる。
 街の中心に向かうほど緑が増えるのは、地球世界では考えられないことだ。

 やがて馬車は、左手に城が見える場所で停まった。
 白塗りの客車から降りると、目の前に大きな石造りの建物がある。それはアリスト王城にある迎賓館を思わせた。

 石の階段を数段登ると、彫刻が施された美しい木の大扉があった。その前に一人立つ衛士風の男は、長槍を左手に持ち、右腰にワンドを差していた。
 俺たちが誰か尋ねようとしたのだろう、一歩こちらに踏みだした衛士は、とても驚いた顔をすると、石畳に膝を着いた。

 えっ!? なに、これ?

 シューが、俺の背中をポンポンと叩いたで、そのまま扉に近づく。
 慌てて立ちあがった衛士が、その扉を開けてくれた。

「おお!
 これはすごい!」

 思わず声を上げてしまう。
 建物の中は円筒形の空間が広がっており、壁の曲面にはずらりと本が並んでいた。どうやら、全て革で装丁されているようだ。
 首周りに白い縁取りがある、七分袖の黒いワンピースを着た人々が、本を抱えて歩いている。

 あれは司書かもしれないな。

 俺たちに気づいた高齢の男性司書が一人、ゆっくり近づいてくると、やはり驚いた顔をして片膝を床に着き頭を下げた。

「シュテイン皇太子殿下、ようこそおいでくださいました。
 ご用件をうかがってもよろしいでしょうか?」 

 ええっ!? シューって皇太子だったの?
 なんで孤児院にいたんだろう?

「パレル館長、立ってください。
 今日は、お忍びで来ていますから」

「ははっ!」

 図書館の館長だと分かった男は、そう答えたものの、膝を床に着いたままだ。
 まあ、そうだよね、相手は皇太子だもん。

 少し困った顔になったシューは、俺の背中を押し、書籍が並んだ壁へ向かう。
 背中越しに館長が慌てて俺たちを追ってくる気配がした。

「ど、どのような書籍をお探しでしょうか?」

 館長の問いかけに、シューが俺を追いこし、例の何でも見通すような澄んだ目で俺の目を覗きこむ。

「シローさん、どんな本をお探しですか?」

 うーん、これは困ったな。
 ポータルに関する情報を探していると、正直に話すべきだろうか?

『d(u ω u) ご主人様、ここは正直に話していいようです』  
  
 えっ!?
 点ちゃん、どうしてそれが分かるの?

『(Pω・) ブランちゃんに皇太子をチェックしてもらいました』

 あちゃー、特殊能力で、シューの心を覗いちゃったか。
 悪いことしたなあ。
 点ちゃん、俺が許可したときだけ人の心を調べるように、ブランに言っておいてね。

『(・ω・)ノ 了解!』
  
「シュー、いや、皇太子様、少しお話があるのですが」

「ふふふ、何かお話ししたいことがあるのですね?」

 やはり、この皇太子、油断がならないな。

「ええ、他の方がいないところでお願いします」

「いいでしょう。
 パレル館長、個室を用意してくれるかな?」

「ははっ!」

 俺たちの後ろで控えていた館長が、すかさず皇太子に答える。
 彼は俺たち二人を、二階にある豪華な部屋に案内した。

 ◇

 図書館の個室は、壁に美しい風景画が何点か掛かっており、本を置くための書見台がいくつか置かれた奥に、黒っぽい木でできた重厚な机が置いてあった。
 
 シューは、迷いなく黒い机の向こうに回り、おそらく革でできているだろう椅子に座った。
 俺は仕方なく、その机の前に膝を着く。館長の恰好をまねておいた。

「ははは、シローさん、何してるの?
 ボクに気遣いは無用だよ。
 さあ、立って立って」

「分かりました」

 俺は言われるまま立ちあがる。

「そこにある椅子を持ってくるといいよ」

 俺は部屋の隅に置かれた、やけに重いひじ掛け椅子を机の前に動かし、それに座った。
 机をはさんで、シューと向かいあう形になったわけだ。

「それで、あなたが探しているものは?」

 シューは、例の目を俺から逸らさない。

「ポータルに関する情報を探してます」

「『ポータル』?
 うーん、どこかで聞いた覚えがあるね」

「この世界と異世界を繋ぐ通路のようなものです」

「あっ!
 そうか、歴史のロマノ教授がそれに触れてたよ。
 ずっと昔は、他の世界との行き来があったけど、今ではできなくなったという話だったかな。
 当時は、『ポータル』を通って異世界に行けたって。
 ボクは信じていなかったけどね。
『迷い人』が時々現れるから、異世界があるのは信じてるけど、その『ポータル』に関しては眉唾だとおもってたんだけど……」

「俺は、何度も『ポータル』を使って異世界間を行き来したことがありますよ」

「ふーん、凄いね。
 だけどそれが本当だとすると……」

 彼はしばらく目を閉じ考えていた。
 長いまつ毛がピクリと震え、その目が開く。
 そこには、彼が今まで見せなかった、厳しい色があった。

「シローさん、残念だけど、ポータルの情報を渡すわけにはいかない。
 それに、この図書館には、それに関する情報は全く無いはずだよ」

「なぜです?」

「もし、異世界と通じる『ポータル』があるとして、そこから他の世界がこちらに侵略しないとは言えないでしょ。  
 その可能性が少しでもあるなら、王家としては当然ながら情報を漏らすわけにはいかないね」

「そうですか」

 彼の言うことはもっともだ。実際に他の世界を侵略しようとしたスレッジの例もあるからね。
 
「申し訳ないが、君の頼みに応えることはできない」

 拒絶の言葉をきっぱりと口にするシューには、皇太子としての威厳があった。
 
「シローさん、その上で君に頼みたいことがある」

「なんでしょう?」

「ボクの家族にも、例の『クッキー』とやらを食べさせてやってほしいんだ。
 まだ食べたこと無いけど、オコ焼きも頼めるかな」

 オコ焼き?
 ああ、お好み焼きか。
 しかし、「お好み焼き」、「オコナー焼き」、「オコ焼き」なんて、まるでお好み焼きの三段活用みたいだな。

「ああ、別に構いませんよ」

『(; ・`д・´)つ ちょっと待てー!』

 おや、点ちゃん、どうしたの?

『(・ω・)ノ ポータルの情報を手に入れないと、元の世界へ帰れませんよ』

 そうだね。

『(・ω・) 「そうだね」じゃ、ありませんよ。ブランに頼みましょうか?』

 シューの記憶から、ポータルに関する情報を探す訳だね。
 だけど、それはなるべくしたくないんだよね。
 シューが言ってることは、もっともな事だし。

『(?ω?) じゃあ、どうするんです?』

 うーん、とにかく少し考えさせて。

『へ(u ω u)へ やれやれ、ご主人様は、ホント人がいいんだから』

 えっ!?
 いつも、お前は真っ黒だー、みたいなこと、言ってませんでしたっけ。

『・』

 あちゃ、都合が悪くなったら、点になっちゃったよ。
 これは、点ちゃんが嫌な技を覚えちゃったな。
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