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第十二章 放浪編

第49話 薬師と男爵

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「いきなり来てすまない。
 しかし、彼が急ぐ必要があると言うものでね」

 薬師たちの前でベラコス男爵が指さしたのは、頭に茶色い布を巻いた青年だった。
 肌の色、顔立ちからして、おそらく異国の出身だろう。

「すまないが、私たちも、テーブルに着かせてもらうよ」

 長方形のテーブルをはさみ、男爵は薬師の長と対面するような位置に座った。  
 その両脇に、先ほどの若者と、ルエランが座る。

「君たち、何の話をしていたのかな?」

 まだ三十代前半の男爵は、落ちついた声でそう言った。
 彼が座ったことで、テーブルの上座と下座が逆転した形だ。
 
「「「……」」」

 話題のルエラン本人が目の前にいるわけで、薬師たちは顔を見合わせ黙っている。 

「君たちは、『ルエラン薬草店』をどうするかという話をしていた。
 そうだね?」

「「「……」」」

 この場合、沈黙は肯定に他ならなかった。

「ルエラン氏から、私に申し出があった」

 男爵は、ルエランに「氏」という敬称をつけた。これは貴族が平民を呼ぶとき、異例のことだ。
 
「彼は、レシピのいくつかをこの街の薬師ギルドの中だけで公開してもいいと申しでている」

「「「えっ!!」」」

 意外な話に、五人の薬師が腰を浮かせるほど驚いた。

「ワシらに、レシピを買えということですかな?」

 やっと我にかえったギルド長が発言する。

「いや、他に漏らすことな無ければ、無料でいいという話だ。
 そうだな、ルエラン君」

「はい、その通りです」

「ど、どういうことでしょう?」

 太った薬師が尋ねる。彼には、一方的に彼らが得をしルエランが損をする、その申し出が信じられなかったのだ。

「それは俺から説明しましょう」

 それまで沈黙を守っていた、頭に茶色の布を巻いた青年が立ちあがった。
 コツコツと靴音を立て、薬師たちが座るテーブルの周りを歩きながら、彼は説明を始めた。

「ルエラン氏が提案しているのは、このベラコスの街を『薬の街』として売りだそうという計画です」

「「「?」」」

 薬師たちには、まだ話の筋が見えない。

「あなた方は、ルエラン氏のポーションが従来のものより優れたものだというのは認めますね?」

 青年の言葉に、五人が渋々頷く。

「この街に来れば、その優れたポーションがどの薬屋でも手に入るとなればどうでしょう?」

 薬師たちの頭の中には、お客が大挙してこの街へやってくるイメージが浮かんだ。

「そうすれば、薬師はもちろん、宿屋や食事処、道具屋、この街全体が潤うことになるでしょう」

 ここに来て、青年の話がやっと頭に入ってきた薬師たちは、湧きあがってくる興奮に、顔が赤くなりはじめた。

「ただし、街の人への薬代は、今までどおりとします。
 ルエラン氏のレシピで作った薬は街の外から来る人には三割増しの値段で売り、その一割分を税金で街へ収めてもらいます」

 ということは、残る二割増しの部分は、薬師の儲けとなる。しかも、いつもの利益に上乗せしてだ。

「こりゃすげえ!」

 薬師の一人が、ガタリと立ちあがり、青年に握手を求める。
 握手を返した青年は、こう続けた。

「もちろん、薬師ギルドのみなさんが、反対されるというなら、このお話はご破算となります。
 いかがです?」

 残った四人の薬師も立ちあがる。彼らは、青年はもちろん、さっきまでいかに葬りさるかを話していたルエランにまで握手を求めた。

「では、私はこれで。
 後は君らで話を煮詰めてくれ」

 ベラコス男爵は、そう言いのこすと、さっさと会議室を出ていった。彼は、若いころから憧れているギルドマスター、サウタージと夕食の約束があるのだ。

「若いの、名前は?」 

 薬師ギルドの長が、青年の肩に手を置く。

「シローですが」

「なかなか見所があるヤツだ!
 今日は宴会だ!
 来てくれるだろうな?
 お前も来いよ、ルエラン坊……いや、ルエラン君!」

 こうして、ベラコスの街で起きかけた『ルエラン薬草店』排斥の動きは、それが起こる前に消滅した。
 ベラコスの街は、以降、『薬の街』として国内は元より国外にも知られることになる。
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