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第十二章 放浪編

第8話 縁は異なもの味なもの(7)

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 会場のごたごたが収まると、ざわついてはいるものの、民衆の熱狂は鎮まってきた。
 俺とリーヴァスさん、ポポに乗ったナル、メルを残し、ルルたちは王宮の中に下がった。
 ぼうっとしていた頭が、やっと晴れてきた俺は、今になってルル、コルナ、コリーダが何をしたか分かってきた。
 彼女たちは、『英雄』と呼ばれた俺がどうなるか予想していた。
 そのため、陛下への不敬となるのも畏れず、俺を救おうとしてくれたのだ。
 三人の気持ちを思い、俺の胸は熱くなった。

「我が孫ながら、良い娘たちですな」

 すでに、コルナとコリーダを実の孫と同様に扱っているリーヴァスさんらしい言葉だ。

「ええ、俺にはもったいないですよ」

「ははは、もう少し、あなた自身を評価してあげなされ」

 リーヴァスさんは、俺の肩をポンポンと叩いた。

 ◇

 ショーカが再び青い通信クリスタルを手にする。

「それでは、ここで陛下からお后になられるヒロコ殿に、プレゼントがおありになります」

 会場は、期待から再び静かになった。

「えっ!?
 なに?
 ジーナス、私、聞いてないんだけど」

 ヒロ姉が、陛下に小声で話しかける。

「それはそうだ。
 そなたを驚かせようと、シロー殿に頼んだのだからな」

「えっ?
 史郎君?」

 ヒロ姉が俺の方を見る。
 俺はウインクし、肩をすくめて見せた。

 大扉が開き、三人の人物が出てくる。

「皇太后様!?」

 先頭の人物を見て、ヒロ姉が驚きの声を上げる。
 しかし、彼女が本当に驚くのは、その後ろの二人を目にしてからだった。

「お母さん!
 それに、お父さんも!
 ど、どうしてここに?」

 二人は、式の直前、俺が地球世界から連れてきたのだ。
 ショーカが拡声用クリスタルを通し説明する。
  
「ご紹介します。
 皇太后さま、そして後ろのお二方は、勇者カトーのお父上、お母上であり、ヒロコ殿のご両親でもあらせられます」

 広場から耳が割れるほどの歓声が上がった。  

「おい、お后様って勇者の妹だったのか!?」
「いや、お姉様らしいぜ」
「それより、お后様のお母さま、あの衣装すごいな」
「あんな綺麗な衣装、見たことないわ」
「英雄の奥方たちの衣装も美しかったが、こっちも凄いな」

 点を飛ばし民衆の声を聞くと、そんな事を話していた。 
 民衆が加藤のおばさんの服に驚いたのも当然だ。
 おじさんと、おばさんは、この場に和服で来ているが、ここだけの話、おばさんの着物だけで一億円近く掛かっている。
 加藤とミツさんの結婚式に備え、俺が前もって準備しておいたものだ。
 黒地に鯉の意匠が凝らされた和服だけでなく、髪留めから小物に至るまで、全て一流の職人による手作りだ。
 もちろん値段について、おばさんには内緒にしてるけどね。

 母親に抱きつき泣きだしたヒロ姉を、おじさんと陛下が左右から抱えるようにして王宮に入った。
 俺とリーヴァスさん、王族も、ここで一旦、王宮内に下がる。

「シロー様、お后様がお呼びです」

 年配の侍従が、俺に声を掛ける。
 俺は彼の後について、ヒロ姉の控室に入った。

 ◇

 控室には、ソファに座り、涙を拭くヒロ姉とおばさん、ソファの後ろに立ち、二人の背中に手を当てるおじさんの姿があった。
 
「史郎君……ありがとう!」

 ヒロ姉が、殊勝な表情でそう言った。
 多分、こんなことは最初で最後だろう。

「史郎君、本当にありがとう。
 感謝するよ」

 おじさんが、俺に頭を下げる。

「おじさん、気にしないでください。
 俺が受けた恩に比べたら、こんなこと――」

「それでも、ありがとうねえ」

 おばさんが、涙を浮かべた目をこちらに向ける。
 後ろで控室の扉が開く音がする。

「ボー!
 ありがとうな!」

 振りむくと、加藤とミツさんが近づいてくるところだった。
 加藤が差しだした手を握る。
 
「みなさん、おめでとうございます」

 みんなが感謝の言葉を口にするので、こそばゆくなった俺が部屋から出ていこうとすると、ヒロ姉に呼びとめられる。

「史郎君!」

 ぎゅっと俺をハグしたヒロ姉は、耳元で囁いた。

「君は、私たちの家族よ」

 そう言った後、彼女はいつものように、右手で俺の髪をくしゃくしゃにした。
 
「お幸せに」

 俺はそう言いのこし、控室を出た。

 ◇

「それはもう、怖かったんだから」

 俺たち家族の控室に入ると、コルナが涙目になっていた。
 彼女たちは、ショーカから直接お叱りを受けたらしい。

「ショーカさんって、あんな方だったの?」

 コリーダも、ショーカへの評価を改めたようだ。

「きっと、大変なお仕事なんですよ」

 この場にいないショーカを、ルルがフォローする。
 
「彼は怒らせると怖いからね」

 ショーカが微笑みながら、ピエロッティ暗殺計画を話したときの事を思いだし、俺は、ぶるっと震えた。 
 
「シローを怖がらせるとは、大した人物ですな」

 リーヴァスさんが、感心したようにそう言った。

「パーパ、怖いの?」
「大丈夫?」

 ナルとメルが心配そうに俺を見上げる。

「大丈夫だよ。
 もう、怖くなくなったからね」

「誰が怖いんです?」

 その声で振りむくと、ショーカが立っている。

「だ、誰でもありましぇん!」 
   
『(*'▽')つ ご主人様が噛んだ!』

 また、点ちゃんが、変な言葉を覚えてるぞ。
 人とも話ができるようになってるから、誰かから習ったんだろうけど。
 きっと、加藤からだな。

「陛下が、先ほどのことは不問にするとのことです。
 本当に、こちらの命が縮みましたよ」

 いえ、こちらも命が縮みました。

「シロー殿、何か言いたいことでも?」

「い、いえ、ありましぇん」

「おじちゃんが、パーパを怖がらせてるの?」
「怖がらせてるの?」

「お、おじちゃん!?」

 さすがのショーカも、ナルとメルには敵わないらしい。

「孫たちが、ご迷惑をおかけしましたな」

 リーヴァスさんが、ショーカに頭を下げる。

「リ、リーヴァス殿、頭をお上げください。
 元はと言えば、シロー殿の意に反し、我々が彼を『英雄』と呼んだことから始まったこと」

「そう言っていただけますか。
 かたじけない」

「では、軽いお食事を用意させておりますから、どうぞそれを召しあがってください。
 その後は、民衆へのお披露目も兼ね、馬車で城下を回る予定です」

 ショーカの言葉を聞き、思わず尋ねる。

「ショーカさん、城下を回るって、俺たちは関係ないよね」

「いえ、もちろん、シロー殿にもご参加いただきますよ。
 何かご不満でも?」

「いえ、ありましぇん……」

 こうして、結婚式に続き、くつろげないイベントに参加することになった。

『(*'▽')つ ご主人様、へたれーっ!』
    
 点ちゃん、「へたれ」ってねえ……。
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