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第十一章 ポータルズ列伝

異世界通信社編(7) フランスからの招待(5)

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 大統領との会見、いや、ストーナン氏との会見の翌日、私たちは四人で町をぶらついていた。

「社長、今日は買い物しなくていいんですか?」

 後藤の声に、振りかえる。
 
「もう、大体、買いものは済ませちゃったからね」

「おっ、焼き栗!
 俺、一度これが食べてみたかったんだよね」

 リーダーが、橋の上で商売している屋台のおじさんから栗を買い、一袋ずつみんなに配る。

「冬の風物詩かとおもってたけど、この時期でも食べられるのね」

 一つ口に含んだ私も、自然な甘みに思わず笑みがこぼれる。

「喜んでくれると、売ってる甲斐があるってもんだ。
 ワインとも合うんだぜ」

 丸眼鏡に紺色の帽子、茶色のエプロンを掛けた屋台のおじさんが、そう言った。

「ああ、おじさん、ワインは好きかな?」

 栗の皮をむきながら、リーダーがおじさんに尋ねる。

「ああ、もっぱら安いヤツだけ飲んでるがな」

「美味しい栗を売ってもらったお礼に、これどうぞ」

 まるでマジックのように、リーダーの手に一本のワインが現れた。
 手渡された屋台のおじさんが、そのラベルを見て大声を上げた。

「お、おい!
 こんなもんをもらっていいのかい!?」

「ああ、遠慮なくもらってね」

「ありがとうって……こんなもん、タダでもらえるかよ!」

 おじさんは、売り物の栗全部をいくつか袋に入れると、それを後藤と遠藤に持たせた。

「やっぱり、荷物がこうなるんですね」

 前が見えないほど栗の袋を持った後藤が、悲鳴を上げる。
 ただ、今日は屋台から少し離れた所で、栗の袋が全て消えた。
 リーダーが魔法的空間に収納したのだろう。
 
「ところで、リーダー、あのワインっていつ買ったんです?」

 遠藤が、不思議そうな顔をする。
 そういえば、彼が高級ワインを買うような機会はなかったはずだ。

「せっかくだから、この公園を通って行こうか」

 リーダーを先頭に、私たちは、様々な種類の木々に彩られた広い公園の中へ入って行く。
 公園内にある池の横にベンチがあったので、そこに四人並んで座った。
 親子が追いかけっこをしており、お婆さんがベンチで編み物をしていた。
 池に浮いた水鳥が後ろに雛鳥をひき連れ泳いでいく。それはのどかな風景だった。

「あのワインだけど」

 リーダーが、思いだしたように話しだした。

「あの強欲じいさん、ワインのブドウ畑(シャトー)を二つ持ってたんだよ。
 今回、その両方をもらったから、一つは『ポンポコ商会』、一つは『異世界通信社』で管理すればいいよ。
 まあ、実際の管理は『白神酒造』に任せる予定だけど」

 リーダーが言う『白神酒造』は、急成長著しい会社で、彼の友人が若旦那をしている。
 しかし、今、問題なのは、そこではない。

「えっ!? 
 あのワイン、ウチのなんですか?」

 後藤が、いきなり声を上げる。
 驚いた水鳥が飛びたつほど、彼の声は大きかった。

「後藤、驚きすぎ。
 そんなに凄いワインなの?」

「ええ、さっき屋台のおじさんに上げたワイン、安くとも五万円はしますよ」

「ええっ!?」

 道理でおじさんが、気前よく栗をくれたわけだ。

「俺が一昨日飲まされたワインって、あれだったんですか?」

 どうやら、リーダーは、あらかじめ遠藤に試飲させていたらしい。
 そういえば遠藤は意外に食通で、高級な食材やお酒に通じているわね。

「これからは、お客さんも増えるだろうから、ワインを用意しとくと便利でしょ。
 さすがに、毎回『フェアリスの涙』を出すわけにもいかないし」

 リーダーが言うところの『フェアリスの涙』というのは、エルファリアという世界で、ある種族が造る『妖精酒』の事だ。グラス一杯でン百万円するという逸品だ。

「そうね。
 日頃お世話になってる『ホワイトローズ』にも恩返しできるかも」

 私はいつも飲み食いさせてくれる、カフェの事を思いだしていた。
 
「ところで、リーダー、あのお爺さんからぶん捕った財産、他はどうしたの?」

「ああ、アイツから理不尽な目にあわされた人々に行くようにしたよ」

「でも、一体どうやって?」

 そんなこと、あのお爺さんの頭の中を覗かないとできないと思うんだけど。 

「俺たち冒険者は、自分のスキルやダンジョンで手に入れた報酬の事を口外しないってルールがあるんだよ」

 彼は肩の白猫を撫でながらそう言った。
 つまり、言いたくないと同時に、そういったスキルがあるっていう事ね。ほんと私たちのリーダーは並外れてるわ。

「あ、そうそう。
 後藤、遠藤、ホテルに帰る途中で、これ買っておいてくれる?」

 私は後藤に予め用意しておいたメモを渡した。

「ええーっ!
 また買い物ですか?」
「分かりました」

 後藤と遠藤がベンチから立ちあがり、おしゃべりしながら姿が見えなくなるのを待った。
 
「シロー、お願いがあるんだけど?」

「なんですか、そんなに改まって」

「あのね、少しの間、目を閉じていて欲しいの」

「分かりました。
 これでいいですか?」

 私は、ベンチの反対側に移動する。なぜなら、さっきの位置だと、リーダーの肩に座る白猫がこれからすることの邪魔になるからだ。
 彼の横に改めて座り、その顔に自分の顔を近づける。思いのほか整った唇にドキリとするが、目を閉じ、彼の頬に口づけした。
 どのくらいそうしていたか分からないが、向こう側の肩に座っていた白猫が、そこから手を伸ばし、私の頬をぺしぺし叩いている。
 そのくらいにしとけってことかしら。前から思ってたけど、凄く賢いのよね、この子猫ちゃん。

「今回の旅行のお礼よ。
 助けてくれてありがとう」

 リーダーは、赤くした顔を左右に振った。
 
「さ、ホテルに帰りましょ!」

 私はシローの背中を押し、彼の背後を取った。なぜなら、自分が涙を流しているのを見られたくなかったからだ。
 昨日、彼が一瞬、別のモノに変わったのを見た時、気づいてしまったのだ。私の思いは、どうやっても彼に届かないと。
 そして、異世界で彼のことを待っている三人の女性が、恐らく生死の境を越えて彼を愛しているということを。

 ◇

 フランスから帰国した翌日、リーダーは異世界に帰っていった。
 
「社長、この手紙、どう思います?」

 遠藤が渡してきたのは、今日、フランス大使自らが『ホワイトローズ』に持ってきた封筒だった。
 そこには、大統領からのメッセージが入っていた。

「ふうん、ホテル最上階のスイート、ずっとウチが使えるようになったのね」

「そうみたいです」

「あと、エールフランスを使うなら、ファーストクラスを無料で使えるのね」

「大盤振る舞いですよね」

 いや、違う。
 リーダーが、あの時そう判断したなら、大統領もあの老人と同じ目に遭っていた可能性があった。それは、ほんの際どい差だったろう。
 後からそれに気づいた大統領が、慌ててこういう手紙をよこしたのだ。
 すでにリーダーが異世界に帰った今、それを彼に確かめる手段は無いのだが。

「後藤、大統領にお礼の手紙出しといて。
 電子メールはだめよ。
 航空便でね」

「了解です」

 パリの蚤の市で彼に買ってもらった白猫の置物。それを手のひらに載せ、薬指の先で猫の頭を撫でてみる。
 つるりとした陶器の感触に、彼の柔らかい笑顔と、なぜか焼き栗の味を思いだしていた。
 
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