522 / 607
第十一章 ポータルズ列伝
異世界通信社編(6) フランスからの招待(4)
しおりを挟む割りあてられた個室に下がり、シャワーを浴び、服を着替えた。
会見場に向かおうと部屋から出ると、廊下の突きあたりで、リーダーとハーディ卿が話しているのが見えた。
二人の表情が明るいのを見て、私は自分の緊張が消えていくのを感じた。
後藤と遠藤が、二人して使っている部屋から出てくる。
遠藤は、書類やPCを入れた、アルミ製のスーツケースを提げている。
「会見場の場所は、聞いておきましたよ」
さすがに後藤はソツが無い。
「ありがとう」
後藤に案内された部屋は、思ったより狭く、落ちついた暗めの内装がなされており、中央に楕円形のテーブルがあった。
私たち三人が最初のようで、他には人がいなかった。
テーブルの長い辺中央辺りに私が座り、その右にそれぞれ、後藤と遠藤が並んで座った。
奥の壁には、大型の液晶画面があった、
メイド服を着た女性が部屋に入ってきて、私たちの前に、水滴が浮かんだデキャンターとグラスを置いていく。
私たちがダンスの話をしていると、ドアが開き、SPとフランス大統領が入ってきた。
彼は、部屋の奥、液晶画面の前に座った。
こちらに意味ありげなウインクをする、
しょうがないから、頷いてそれに答えておいた。
次いで、いきなりドアが荒々しく開くと、ドタドタという足音を立て、年配の大柄な白人男性が入ってきた。恐らくボディーガードらしき屈強な男性が三人と、執事らしき小男が一人、その後に続く。
彼は私の正面の席に座った。
執事らしき小柄な中年男性は、立ったままだ。
「あんたが、ヤナイか?」
席に着くなり、鷲鼻が目立つ老人がそう言った。
私は彼の目つきと、その雰囲気に何かゾッとするものを感じた。
そうだ、彼のイメージは、鮫に似ているのだ。
しかも、人を食べると言われるホオジロザメに。
「あなたは?」
しかし、男は私の言葉を聞いているように思えなかった。
「お前、異世界との窓口だそうだな?」
こんな失礼な人物に答える必要はない。
私は黙っていた。
「その窓口を、無条件で私だけに開放しろ!」
全く、呆れた男だ。
もしかすると、この手法で今までやってきたのかもしれない。
「クーニィさん、それはいくらなんでも――」
大統領が発言しようとした。
「小僧、お前は黙っておれ!」
この人物、大統領すら小僧扱いとは、全く酷いものだ。
「なんで、私があなたの無茶な頼みを聞かないとならないんです?」
私は、はっきり言ってやった、
「なに?
ああ、お前、ワシの事をよく知らんな?
下々は、何も考えずワシの言うとおり動けばよいのだ。
今までも、ストーナン家に逆らった者はいたぞ。
一人として生きてはおらんがな、ガハハハ」
さすがストーナン家の家長。ルイに輪をかけて理不尽だ。
「お嬢様、このような下賤な輩は、無視するに限りますよ」
私の右後ろから、リーダーの声が掛かる。
今までそこにいなかったのだから、瞬間移動で現れたのだろう。
「お前は何だ!
執事などが、同席できる場ではないぞ!」
執事を連れてきた自分の事は棚にあげ、この老人、言いたい放題だ。
大統領の方をチラリと見ると、彼が私にウインクするのが見えた。
どうやら、ここまでのやり取りは、彼の予想通りらしい。
「その爺さん、これまで、家と金の力で好き勝手やってきたことを、自分の力だと勘違いしてるみたいですよ」
リーダーの言葉は、容赦がない。
「な、なにをっ!
おい、この小僧をぶっ殺せっ!」
ストーナン氏は、リーダーを睨みつけたまま、背後のボディーガードに命令した。
しかし、彼の後ろに控えるボディーガードたちはもちろん、なぜか執事までもがピクリとも動かなかった。
ただ、全員が青い顔になり、その顔に脂汗のようなものが浮かんでいる。
私の前、テーブルの上に、一枚の紙がひらりと落ちる。
「お嬢様、お読みください」
リーダーの声に従い、私はそれを読んだ。
「一、フランス政府は、以後、一切、ストーナン家と接触しない。
二、ストーナン家は、その財産の半分を別紙の個人、団体に譲る。
三、ストーナン家は、銀行業務の全てを放棄する。
四、現ストーナン家当主は、即時引退し、ルイ以外の者に残りの財産を委ねる」
そこで、私が目を上げると、まっ赤な顔をしたストーナン氏が目と口を大きく開けているのが見えた。
多言語理解の指輪が、私の言葉をそのまま彼に伝えたはずだ。
「お、お前らっ!
何をしておるっ!
こいつら全員始末せんかっ!」
とうとう、ストーナン氏の標的は、リーダーから私たち全員になったようだ。
その時、突然、壁の液晶画面が明るくなった。
画面にはフランスのテレビ局が流すニュース番組が映しだされたが、そこでは驚くべき映像が流れていた。
ヘリコプターから映しているだろう中継映像には、廃ビルが立ちならぶ中に、宮殿とも思しき建物が建っているのだ。
インタビュワーが浮浪者風の男性にマイクを向ける。
「俺は廃ビルの中で寝てたんだが、突然、街中に来ちまった。
いってえ、どうなってるんだ、こりゃ!?」
それに対し、キャスターのコメントが入る。
「スラムの廃ビルがいくつか消え、ご覧のような邸宅が出現しました。
お聞きのように、廃ビルの中にいた人たちは、自分たちが突然街中に現れたと言っております。
まだ確認は取れていませんが、ご覧の邸宅は金融関係の銀行、会社をいくつも所有するストーナン氏の自邸ではないか思われます。
一方、廃ビル群は、ストーナン氏の自邸が建っていた場所に現れたという情報も入ってきております。
新しい情報が入り次第、引きつづき、当番組内でお伝えします」
液晶画面は、それで再び暗くなった。
携帯電話の呼びだし音が鳴る。どうやらそれは小男の執事から聞こえているらしい。
顔色が赤から青に変わったストーナン氏が、依然ピクリとも動かない執事の懐に手を突っこみ、携帯を取りだした。
それからは、向こうの電話口にいる誰かの、悲鳴にも似た声が漏れてくる。
「ば、馬鹿なっ!
そんなはずがあるかっ!
よく調べてみろっ!」
老人は、通信が終わった携帯をテーブルの上に叩きつけた。
携帯の壊れた部品が、テーブルの上を滑り、私の前まで来た。
「クーニィさん、どうしたので?」
大統領が、落ちついた声で老人に話しかける。
「小僧っ!
今まで目をかけてやったものをっ!
お前もグルかっ!?」
「爺さん、やかましいぞ。
大統領は、この件に一切関わっていない。
関わったのは、俺だけだよ」
「な、なんだとっ!
キサマっ、一体、何者だっ!」
「切れ者を自称してる割に、頭が悪いな」
私が右後ろを振りむくと、ちょうどリーダーの姿が変わる瞬間だった。
彼の服装が、執事が着るような服から、カーキ色の冒険者服に一瞬で変わった。
頭にはトレードマークである茶色の布も巻いてある。
その肩には白猫が現れ、高く可愛い鳴き声を上げた。
「き、帰還者……」
立っていたストーナン氏が、ドスンと椅子に座る。
彼の目は、まさに獲物を狙う鮫のように、底知れぬ不気味な光を放っていた。
彼は唸るような声を出した。
「お前がやったのか?」
「ああ、そうだよ」
「許さん。
お前も、お前の関係者も、家族も皆殺しにしてやる」
ストーナン氏の声は、静かなだけに、揺るがぬ意思を感じさせた。
「ほう、皆殺しにか?」
それは、私が初めて聞く、リーダーの声だった。
その声はどこまでも冷たく、透きとおっていた。
思わずそちらを振りかえった私が目にしたのは、今まで知っている彼とは全く別の存在だった。
その顔は壮絶なまでに美しく、静謐だった。
目の端に、私と同様「彼」を目にした後藤と加藤が、ブルリと身体を震わせるのが見えた。
キュンッ
そんな音を立て、ストーナン氏が座っている側の一番端にあった椅子が消えた。
キュンッ
二番目の椅子が消える。
キュンッ
三番目の椅子も。
目の前ですぐ隣の椅子が消えたストーナン氏は、顔色が青から紫に変わった。
「や、やめ、やめてくれっ!」
「一度、口に出した言葉は、元に戻らない」
リーダーの言葉は、何の抑揚も無かった。
ただ、淡々と事実を述べている、そう聞こえた、
「な、なんだっ!」
ストーナン氏が叫んだのは、自分の右手小指が消えたからだ。
痛みが無いのか、彼は自分の右手を、ただ驚愕の表情を浮かべ見つめている。
指は次々消えていき、右手の親指まで、五本が全て消えた。
なぜか血は流れない。
さすがの精神力というか、いまだに気を失わなかった老人は、しかし、彼の右腕が肩から消えた時、白目をむき、前のめりにテーブルの上に倒れた。
彼の肩にある切り口は、白い膜のようなもので覆われており、血は一滴もこぼれなかった。
リーダーは、右手で自分の顔をつるりと撫でた。
そこには、いつもの茫洋とした彼の顔があった。
「怖がらせちゃったかな。
みんな、ごめんね」
彼は私たちにそう言うと、大統領の方を向いた。
「フィル、彼を排除したかったんでしょ?」
「……あなたに隠してもムダですな。
彼が邪魔だったことは確かです」
「彼が放棄する財産にハイエナが群がらないよう、銀行家たちには、今の映像を見せてください」
リーダーは、大統領が今の場面を録画していると知っていたようだ。
青くなった大統領が、何か言いかける。
「あなたは……いや、何も言いますまい」
「会見は、これで終わりってことでいいですか?」
「ええ。
ところで、スラムのストーナン邸ですが――」
「ああ、あれですか。
あれは、そのままにしておきましょう。
また不心得者が出るかもしれませんから」
「そ、そうですな」
「では、この三人のパスポートの件、よろしくお願いします」
「分かっておりますとも」
さすがに顔が青くなった大統領が、声を震わせそう答えた。
こうして、予定されていた会見が無事(?)幕を閉じた。
0
お気に入りに追加
333
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします
吉野屋
ファンタジー
竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。
魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。
次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。
【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる