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第十一章 ポータルズ列伝

異世界通信社編(6) フランスからの招待(4)

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 割りあてられた個室に下がり、シャワーを浴び、服を着替えた。
 会見場に向かおうと部屋から出ると、廊下の突きあたりで、リーダーとハーディ卿が話しているのが見えた。
 二人の表情が明るいのを見て、私は自分の緊張が消えていくのを感じた。

 後藤と遠藤が、二人して使っている部屋から出てくる。
 遠藤は、書類やPCを入れた、アルミ製のスーツケースを提げている。

「会見場の場所は、聞いておきましたよ」

 さすがに後藤はソツが無い。

「ありがとう」

 後藤に案内された部屋は、思ったより狭く、落ちついた暗めの内装がなされており、中央に楕円形のテーブルがあった。
 私たち三人が最初のようで、他には人がいなかった。
 テーブルの長い辺中央辺りに私が座り、その右にそれぞれ、後藤と遠藤が並んで座った。
 奥の壁には、大型の液晶画面があった、
 
 メイド服を着た女性が部屋に入ってきて、私たちの前に、水滴が浮かんだデキャンターとグラスを置いていく。

 私たちがダンスの話をしていると、ドアが開き、SPとフランス大統領が入ってきた。
 彼は、部屋の奥、液晶画面の前に座った。
 こちらに意味ありげなウインクをする、 
 しょうがないから、頷いてそれに答えておいた。

 次いで、いきなりドアが荒々しく開くと、ドタドタという足音を立て、年配の大柄な白人男性が入ってきた。恐らくボディーガードらしき屈強な男性が三人と、執事らしき小男が一人、その後に続く。
 彼は私の正面の席に座った。
 執事らしき小柄な中年男性は、立ったままだ。

「あんたが、ヤナイか?」

 席に着くなり、鷲鼻が目立つ老人がそう言った。
 私は彼の目つきと、その雰囲気に何かゾッとするものを感じた。
 そうだ、彼のイメージは、鮫に似ているのだ。
 しかも、人を食べると言われるホオジロザメに。

「あなたは?」

 しかし、男は私の言葉を聞いているように思えなかった。

「お前、異世界との窓口だそうだな?」

 こんな失礼な人物に答える必要はない。
 私は黙っていた。

「その窓口を、無条件で私だけに開放しろ!」

 全く、呆れた男だ。
 もしかすると、この手法で今までやってきたのかもしれない。

「クーニィさん、それはいくらなんでも――」

 大統領が発言しようとした。

「小僧、お前は黙っておれ!」  

 この人物、大統領すら小僧扱いとは、全く酷いものだ。

「なんで、私があなたの無茶な頼みを聞かないとならないんです?」

 私は、はっきり言ってやった、

「なに?
 ああ、お前、ワシの事をよく知らんな?
 下々は、何も考えずワシの言うとおり動けばよいのだ。
 今までも、ストーナン家に逆らった者はいたぞ。
 一人として生きてはおらんがな、ガハハハ」

 さすがストーナン家の家長。ルイに輪をかけて理不尽だ。

「お嬢様、このような下賤な輩は、無視するに限りますよ」

 私の右後ろから、リーダーの声が掛かる。
 今までそこにいなかったのだから、瞬間移動で現れたのだろう。

「お前は何だ!
 執事などが、同席できる場ではないぞ!」

 執事を連れてきた自分の事は棚にあげ、この老人、言いたい放題だ。
 大統領の方をチラリと見ると、彼が私にウインクするのが見えた。
 どうやら、ここまでのやり取りは、彼の予想通りらしい。

「その爺さん、これまで、家と金の力で好き勝手やってきたことを、自分の力だと勘違いしてるみたいですよ」

 リーダーの言葉は、容赦がない。

「な、なにをっ!
 おい、この小僧をぶっ殺せっ!」

 ストーナン氏は、リーダーを睨みつけたまま、背後のボディーガードに命令した。
 しかし、彼の後ろに控えるボディーガードたちはもちろん、なぜか執事までもがピクリとも動かなかった。
 ただ、全員が青い顔になり、その顔に脂汗のようなものが浮かんでいる。
  
 私の前、テーブルの上に、一枚の紙がひらりと落ちる。
 
「お嬢様、お読みください」

 リーダーの声に従い、私はそれを読んだ。

「一、フランス政府は、以後、一切、ストーナン家と接触しない。
 二、ストーナン家は、その財産の半分を別紙の個人、団体に譲る。
 三、ストーナン家は、銀行業務の全てを放棄する。
 四、現ストーナン家当主は、即時引退し、ルイ以外の者に残りの財産を委ねる」

 そこで、私が目を上げると、まっ赤な顔をしたストーナン氏が目と口を大きく開けているのが見えた。
 多言語理解の指輪が、私の言葉をそのまま彼に伝えたはずだ。

「お、お前らっ!
 何をしておるっ!
 こいつら全員始末せんかっ!」

 とうとう、ストーナン氏の標的は、リーダーから私たち全員になったようだ。
 その時、突然、壁の液晶画面が明るくなった。
 画面にはフランスのテレビ局が流すニュース番組が映しだされたが、そこでは驚くべき映像が流れていた。

 ヘリコプターから映しているだろう中継映像には、廃ビルが立ちならぶ中に、宮殿とも思しき建物が建っているのだ。

 インタビュワーが浮浪者風の男性にマイクを向ける。
 
「俺は廃ビルの中で寝てたんだが、突然、街中に来ちまった。
 いってえ、どうなってるんだ、こりゃ!?」

 それに対し、キャスターのコメントが入る。

「スラムの廃ビルがいくつか消え、ご覧のような邸宅が出現しました。
 お聞きのように、廃ビルの中にいた人たちは、自分たちが突然街中に現れたと言っております。
 まだ確認は取れていませんが、ご覧の邸宅は金融関係の銀行、会社をいくつも所有するストーナン氏の自邸ではないか思われます。
 一方、廃ビル群は、ストーナン氏の自邸が建っていた場所に現れたという情報も入ってきております。
 新しい情報が入り次第、引きつづき、当番組内でお伝えします」

 液晶画面は、それで再び暗くなった。
 携帯電話の呼びだし音が鳴る。どうやらそれは小男の執事から聞こえているらしい。
 顔色が赤から青に変わったストーナン氏が、依然ピクリとも動かない執事の懐に手を突っこみ、携帯を取りだした。
 それからは、向こうの電話口にいる誰かの、悲鳴にも似た声が漏れてくる。

「ば、馬鹿なっ!
 そんなはずがあるかっ!
 よく調べてみろっ!」

 老人は、通信が終わった携帯をテーブルの上に叩きつけた。
 携帯の壊れた部品が、テーブルの上を滑り、私の前まで来た。
 
「クーニィさん、どうしたので?」

 大統領が、落ちついた声で老人に話しかける。

「小僧っ!
 今まで目をかけてやったものをっ!
 お前もグルかっ!?」

「爺さん、やかましいぞ。
 大統領は、この件に一切関わっていない。
 関わったのは、俺だけだよ」

「な、なんだとっ!
 キサマっ、一体、何者だっ!」

「切れ者を自称してる割に、頭が悪いな」

 私が右後ろを振りむくと、ちょうどリーダーの姿が変わる瞬間だった。
 彼の服装が、執事が着るような服から、カーキ色の冒険者服に一瞬で変わった。
 頭にはトレードマークである茶色の布も巻いてある。
 その肩には白猫が現れ、高く可愛い鳴き声を上げた。

「き、帰還者……」

 立っていたストーナン氏が、ドスンと椅子に座る。
 彼の目は、まさに獲物を狙う鮫のように、底知れぬ不気味な光を放っていた。
 彼は唸るような声を出した。

「お前がやったのか?」

「ああ、そうだよ」

「許さん。
 お前も、お前の関係者も、家族も皆殺しにしてやる」

 ストーナン氏の声は、静かなだけに、揺るがぬ意思を感じさせた。
 
「ほう、皆殺しにか?」

 それは、私が初めて聞く、リーダーの声だった。
 その声はどこまでも冷たく、透きとおっていた。
 思わずそちらを振りかえった私が目にしたのは、今まで知っている彼とは全く別の存在だった。
 その顔は壮絶なまでに美しく、静謐だった。

 目の端に、私と同様「彼」を目にした後藤と加藤が、ブルリと身体を震わせるのが見えた。

 キュンッ

 そんな音を立て、ストーナン氏が座っている側の一番端にあった椅子が消えた。
    
 キュンッ

 二番目の椅子が消える。

 キュンッ

 三番目の椅子も。

 目の前ですぐ隣の椅子が消えたストーナン氏は、顔色が青から紫に変わった。

「や、やめ、やめてくれっ!」

「一度、口に出した言葉は、元に戻らない」

 リーダーの言葉は、何の抑揚も無かった。
 ただ、淡々と事実を述べている、そう聞こえた、

「な、なんだっ!」

 ストーナン氏が叫んだのは、自分の右手小指が消えたからだ。
 痛みが無いのか、彼は自分の右手を、ただ驚愕の表情を浮かべ見つめている。
 指は次々消えていき、右手の親指まで、五本が全て消えた。
 なぜか血は流れない。

 さすがの精神力というか、いまだに気を失わなかった老人は、しかし、彼の右腕が肩から消えた時、白目をむき、前のめりにテーブルの上に倒れた。
 彼の肩にある切り口は、白い膜のようなもので覆われており、血は一滴もこぼれなかった。

 リーダーは、右手で自分の顔をつるりと撫でた。
 そこには、いつもの茫洋とした彼の顔があった。

「怖がらせちゃったかな。
 みんな、ごめんね」

 彼は私たちにそう言うと、大統領の方を向いた。

「フィル、彼を排除したかったんでしょ?」

「……あなたに隠してもムダですな。
 彼が邪魔だったことは確かです」

「彼が放棄する財産にハイエナが群がらないよう、銀行家たちには、今の映像を見せてください」

 リーダーは、大統領が今の場面を録画していると知っていたようだ。
 青くなった大統領が、何か言いかける。

「あなたは……いや、何も言いますまい」

「会見は、これで終わりってことでいいですか?」

「ええ。
 ところで、スラムのストーナン邸ですが――」

「ああ、あれですか。
 あれは、そのままにしておきましょう。
 また不心得者が出るかもしれませんから」

「そ、そうですな」

「では、この三人のパスポートの件、よろしくお願いします」

「分かっておりますとも」

 さすがに顔が青くなった大統領が、声を震わせそう答えた。
 こうして、予定されていた会見が無事(?)幕を閉じた。
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