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第十一章 ポータルズ列伝

異世界通信社編(2) 白米とサンマ

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 異世界旅行を終えた『ポンポコ商会』の面々が、カフェ『ホワイトローズ』に帰ってくるその日。私たちは忙しく働いていた。
 仕事のためではなく、帰ってくる人たち、そしてリーダーを歓迎するためだ。

 恐らく、日本食に飢えているだろう彼らのために、純和風の食事メニューにする。
 ふっくら焚いた白いご飯と、おかか、梅干し、納豆、各種お漬物を用意してある。
 もちろん、白みそ、赤みそで二種類のみそ汁も準備した。
 大根おろしを添えたサンマは、みんなが帰ってきてから七輪で炭火焼きにする予定だ。大人には、日本酒の大吟醸を用意してある。

「ふう、これでいつ帰ってきても大丈夫ね」

 私の言葉を聞き、遠藤が頷いた。

「今回は、予定が分かっていたので、前もって十分に吟味できました」

 遠藤が「吟味」と言っているのは、お米やお味噌といった素材を全国から取りよせたことだ。
 どれも最高級のモノを選んである。  
 
「座席も、こんなものでいいでしょう」

 後藤はいつもは離れて並んでいるテーブルの内、その二つを縦に並べ、一つの長いテーブルを作っていた。
 全員が一つのテーブルに着けるための工夫だ。
 私たち三人と、『ポンポコ商会』の五人、そしてリーダー、合わせて九人が座ることになるから、こういう工夫が必要なのだ。
 
 壁時計が昼の三時を打つ。
 カフェ入り口を降りた辺りに黒いもやができると、そこから吐きだされるように人の姿が現れた。

 ◇

「ただいまーっ!」
「「帰ってきたーっ!」」
「到着!」
「愛の転移魔法、ピヨピヨリ~ン♪」

 浅黒く日焼けした長身のイケメン男性。
 ポニーテールにした双子の女子高校生姉妹。
 濃紺のスーツで決めた、シャープな女性。
 襟元と袖周りが白いフリルに縁どられた、淡いピンクのローブを羽織る年齢不詳の女性。
 
 そして、彼ら『ポンポコ商会』社員の後ろに立っているのが、我が社のオーナーであるリーダーだ。
 彼は相変わらず茶色の布を頭に巻き、地味なカーキ色の長袖長ズボンを身につけていた。
 その左肩には、白い子猫がちょこんと乗っている。

「「「お帰りなさい!」」」

「ただいま、柳井さん、後藤さん、遠藤」

 リーダーの穏やかな声を聞き、私は胸が熱くなった。夢にまで聞いた声だから。

「お疲れでしょう。
 とにかく、こちらに座ってください」

 六人がテーブルに着くと、私たちも一緒に座った。

「柳井ちゃん、お留守番ありがとう。
 変わったことはなかった?」

『ポンポコ商会』副社長でもある、背の高いイケメンの男性が声を掛けてくる。
 彼はこのカフェのオーナーでもあり、『白騎士』と呼ばれている。

「ええ、ありませんでしたよ」

 私はそう言いながら、二日前ここであったことを思いだしていた。

「社長、とにかく乾杯しましょう」

 後藤が声を掛ける。

「そうね。
 みなさん、グラスを持ってください」 

 私がそう言うと、皆がグラスを手にした。
 遠藤が、お酒やジュースをグラスに注いでいく。

「みなさんの無事な帰還を祝って乾杯!」

 後藤の声で、皆がグラスを掲げた。

「プハーッ!
 こうして改めて味わうと、日本酒って最高よね!」

 白騎士が感動の声を上げる。

「ふ~、本当に地球世界に帰ってきたのね」

『黄騎士』と呼ばれる女子高生が、感慨深げにそう言った。

「だよねー、私、何度も死ぬかと思ったもん」

 双子の姉である『緑騎士』は、心底ほっとしたという表情だ。

「危機一髪」

 白猫を撫でながら、黒騎士がボソリと洩らした言葉に、桃騎士さんが続けた。

「マジカルプリンセスの危機に、プリンスが駆けつけた。
 愛は時空を越える、くるくるぽわ~ん……あれ?」

 年齢不詳の魔法少女がくるくる回す、その手には、いつもの魔法杖が無かった。

「桃騎士さん、ハートの魔法杖は?」

 リーダーが尋ねる。ハートの杖は、桃騎士のトレードマークだったから。

「あっ、あれねえ。
 リーダーが紹介してくれた魔道具屋に行ったんだけど、欲しい服が高すぎて買えなかったのね。
 困ってたら、どこかのおじさんが、魔法少女のコスチュームとあの杖を売ってくれって言ってきたのよ。
 この服、金貨十枚もしたんだけど、その二つが金貨二十枚で売れたから、逆に儲けちゃった、てへ♪」

「リーダー、金貨一枚ってどのぐらいの価値です?」

 後藤の質問に答えるリーダーの声には、呆れが含まれていた。

「金貨一枚で、およそ百万円だね」

「となると、金貨二十枚って……二千万!
 というか、そのピンクのローブ、一千万円もするのっ!?」

 後藤の目が丸くなる。

「ふっ!
 魔法少女は安くないのよっ、ウフッ ♡」

「いやいや、そういう問題じゃないでしょう」

 後藤が心底呆れたという声を出した。
 あまりの事に、たかがローブがなぜそんなに高価なのか、尋ねることも忘れていた。

「それより、後藤ちゃん、ちょっと聞いてよ。
 冒険者体験って言われて、ギルドの皆さんにのこのこついて行ったら、ゴブリンとかいうのが山ほど出てきて、死にそうになったんだから!」

「へえ、白騎士さん、格闘技はお手のものでしょう?
 なんでそんなことに?」

 白騎士と後藤は、なぜか仲がいいわね。

「ゴブリンの数が半端なかったのよ。
 あれは、いくら格闘技の達人でも無理!」  

 黄騎士が興奮した調子で話す。
 よほど危険な目にあったらしい。

「すんごくでっかいゴブリンなんたらって言うのまで出てきちゃって、そいつの魔法かなにかで、体が動かなくなったんだよ」

 緑騎士は、胸の前で合わせた両手でグラスを支え、ブルリと身震いした。
 
「白騎士さん、それでどうやって助かったの?」

 不思議に思い尋ねてみた。

「危機一髪のところで、プリンスとリーヴァス様、リーダーが助けてくれたの。
 もう、超カッコよかったんだから」

「へえ、どうカッコよかったんです?」

 後藤の声に、白騎士さんが立ちあがった。

「よく聞いてくれたわ、後藤ちゃん!
 もう、リーヴァスさんなんて、こうやって立ってると思ったら、私たちに襲ってきた敵が全部倒れてるの。
 私、彼が動いたのも分からなかったわ」

「す、凄いね」

 後藤の感想に、黄騎士と緑騎士、黒騎士の言葉が続く。

「「リーヴァス様、チョー格好良かったー!」」
「最高!」

 桃騎士さんが、ステッキを持っているかのように手を振る。

「愛の魔法に雷神(ライジン)グ~♪」

 それを聞いたリーダーが吹きだしたが、彼は慌てて口にグラスを持っていき、それをごまかした。

「翔太坊ちゃんは、どんな活躍をされたので?」

 これは、翔太君と一緒に住んでいたこともある、遠藤からの質問。

「それはもう、最高に凄かったんだから!
 なんかね、このくらいの白い玉を作って、それを敵に向けて投げたのよ」

「ブーっ!!
 投げたんじゃなくて、魔術で飛ばしたのよ!」

 白騎士さんの言葉に、黄色騎士がすかさず突っこむ。

「その玉がね、空中でぶわって太陽みたいになって、敵のほうに落ちていったの」

「緑ちゃん!
 私のセリフ取らないでよねっ!」

 白騎士さんは子供のように頬を膨らませている。

「その魔術で敵が全滅したんですね?」

 後藤が頷いた。   
 しかし、彼の言葉は黒騎士に否定される。

「違う。
 太陽の玉は消えた」

「えっ!? 
 それじゃ、どうやって敵をやっつけたんです?」

 後藤の疑問は当然だろう。

「でっかいゴブリン、ゴブリンキングだっけ?
 リーダーがそれとおしゃべりしたら、ヤツらダンジョンに戻っていったの」

 緑騎士の言葉に、皆がリーダーの方を向いた。

「シローちゃん、あれ、何したの?」

 皆を代表して白騎士さんが、リーダーに尋ねた。

「ああ、あれね。
 ダンジョンにある地下王国へ戻って、二度と出てこないようにお願いしたんだ」

 リーダーは、いつもどおりの、のほほんとした表情でそう言った。

「……お願いしたって、あんた、あれってそんなことで帰ってくれたの?」

「そうだよ」

「「「……」」」

「まあ、リーダーだからね」
「「リーダー、ぱねー!」」
「謎!」
「愛の説得魔法で、ちょろちょろ~ん♪」

 桃騎士さんの「ちょろちょろ~ん」ってなんだろう。敵がすごすご逃げていく様子かな?

 ◇

 話が一区切りついたので、遠藤は換気扇の下でサンマを焼きだした。後藤がご飯とみそ汁をテーブルに運んでくる。

「わあっ!
 こういうの食べたかったのよ!
 後藤ちゃん、分かってるー!」

 白騎士さんが身体をくねらせる。 

「「白いご飯、最高ー!」」

 黄騎士、緑騎士が白米に目を輝かせる。

「神ご飯!」

 黒騎士も喜んでいるようだ。

「愛の和食魔法――」

 桃騎士さんの呪文は、焼きたてのサンマを運んできた遠藤によって中断した。
 みんな、大根おろしとスダチが添えられ、ジュっと醤油を垂らしたサンマを食べるのに夢中だ。

「は~、日本人でよかった~!」
「「ん~、美味し~!」」
「サンマ最高!」
「うまうま~♪」

 桃騎士さんが呪文を忘れている辺りに、彼らの喜びようが現われている気がした。

「柳井さん、これだけのものを揃えるのは、並大抵ではなかったでしょう」

 リーダーに声を掛けられ、私の心臓がドクンと跳ねた。

「そ、それほどでも。
 私たちの会社も有名になっていますから、各方面で融通を利かせてもらいました」

「本当にありがとう!
 久々の和食、最高に美味しかったなあ」

「え、ええ。
 あの、ビールのお替り取ってきます」

 私は慌てて立ちあがると、カウンターの奥に入った。
 嬉しさでこぼれ落ちそうな涙を拭くために。
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