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第十一章 ポータルズ列伝

林先生編 異世界科教師の悩み 

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「ふう、今日も終わったか」

 西日が入る職員室に帰ってきた俺は、自分の席に着くと、両手を頭の上に伸ばした。

「ご苦労様、林先生。
 今日は、イギリスとフランスから取材が来てたんでしょ?」

 話しかけてきたのは、隣の席に座る小林先生だ。
 音楽教師である小柄な彼女は、いつもきちんとした服装をしている。
 今日は、淡い青色のシャツ、チェック柄のスカートに、ベージュのジャケットを羽織っている。
 その服装は、二十台後半にしては落ちついた雰囲気を持つ、林先生の魅力を引きたてていた。
 
「フランスからの取材班が通訳を連れてきてなくて。
 あれには、ホント困りましたよ。
 〇〇〇のスタッフに頼みこんで通訳してもらったんです」

 〇〇〇は、世界的に有名なイギリスのマルチメディアだ。彼らはフランスの報道機関より前の時間が俺とのインタビューに割りあてられていた。

「どうしてそんなことに?」

 小林先生の疑問は当然だ。

「いや、シローたちは、魔道具の指輪とかで通訳なしにしゃべれるでしょ。
 向こうはそれを知ってるから、私にもそんなことができると思われてたようなんですよ」

「あははは、魔法の指輪かー。
 そんなものがあれば、それは便利ですよね。
 今度、坊野君が異世界から帰ってきたら、一つもらおうかしら」

「いや、無理だと思いますよ。
 異世界でも、かなり高価なもののようだから」

 実のところ、俺はそれを一つ持っている。
 ただ、今日はそれを家に置いてきていた。
 これはシローが、各国上層部と同席する場で使うようにと置いていったものだ。
 俺が持っているものの他は、『異世界通信社』に一つ、『ポンポコ商会』に一つ、全部合わせても地球世界で三つしかないという代物だ。

 外国の政府筋からのアプローチは、極力その『異世界通信社』か『ポンポコ商会』に回しているのだが、どうしても断れないことがあるのだ。
 この日曜日にも、カナダの要人と会う予定になっている。首相から直接頼まれて仕方なくだ。
 まったく、ただでさえ新設された『異世界科』の担任として忙しいってのに、一体どうしてくれるんだよ。

「そういえば、来年は異世界科が、もう一クラス増えるそうじゃないですか?」

 とりとめのない考えに囚われていた俺の意識を、小林先生の美声が引きもどす。

「ええ、よくご存じですね。
 今年はありませんでしたが、来年から留学生を受けいれる予定なんです。
 言葉の問題があるので、留学生だけで一クラス作るそうですよ」

「バイリンガルの先生が、副担任として赴任するそうですね」

 なんでも、若くして博士号を持つアメリカ出身の才媛らしい。
 どう見ても、情報収集の目的で合衆国が送りこんだ人物だろう。
 直接会ったことがある、大統領の顔を思いうかべる。

「まあ、何とかなるでしょう」

「先生、休む時はしっかり休んでくださいね」

 小林先生が、なにか眩しいものでも見るような視線を向けてきた。

「ありがとう」  

 ◇

 鞄を持ち、職員用出入り口から出ようとすると、二人の生徒が立っていた。
 俺が受けもつ異世界科の生徒で、男子が小西、女子が白神という。

「先生、ちょっといいですか?」

 白神が目を輝かせ、話しかけてくる。

「ああ、何だ?」

「異世界クラブで、パンゲア世界の言語を調べようってことになって、その資料が何かないかと思って」

「うーん、あまりないなあ。
 ルルさんの授業を写した動画ならあるけどな。
 あの中で、彼女が少しパンゲア世界の文字に触れてただろう?」

「これ、あの時のノートです!」

 小西が、俺の胸にノートを押しつけてくる。
 開いてみると、板書はもちろん、ルルさんが話したことまでこと細かく書いてある。

「お、おお、こりゃ凄いな」

 全く、彼らの情熱には恐れいる。
 どう見ても、異世界の事について俺より詳しいだろう、これは。

「今日すぐにって訳にはいかんが、文字つきの資料があるかどうか調べておくよ」

「「お願いします!」」

「お、おう……」   
 
 ◇

 小西たちと別れた後、俺は校門から出ようとしたが、あるものを見つけ慌てて立ちどまり、踵(きびす)を返した。
 そこには、七、八人、報道関係者の姿があった。

 全く、どうしてこうも毎日取材に来るかね。
 俺はいつもの裏道を抜け、学校の敷地から出ることにした。
 この道を通ると、木の枝で服が傷つくから嫌なんだが。

 生垣の隙間で外をうかがう。車一台がやっと通れるかという道には誰もいないようだ。
 道に出ると、すぐ路地に駆けこむ。
 この道は、地元の者しか知らないもので、途中何度も枝分かれしながら大通りに繋がっている。
 大通りと言っても、田舎のことだから片側一車線の道なのだが。

 路地を通りぬけ小さな公園に出た。色がはげかけたゾウやブタの遊具が置いてある、この公園を横切れば大通りに出られる。
 足早に歩く俺の前に、ウグイ色のスーツを着た若い女性が立ちふさがる。その後ろにはカメラを担いだ男性の姿がある。

「林先生!
 〇〇テレビです。
 次に、『初めの四人』が帰ってくるのはいつですか?」

 それを無視して足を早めるが、彼女は俺の前に回りこみ、両手を広げ進路を塞いだ。
 俺は足を停め、奥の手を使うことにした。

「異世界の情報については、『異世界通信社』を通して手に入れてください。
 あなた方がこのような事をしていると彼らが知れば、〇〇テレビだけ情報がもらえなくなりますよ」

「そ、それは……」

「では、失礼」

 青くなったレポーターを残し、俺はその場を立ちさった。

 ◇

 築六十年というアパートに帰り、畳に敷いた万年床の上に横になる。
 陽に焼けた畳に直接置いた小型テレビの上には、二人の娘が無邪気に笑う写真が置いてある。
 今は大学生と高校生になった二人には、もうこの頃の面影は残っていないかもしれない。

 かつて、俺がスポーツ系部活動の顧問をしていたころ、たまたまその部が県でも三本の指に入る強豪だったため、平日休日問わず朝練はもちろん、暗くなるまで練習につきあっていた。
 ある晩、九時を過ぎて自宅に帰ると、妻子の姿はなく、食卓の上に置手紙があった。

「これでは、未亡人と同じ。
 もう耐えられません。
 幸子」

 強い筆圧で書かれた文字から、長年我慢してきた妻の怒りが伝わってきた。
 感情を露わにすることが少ない彼女だからこそ、内側に多くのものを溜めていたのだろう。

 協議離婚の末、その家は妻に渡し、俺は身一つでこのアパートに移った。
 妻が再婚してからは、娘たちと会う事もなくなり、もう十年近く二人の顔を見ていない。
 
 ため息をつく。タバコが無性に吸いたくなった。
 元妻と娘たちが散々嫌がったのに吸いつづけたタバコは、離婚を機にやめた。
 この部屋では、長いこと酒も飲んでいない。
 独りだけの部屋で、俺は何のためにそんなことを続けているのか。
 もしかすると、無意識で自分自身に罰を与えているかもしれないな。

 ◇

 毎朝繰り返される登校風景の中、高校に向かう。
 俺が歩く横を、ハツラツとした生徒たちが追いぬいていく。
 
 教員用玄関で上履きに替えていると、小西と白神がやって来た。他にも四、五人、異世界科の生徒がいる。
 異世界クラブの面々だ。
 
「先生、お早うございます!」
「「「お早うございます」」」

「ああ、お早う。
 パンゲアの言語資料なら、まだ用意できていないぞ」

「いえ、別口です。
 先生、『初めの四人』の担任だったんでしょ?」

 小西が目を輝かせている。

「ああ、まあ、そうだな」

「今日のお昼、一緒に食べませんか。
 シローさんたちの話が聞きたいです」

 白神の目からは、期待が溢れキラキラしている。
 そういえば、こいつらは、『初めの四人』が高校からいなくなってから入学したんだっけ。 
 俺は、いつかシローと約束したことを思いだしていた。


 暗い夜道で、俺が『初めの四人』を前に啖呵を切る。

「俺はな、この春から異世界科で新しい仕事ができて、今からワクワクしてるんだ。
 お前たち四人のおかげだよ。
 せっかく生まれてきたんだ。 
 死ぬまで楽しんでやるぜ。
 加藤、畑山、渡辺、坊野! 
 お前らには、絶対負けん。
 見てろよ!」

「いい年した先生に、俺が負けるわけないでしょうが」

 シローが真顔でそんなセリフを吐いた。

「言ったな。
 じゃ、次に会ったとき、どっちが余計に楽しんだかで勝負だ!」

「いいですよ、受けてたちましょう」


「先生! 
 先生!
 聞いてますか?」

 俺が過去の思い出にふけっている間にも、小西は何か話しかけていたらしい。

「お昼はダメだ」

「えーっ、何でですか!?」

 俺の返事に不満な小西が、リスのように頬を膨らませている。

「それはな、あいつらのことを話すなら、昼休みじゃ足りんからだ。
 放課後、たっぷり話してやる」

「やったーっ!」

「私もお兄ちゃんから聞いた話ならできます!」

 白神の兄さんは、シローの友人だったな。

「おう、期待してるぞ。
 異世界科だけじゃなく、他のクラスにも声かけとけ」

「それじゃあ、広い教室か体育館じゃないと無理かも」

「そこは、お前らに任せる」

「コリーダさんの曲かけてもいいですか?」

「おお、そりゃいい考えだ。
 頼んだぞ」

「放送部にも協力してもらおう!」

「そうだね、急がなくちゃ!」

 生徒たちが、あっという間に駆けさった。

「お早うございます。
 林先生、ご機嫌ですね」

「小林先生、見てたんですか?」

「ふふふ、私もお話、聞かせてもらっていいですか?」

「え、ええ、それはいいですよ」

「楽しみだな~。
 私も坊野君たちの思い出、話しちゃおうかな」

 小林先生は、いたずらっ子のような顔になった。
 そう言えば、彼女、まだ独身だったな。

「お願いしますよ。
 しかし……」

「しかし、どうしました?」

「教師ってのは因果な商売ですね。
 悩むのも生徒のためだけど、救われるのも生徒になんですよね」

「……素敵なお言葉ですね」

 俺と小林先生の視線が合わさった。

「あ、急がないと、朝礼に遅れますよ」

「そうだ、私、校長から叱られたばかりでした」 

「「急ぎましょう!」」

 ◇

 二人の教師が走りさった後、職員用玄関には誰もいなくなった。
 そこに突然、人の姿が現われる。

 それは頭に茶色の布を巻き、カーキ色の長そで長ズボンという格好の青年だった。
 肩には、白い子猫が乗っている。

「いや~、点ちゃん、さすがにあれは出ていけないよね」

 青年は、透明化の魔術で姿を隠していたらしい。

『(*'▽') 林先生と小林先生、いい感じでしたね』
 
「今回は林先生に会うのはやめとこうか。
 どうせ、目的はお肉を買う事だったし」

『(*'▽') そうですね、二人の邪魔しちゃ悪いですし』 

「しかし、先生、俺との約束覚えてたんだな。
 こっちも先生に負けないよう、思いっきり人生楽しまないとね」

 青年は何らかの手段で、林先生の思念を読みとったらしい。

『(*'▽') ご主人様と遊べたら、それだけで楽しいですよー』
「ミー!」(そうだよー!)

「そう?
 ありがとう、点ちゃん、ブラン。
 じゃ、次は何して遊ぼうかな?」

『(^▽^)/ わーい!』
「ミー!」(わーい!)

 青年が消えた職員用玄関には、始業のベルが鳴りひびいていた。
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