516 / 607
第十一章 ポータルズ列伝
林先生編 異世界科教師の悩み
しおりを挟む「ふう、今日も終わったか」
西日が入る職員室に帰ってきた俺は、自分の席に着くと、両手を頭の上に伸ばした。
「ご苦労様、林先生。
今日は、イギリスとフランスから取材が来てたんでしょ?」
話しかけてきたのは、隣の席に座る小林先生だ。
音楽教師である小柄な彼女は、いつもきちんとした服装をしている。
今日は、淡い青色のシャツ、チェック柄のスカートに、ベージュのジャケットを羽織っている。
その服装は、二十台後半にしては落ちついた雰囲気を持つ、林先生の魅力を引きたてていた。
「フランスからの取材班が通訳を連れてきてなくて。
あれには、ホント困りましたよ。
〇〇〇のスタッフに頼みこんで通訳してもらったんです」
〇〇〇は、世界的に有名なイギリスのマルチメディアだ。彼らはフランスの報道機関より前の時間が俺とのインタビューに割りあてられていた。
「どうしてそんなことに?」
小林先生の疑問は当然だ。
「いや、シローたちは、魔道具の指輪とかで通訳なしにしゃべれるでしょ。
向こうはそれを知ってるから、私にもそんなことができると思われてたようなんですよ」
「あははは、魔法の指輪かー。
そんなものがあれば、それは便利ですよね。
今度、坊野君が異世界から帰ってきたら、一つもらおうかしら」
「いや、無理だと思いますよ。
異世界でも、かなり高価なもののようだから」
実のところ、俺はそれを一つ持っている。
ただ、今日はそれを家に置いてきていた。
これはシローが、各国上層部と同席する場で使うようにと置いていったものだ。
俺が持っているものの他は、『異世界通信社』に一つ、『ポンポコ商会』に一つ、全部合わせても地球世界で三つしかないという代物だ。
外国の政府筋からのアプローチは、極力その『異世界通信社』か『ポンポコ商会』に回しているのだが、どうしても断れないことがあるのだ。
この日曜日にも、カナダの要人と会う予定になっている。首相から直接頼まれて仕方なくだ。
まったく、ただでさえ新設された『異世界科』の担任として忙しいってのに、一体どうしてくれるんだよ。
「そういえば、来年は異世界科が、もう一クラス増えるそうじゃないですか?」
とりとめのない考えに囚われていた俺の意識を、小林先生の美声が引きもどす。
「ええ、よくご存じですね。
今年はありませんでしたが、来年から留学生を受けいれる予定なんです。
言葉の問題があるので、留学生だけで一クラス作るそうですよ」
「バイリンガルの先生が、副担任として赴任するそうですね」
なんでも、若くして博士号を持つアメリカ出身の才媛らしい。
どう見ても、情報収集の目的で合衆国が送りこんだ人物だろう。
直接会ったことがある、大統領の顔を思いうかべる。
「まあ、何とかなるでしょう」
「先生、休む時はしっかり休んでくださいね」
小林先生が、なにか眩しいものでも見るような視線を向けてきた。
「ありがとう」
◇
鞄を持ち、職員用出入り口から出ようとすると、二人の生徒が立っていた。
俺が受けもつ異世界科の生徒で、男子が小西、女子が白神という。
「先生、ちょっといいですか?」
白神が目を輝かせ、話しかけてくる。
「ああ、何だ?」
「異世界クラブで、パンゲア世界の言語を調べようってことになって、その資料が何かないかと思って」
「うーん、あまりないなあ。
ルルさんの授業を写した動画ならあるけどな。
あの中で、彼女が少しパンゲア世界の文字に触れてただろう?」
「これ、あの時のノートです!」
小西が、俺の胸にノートを押しつけてくる。
開いてみると、板書はもちろん、ルルさんが話したことまでこと細かく書いてある。
「お、おお、こりゃ凄いな」
全く、彼らの情熱には恐れいる。
どう見ても、異世界の事について俺より詳しいだろう、これは。
「今日すぐにって訳にはいかんが、文字つきの資料があるかどうか調べておくよ」
「「お願いします!」」
「お、おう……」
◇
小西たちと別れた後、俺は校門から出ようとしたが、あるものを見つけ慌てて立ちどまり、踵(きびす)を返した。
そこには、七、八人、報道関係者の姿があった。
全く、どうしてこうも毎日取材に来るかね。
俺はいつもの裏道を抜け、学校の敷地から出ることにした。
この道を通ると、木の枝で服が傷つくから嫌なんだが。
生垣の隙間で外をうかがう。車一台がやっと通れるかという道には誰もいないようだ。
道に出ると、すぐ路地に駆けこむ。
この道は、地元の者しか知らないもので、途中何度も枝分かれしながら大通りに繋がっている。
大通りと言っても、田舎のことだから片側一車線の道なのだが。
路地を通りぬけ小さな公園に出た。色がはげかけたゾウやブタの遊具が置いてある、この公園を横切れば大通りに出られる。
足早に歩く俺の前に、ウグイ色のスーツを着た若い女性が立ちふさがる。その後ろにはカメラを担いだ男性の姿がある。
「林先生!
〇〇テレビです。
次に、『初めの四人』が帰ってくるのはいつですか?」
それを無視して足を早めるが、彼女は俺の前に回りこみ、両手を広げ進路を塞いだ。
俺は足を停め、奥の手を使うことにした。
「異世界の情報については、『異世界通信社』を通して手に入れてください。
あなた方がこのような事をしていると彼らが知れば、〇〇テレビだけ情報がもらえなくなりますよ」
「そ、それは……」
「では、失礼」
青くなったレポーターを残し、俺はその場を立ちさった。
◇
築六十年というアパートに帰り、畳に敷いた万年床の上に横になる。
陽に焼けた畳に直接置いた小型テレビの上には、二人の娘が無邪気に笑う写真が置いてある。
今は大学生と高校生になった二人には、もうこの頃の面影は残っていないかもしれない。
かつて、俺がスポーツ系部活動の顧問をしていたころ、たまたまその部が県でも三本の指に入る強豪だったため、平日休日問わず朝練はもちろん、暗くなるまで練習につきあっていた。
ある晩、九時を過ぎて自宅に帰ると、妻子の姿はなく、食卓の上に置手紙があった。
「これでは、未亡人と同じ。
もう耐えられません。
幸子」
強い筆圧で書かれた文字から、長年我慢してきた妻の怒りが伝わってきた。
感情を露わにすることが少ない彼女だからこそ、内側に多くのものを溜めていたのだろう。
協議離婚の末、その家は妻に渡し、俺は身一つでこのアパートに移った。
妻が再婚してからは、娘たちと会う事もなくなり、もう十年近く二人の顔を見ていない。
ため息をつく。タバコが無性に吸いたくなった。
元妻と娘たちが散々嫌がったのに吸いつづけたタバコは、離婚を機にやめた。
この部屋では、長いこと酒も飲んでいない。
独りだけの部屋で、俺は何のためにそんなことを続けているのか。
もしかすると、無意識で自分自身に罰を与えているかもしれないな。
◇
毎朝繰り返される登校風景の中、高校に向かう。
俺が歩く横を、ハツラツとした生徒たちが追いぬいていく。
教員用玄関で上履きに替えていると、小西と白神がやって来た。他にも四、五人、異世界科の生徒がいる。
異世界クラブの面々だ。
「先生、お早うございます!」
「「「お早うございます」」」
「ああ、お早う。
パンゲアの言語資料なら、まだ用意できていないぞ」
「いえ、別口です。
先生、『初めの四人』の担任だったんでしょ?」
小西が目を輝かせている。
「ああ、まあ、そうだな」
「今日のお昼、一緒に食べませんか。
シローさんたちの話が聞きたいです」
白神の目からは、期待が溢れキラキラしている。
そういえば、こいつらは、『初めの四人』が高校からいなくなってから入学したんだっけ。
俺は、いつかシローと約束したことを思いだしていた。
暗い夜道で、俺が『初めの四人』を前に啖呵を切る。
「俺はな、この春から異世界科で新しい仕事ができて、今からワクワクしてるんだ。
お前たち四人のおかげだよ。
せっかく生まれてきたんだ。
死ぬまで楽しんでやるぜ。
加藤、畑山、渡辺、坊野!
お前らには、絶対負けん。
見てろよ!」
「いい年した先生に、俺が負けるわけないでしょうが」
シローが真顔でそんなセリフを吐いた。
「言ったな。
じゃ、次に会ったとき、どっちが余計に楽しんだかで勝負だ!」
「いいですよ、受けてたちましょう」
「先生!
先生!
聞いてますか?」
俺が過去の思い出にふけっている間にも、小西は何か話しかけていたらしい。
「お昼はダメだ」
「えーっ、何でですか!?」
俺の返事に不満な小西が、リスのように頬を膨らませている。
「それはな、あいつらのことを話すなら、昼休みじゃ足りんからだ。
放課後、たっぷり話してやる」
「やったーっ!」
「私もお兄ちゃんから聞いた話ならできます!」
白神の兄さんは、シローの友人だったな。
「おう、期待してるぞ。
異世界科だけじゃなく、他のクラスにも声かけとけ」
「それじゃあ、広い教室か体育館じゃないと無理かも」
「そこは、お前らに任せる」
「コリーダさんの曲かけてもいいですか?」
「おお、そりゃいい考えだ。
頼んだぞ」
「放送部にも協力してもらおう!」
「そうだね、急がなくちゃ!」
生徒たちが、あっという間に駆けさった。
「お早うございます。
林先生、ご機嫌ですね」
「小林先生、見てたんですか?」
「ふふふ、私もお話、聞かせてもらっていいですか?」
「え、ええ、それはいいですよ」
「楽しみだな~。
私も坊野君たちの思い出、話しちゃおうかな」
小林先生は、いたずらっ子のような顔になった。
そう言えば、彼女、まだ独身だったな。
「お願いしますよ。
しかし……」
「しかし、どうしました?」
「教師ってのは因果な商売ですね。
悩むのも生徒のためだけど、救われるのも生徒になんですよね」
「……素敵なお言葉ですね」
俺と小林先生の視線が合わさった。
「あ、急がないと、朝礼に遅れますよ」
「そうだ、私、校長から叱られたばかりでした」
「「急ぎましょう!」」
◇
二人の教師が走りさった後、職員用玄関には誰もいなくなった。
そこに突然、人の姿が現われる。
それは頭に茶色の布を巻き、カーキ色の長そで長ズボンという格好の青年だった。
肩には、白い子猫が乗っている。
「いや~、点ちゃん、さすがにあれは出ていけないよね」
青年は、透明化の魔術で姿を隠していたらしい。
『(*'▽') 林先生と小林先生、いい感じでしたね』
「今回は林先生に会うのはやめとこうか。
どうせ、目的はお肉を買う事だったし」
『(*'▽') そうですね、二人の邪魔しちゃ悪いですし』
「しかし、先生、俺との約束覚えてたんだな。
こっちも先生に負けないよう、思いっきり人生楽しまないとね」
青年は何らかの手段で、林先生の思念を読みとったらしい。
『(*'▽') ご主人様と遊べたら、それだけで楽しいですよー』
「ミー!」(そうだよー!)
「そう?
ありがとう、点ちゃん、ブラン。
じゃ、次は何して遊ぼうかな?」
『(^▽^)/ わーい!』
「ミー!」(わーい!)
青年が消えた職員用玄関には、始業のベルが鳴りひびいていた。
0
お気に入りに追加
333
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
森だった 確かに自宅近くで犬のお散歩してたのに。。ここ どこーーーー
ポチ
ファンタジー
何か 私的には好きな場所だけど
安全が確保されてたらの話だよそれは
犬のお散歩してたはずなのに
何故か寝ていた。。おばちゃんはどうすれば良いのか。。
何だか10歳になったっぽいし
あらら
初めて書くので拙いですがよろしくお願いします
あと、こうだったら良いなー
だらけなので、ご都合主義でしかありません。。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる