508 / 607
第十一章 ポータルズ列伝
プリンスの騎士編 第9話 ダンジョンと冒険者(4)
しおりを挟む壁に開いた穴から溢れだしたゴブリンは、広い洞窟の三分の一を占めるほどになった。
数体のゴブリンが、ゆっくり冒険者の円陣に近づいてくる。
「キーッ、キキキッ!」
「キッ、キキキッ!」
「キキキッ!」
ゴブリンが言葉のようなものを口にした。
それに続いた黄騎士と緑騎士の言葉が、冒険者たちを驚かせた。
「私たちのこと、獲物だって言ってる!」
「うまそうだって!」
どうやら、『言霊使い』として覚醒した二人は、ゴブリンの言葉が理解できるらしい。
冒険者たちに、三体のゴブリンが飛びかかった。
さすがはベテラン冒険者たちだ。一体は弓、一体は魔術、一体は剣により、ゴブリンが地面に倒れる。
そのうち、弓と剣によって倒された二体は、ゆっくり地面に溶けていく。
これは、ダンジョンでモンスターが死んだときの特徴だ。
火魔法に胸から肩にかけ焼かれた、三体目のゴブリンが叫び声をあげた。
「キキキキキーッ!」
その声が断末魔だったようで、倒れたゴブリンの体が地面へ消えていく。
悪い事に、その叫びは、壁際にいたゴブリンたちの注意を引いたようだ。
血走った眼をしたゴブリンが、わらわらと冒険者の方へ向かってきた。
「みなさん、気をつけてっ!
こいつら、私たちを殺す気よっ!」
ゴブリンの言葉を聞きとった緑騎士が、大声を上げる。
遠距離攻撃の手段を持つ冒険者から、矢や火の玉がゴブリンに降りそそぐ。
多数のゴブリンが、それにより地面に倒れふす。
しかし、なにぶんゴブリンは数が多かった。
前列の仲間が倒されたというのに、恐怖心がないのか目をぎらつかせ、冒険者たちに近づいてくる。
さらに悪い事に、集団後方に位置するゴブリン数体が、杖のようなものを振りかざした。
「気をつけてっ!
ゴブリンメイジよ!
魔術攻撃が来るわっ!」
魔術師の女性冒険者がそう呼びかけると、大型の盾を持ったタンク役の冒険者が四人、円陣の前に並ぶ。
彼らは自分たちが持つ盾を合わせ、大きな一枚の壁を作った。
ゴブリンメイジが唱えた火魔術の火球が、その壁に次々とぶつかる。
壁は見事にそれを弾きかえした。
ところが、壁役の冒険者が次の動きに移る前に、ゴブリンの群れが盾にぶつかった。
「ぬおおっ!」
「ぐうっ!」
「押しかえせっ!」
盾を構えた冒険者たちが姿勢を低くし、ゴブリンの群れから加えられる圧力に耐える。
しかし、数の力は圧倒的で、盾で作られた壁はずるずる後退しはじめた。
近接戦闘役の冒険者たちは、盾の脇から突っこんできたゴブリンへの対処に追われている。
新米冒険者パーティである『星の卵』と『プリンスの騎士』への守りが手薄になる。
三体のゴブリンが仲間の体をジャンプ台にし、盾を跳びこえ冒険者たちの円陣中央へ踊りこんだ。
「キキキキキーッ!」
「キッキャッ!」
「キキッキ!」
不意を突かれた冒険者たちに動揺が走る。
一体のゴブリンは、狙いすましたように、新米冒険者リンド少年に襲いかかった。
「ひいっ!」
ゴブリンの棍棒で短剣を弾きとばされ、リンドが悲鳴を上げる。
再び振りあげられた棍棒は、地面に腰を落とした彼の頭めがけ振りおろされた。
ドンっ!
棍棒がリンドの頭を砕く前に、ゴブリンの体がくの字に折れまがり、地面に叩きつけられた。
「グキキキ……」
すかさず、スタンが剣をゴブリンの胸に突きさした。
ゴブリンが動きをとめる。
「あ、ありがとう!」
リンドがお礼を言ったのは、ちょうど回しげりの足を引っこめた白騎士だった。
「うふっ、どういたしまして ♡」
男らしい白騎士に色っぽくウインクされ、リンド少年が青くなっている。
パンっ!
魔法使いの少女スノーに短剣で切りかかった、もう一体のゴブリンが、破裂音に続きゆっくり地面に倒れる。その額中央には、小さな穴が開いていた。
長い銃身の黒い銃を手にした黒騎士が形のいい唇を丸め、銃口からたち昇る煙をフッと吹きはらった。
この銃は、昨夜のうちにシローが作ってくれたものだ。
弾丸には、黒騎士自身の魔力が使われている。
これが『銃士』としてのスキルだ。
ナイフを持った三体目のゴブリンが、恐怖に足がすくみ動けなくなった桃騎士に襲いかかる。
「「停まれっ!」」
黄騎士と緑騎士が声を合わせる。
ゴブリンに人間の言葉が分かるとは思えないが、なぜか襲いかかった個体は足をピタリと停めた。
ゴブリンの表情が驚愕に歪んでいるのを見ると、そいつの意思で足を停めたのではないようだ。
黄緑騎士の職業『言霊使い』に備わったスキルがもたらした効果だ。
ガンっ!
丸太のようなマックの腕がラリアットの要領で、つっ立っているゴブリンの首辺りにぶつかる。
ゴブリンが縦に回転しながら円陣の外へふっ飛んでいったのを見ても、その威力が想像できた。
「おい、大丈夫か?」
マックが力こぶを誇示するポーズで桃騎士に話かける。
「だ、だ、大丈夫っ!」
気丈に答えた桃騎士だが、その声は震えていた。
「しかし、このままじゃまずいな」
マックは、壁が崩れおちたことで現れた、通路の入り口を見ている。
そこからは、先ほどにも増した勢いで、ゴブリンが湧きだしてくる。
「撤退するぞ!
盾役と銀ランク以上の剣士は、殿(しんがり)を頼むぞ!」
マックの号令で、出口へ向け冒険者たちが駆けだす。
「おい、『星の卵』『プリンスの騎士』!
遅れるんじゃねえぞ!」
盾役と数人の冒険者が、ゴブリンの群れを食いとめる。
それができたのは、ほんの十秒ほどだったが、新米冒険者が部屋の外へ逃げだす時間稼ぎには十分だった。
「合図するから準備してっ!」
髪を頭の上でまとめた女性冒険者が弓を構え、盾役に向け叫ぶ。
「三、二、一、今よっ!」
四人の盾役と、その両脇でゴブリンを食いとめていた冒険者が一斉に駆けだした。
ゴブリンの群れが、それを追いかけようとする。
女性冒険者が、先端に筒のような魔道具を着けた矢を放った。
矢は、ゴブリンの群れより少し手前の地面に突きささる。
バーンッ!
その瞬間、激しい光と破裂音が洞窟を満たした。
ゴブリンたちは、それにより視覚と聴覚を奪われ、動きを停めた。
残った冒険者たちが、すでに洞窟の外へ退避した仲間を追い、通路に駆けこんだ。
0
お気に入りに追加
333
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
転生幼女の怠惰なため息
(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン…
紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢
座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!!
もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。
全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。
作者は極度のとうふメンタルとなっております…
人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします
吉野屋
ファンタジー
竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。
魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。
次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。
【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる