上 下
426 / 607
第十章 奴隷世界スレッジ編

第37話 人族の王国(4)

しおりを挟む


 俺は、人族が支配するヒュッパス大陸の、主だった都市の上空から無数の点をばらまいた。
 わざとゆっくり時間をかけ、出発してから二日後の夕方、ドワーフ皇国王都近くの草原にある『土の家』に戻った。

 首輪の事で疲れきったシリルを背負い、家の中に入る。

 俺の姿を目にした青竜族の若者が膝を折ろうとしたが、禁止事項を思いだしたのだろう、なんとか平伏するのを思いとどまった。

「ただいま」

 俺が気軽に声を掛けると、首をブンブン縦に振っている。
 
「お、帰ったか。
 こっちは、特に何も無かったぞ。
 しかし、隣の二人は、気持ちいいほどよく食うな」

 加藤が、呆れたような声を出す。
 留守中、チビとポポは、好き放題食べていたようだ。

「シリルちゃん、どうしたんだ。
 やけにぐったりしてるな」

「ああ、後で事情を話すからな。
 それより、ローリィがかなり疲れてる。
 まだ、1号に残ってるから、介抱してやってくれ」

「ああ、分かった」

 シリルとローリィを寝室で休ませると、二人以外を居間に集める。

「で、人族の方はどうだった?」

 加藤が俺に尋ねた。

「ああ、一応、準備はできた。
 後は、竜人全ての所在が分かるのを待つだけだ」

「シローとやら、一体どうやったら、そんなことができるのか?」

 デメルが呆れ顔になっている。
 それには答えず、人族の国でもクーデターが起こっていた事を告げた。

「しかし、本当にソラル姉さまは、人族などと手を結ぼうとしておるのか?」

 デメルには、人族に対する偏見がかなりあるからね。

「ああ、普通ならそうしないだろうが、今回は共通の目的があるようだ」

「なんだ、それは?」

「デメル様は、『大きなるものの国』をご存じですか?」

「な、なぜ、そちがそれを知っておる!」

 デメルも、その場所の事を知っていたようだ。

「人族は、『巨人の国』と呼んでいるようですが、ドワーフ皇国と帝国は、力を合わせてそこを攻めようとしているようです」

「しかし、我が国の王は、代々その地を保護してきたのじゃぞ」

「だからこそ、あなたの姉は、前皇帝が邪魔だったのでしょう」

「なんたることだ……姉上の優しい表情の下に、そのような野望が隠されていたとは‼」

「ところで、デメル様、あなたは奴隷制度についてどう思われていますか?」

「うむ、わらわは、あまり良い制度とは思うておらん」

「なぜです?」

「考えてもみい、人は強制されて働かされるより、己から働くときこそ生産力が上がるのじゃ」

 このデメルという娘は、ただシリルにイジワルするだけの、お転婆ではなかったようだ。

「ま、まあ、この考えは、人から教えてもろうたのだがな」

 デメルが頬を染め、加藤の方を見ている。
 モテモテぶりにもほどがあるぞ、勇者加藤。

「シリルはどうもそのことが理解できないようだから、首輪を着けてもらった」

「おい、史郎!
 お前、何てことしたんだっ!」

 加藤が本気で腹を立てている。
 俺の事を『ボー』ではなく、『史郎』と呼んでいるのがその証拠だ。

「このお姫様のように、誰もが理性で物事を考えられるわけじゃないんだぞ、加藤」

 俺がデメルを指さすが、彼は真剣な顔つきで俺を見ている。
 なるほど、この顔つきに女性は弱いのか。

『へ(u ω u)へ やれやれ、この人は、全く……』
  
 加藤が両腕を伸ばし、俺の胸倉をつかんだとき、声が掛かった。

「シローの言うとおりじゃ。
 カトー、落ちつけ」

 寝間着代わりの白いローブを着たシリルが、ドアの所に立っていた。 
 彼女はゆっくり席に着くと、お茶を入れるよう手で俺に合図した。
 彼女の前に、湯気が立つカップが現われる。
 彼女はそれを一口飲むと、話を続けた。

「わらわは、奴隷制度を国の文化だと思うてきた」

 彼女が言葉を止め、悲痛な表情を見せた。

「それがあのような苦痛を、人々に与えていたとはな……」

 彼女の目から、涙がつうとこぼれた。

「わらわ、一生の不覚じゃ」

 しばらく黙った後、彼女が続ける。
 
「お主たちにも、辛い思いをさせてきたの。
 すまぬ」

 竜人たちに向け、彼女は深く頭を下げた。
 当の竜人たちが、すごく驚いている。
 それはそうだろう。
 最も身分が高い者が、最下層の自分たちに頭を下げたのだから。

「シローが目を覚ましてくれなければ、わらわは、あのままじゃった」

 シリルはそう言うと、机に伏し号泣を始めた。
 いつの間にか部屋に入ってきたローリィが、そんなシリルを椅子ごと抱きしめる。
 加藤は、握っていた俺の服をやっと放した。

「ボー、だけど、シリルちゃんには、きちんと謝っておけよ」

「ああ、分かってるよ」

 俺は、友人の目をまっ直ぐ見た。

「おい、なんだその目は、尊敬したような目で俺を見るなよ、気持ち悪い!」

 いや、本当に尊敬してるんだがな。

「私も、あなたを尊敬しています」

 デメルが胸の前で両手を合わせ、キラキラした目で加藤を見る。
 なんか、この娘、キャラが変わっちゃったよな。
 恋の魔法は強力無比だな。

『へ(u ω u)へ やれやれ……』

 ともかく、次にやることは、『大きなるものの国』訪問か。 
 ゆっくりする時間がとれそうにないことを考え、俺はげんなりするのだった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

処理中です...