上 下
422 / 607
第十章 奴隷世界スレッジ編

第33話 王女の理由

しおりを挟む


 周囲の景色がいきなり変わったことで、加藤を除く全員が驚いている。

「シリル様、大丈夫ですか?」

 俺は説明より前に、まずシリルに声をかけた。
 彼女は、見るからに打ちのめされた表情をしていた。

「姉さま……姉さまは、なんであんなことを……」

 ローリィが、後ろからシリルを抱きしめている。

「シリル様、人の心というのは、近くにいても分からないものですよ」

 俺は、そう言ってシリルの頭を撫でると、竜人たちの方を向いた。

「ローリス、その二人にも、俺の目的を話してやってくれ」

「え、ええ」

 腕の骨を折った、白竜族の闘士に治療を施す。
 俺は、次に、ぼーっとした表情で座っているチビの所に行く。

「チビ、驚かせてすまなかったな。
 武闘でがんばってくれたのに、こんなことになって残念だ」

「ボク、がんばった?」

「ああ、すごかったぞ」

 大きめの樽に入れた、蜂蜜水を出してやる。

「わーい、蜂蜜のお水だ!」

 彼は、さっそく大きな手でそれを持ちあげ、飲みはじめた。
 そんな彼の足に、カバ型魔獣ポポが頬ずりしている。
 こいつらは、いい友達になれそうだな。 
 
「ねえ、これ、どういうこと?」

 血相を変えてズンズン俺に近づいてきたのは、殴られた頬を腫らしたデメルだ。
 彼女も、ついでに瞬間移動させておいたのだ。

「お前、あのままあそこにいたら、どうなってたと思う?」

「……そ、それでも、予め知らせてくれてもいいじゃない?
 これって、転移魔術?」

 彼女のことは放っておき、シリルの所に行く。
 シリルは、ローリィの胸に抱かれ、気を失うように眠っていた。

「あまりに色々ありすぎて、お疲れになったのでしょう」

 ローリィが、優しくシリルの髪を撫でる。

「それより、これからどうしますか?」

 彼女は、気持ちがしっかりしているようだ。

「そうだね。
 まずは、今晩泊まれる宿かな?」

「しかし、王都に帰れば、すぐに捕まってしまいますよ」

「ああ、だから、ここに家を造る」

 俺は足元の地面を指さした。

「えっ?!」
  
 俺は、土魔術を駆使し、一気に二棟続きの家を造った。
 加藤を除き、皆が驚いている。 
 
「じゃ、チビとポポは、こっちね。
 他の人は、こちらの家に入って」

「私、柔らかいベッドじゃないと寝られないわよ」

 デメルが、俺をにらんでから家に入っていった。
 
 ◇

 突然姿を消した妹たちに、一瞬我を忘れたソラルだったが、すぐに兵士に命令を下した。

「貴族は全て捕え城へ。
 民衆は、家に帰しなさい。
 歯向かう者は、私に刃を向けたも同然。
 全て、その場で処断なさい」

 一部予定とは違うことがあったが、計画していたクーデターが成功し、ソラルは一息ついた。
 長い間、計画していた事だから、準備は万全だ。
 彼女は、最初に心を決めた時のことを思いだしていた。

 ◇

 彼女は、幼いころからその優しい外見からは想像できないほどの情念を内に秘めていた。
 妹が生まれるまでは、それが父母への愛情として現れた。

「お姫様は、本当に陛下とお后さまがお好きですね」

 彼女の侍女が、呆れるほどその気持ちは強かった。
 第二皇女デメルが生まれ、自分に向けられる父母の時間が減ると、まるで石塊のようなものが胸の所に生まれるのを感じた。
 そして、その石塊は第五皇女シリルの誕生で、高い熱を帯びた。

 父も母も、シリルを溺愛したのだ。
 国民までも惹きつけるシリルに、ソラルが胸に秘めた石塊は、黒くくすぶり始めた。

 ある日、彼女は、国王から次のような言葉を聞くことになる。

「ソラルよ。
 お主は、賢い姉だ。
 ワシは、次期国王としてシリルがふさわしいと考えておる。
 そうなったときは、宰相として妹を支えてほしい」

 国王は、日頃からシリルに甘えられ、彼女に優しくしているソラルが、まさか胸の中に燃えるようなものを抱えているとは、夢にも思わなかった。

「……お父様、もちろんですわ」

 そう答えたソラルは、いつも通り、優しく微笑んだ。
 ただ、彼女の胸に秘めた情念の炎は、この瞬間に出口を見つけてしまった。

 妹が国王?
 冗談じゃない。
 この国は、誰にも渡さない。

 穏やかな彼女の笑顔は、揺るぎない決意に支えられていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...