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第十章 奴隷世界スレッジ編
第32話 選定の儀(下)
しおりを挟む俺が武闘場に降りると、案内役が声を上げた。
「第三試合、デメル様竜闘士ローリス」
彼は、ここで名が知られているのか、今までで一番大きな拍手があった。
「シリル様闘士シロー」
俺は、まばらな拍手に応え、手を挙げた。
白竜族の男が、通路に消える。
武器を取りに行ったのだろう。
「シロー、武器庫へどうぞ」
案内役が声をかけてくるが、俺が首を左右に振ると、彼は呆れたような顔で去っていった。
白竜族の闘士が、通路から姿を現す。
彼は両手に一本ずつ抜き身の剣を持ち、背中にも数本、鞘入りの剣を背負っていた。
恐らく、誰かから、俺が剣を奪うという情報が伝わったのだろう。
白竜族の男は、緊張した顔をしていた。
それもそうだろう。
この『選定の儀』における武闘は、対戦相手の闘士が全て降参するか、負傷あるいは死んで戦えなくなるまでおこなわれる。
つまり、彼はたとえ俺に勝ちぬいたとしても、カトーとチビを相手にしなければならない。
「人族なんかに負けたら、ひどい目に遭わせてやる!」
立場を忘れた、デメル皇女の叫び声が聞こえてくる。
「では、開始線に着いて」
審判がうながす。
白竜族の男、俺の順で開始線に立つと、大きな旗が振られた。
◇
その頃、貴族が座る観客席では、別の動きが起きていた。
数人の貴族が、隠し持っていた剣を取りだしたのだ。
また、数か所の床板が外れると、下からハシゴが伸びてきた。
穴が目立たない位置にあるのと、周囲を事情が分かっている貴族が固めているため、そのことは周囲に気づかれなかった。
観客全員が武闘に夢中になっている今、たとえそういうことがなくても、誰も異変に気づけなかったろう。
◇
「あなたは、相手の武器を奪うのが得意だそうですね」
試合が始まると、竜闘士ローリスが声を掛けてきた。
俺は、どんなものにせよ、戦いの最中、おしゃべりなど意味が無いと考えているから、それに答えない。
「奪えるものなら、奪ってみなさい」
彼はそう言うと、両手に持った剣を「∞」のような弧を描いて振りまわし始めた。いかにも、剣の扱いに慣れているのが見てとれた。
竜王様の加護を受けた俺には、その剣がまるで止まっているように、はっきり見えた。
剣が襲いかかるのを紙一重でかわしながら、ローリスが持つ剣に多数の点を付けていく。
彼が背中に背負った剣も含め、全ての剣にだ。
『(^ω^)ノ ご主人様ー、準備できたよー』
じゃ、点ちゃん、いってみますか。
◇
白竜族の竜闘士ローリィは、戸惑っていた。
目の前に立つ人族は、それほど剣の腕が立つとも思えない動きだ。
大体、剣自体を持っていない。
それなのに、ぬらりくらりと彼の剣をかわすのだ。
それはまるで、彼がどこに切りつけるか、あらかじめ分かっているような動きだった。
そのうちに、きっと隙が生まれるはずだ。
彼は、それに賭けることにした。
そして、そのチャンスが間もなく訪れた。
ローリィが予想した形では無かったが、シローに隙が生まれた。
シローが無防備にも、その背中を向けたのだ。
◇
余裕をもって戦っていた俺は、背後の異変にすぐ気づいた。
観客席から、悲鳴が聞こえたのだ。
振りむくと、貴族が座る区画に褐色の鎧で武装した兵士の集団が見てとれた。
俺の眼には、観客席の床から次々に現れる兵士たちの、緊張した表情まで見てとれた。
どうやら、ただのイベントではなさそうだ。
注意をそちらに取られた俺は、対戦相手のローリィが切りつけてくるのに気づけなかった。
カキン
俺の背中に弾かれた剣が、地面に刺さる。
ローリィは右手を押さえ、地面に膝をついた。
俺が持つ物理攻撃無効に、腕を折られたのだろう。
「おい、よく聞け。
武闘どころじゃないぞ。
客席を見ろ」
俺は彼に声をかけておき、再び客席の方を振りむいた。
客席では、すでに褐色の鎧が、王がいる屋根付きの客席周辺をとり囲んでいた。
貴族席からは、悲鳴が聞こえてくる。
兵士たちは、抵抗する人物を容赦なく切りすてているようだ。
「皆、鎮まりなさい!」
拡声の魔道具を手に持ち、立ちあがった人物は、第一皇女ソラルだった。
「この国は、今日から私が女王です。
それを受けいれるものは、国民として生きることを許しましょう。
そうでない者には、死んでもらいます」
能面のような表情から生まれるその声には、容赦も慈悲も感じられなかった。
「姉さまっ!
一体、どういうことですか!?」
デメルの黒いドレスが、褐色の鎧をかきわけ、ソラルに近づく。
ソラルが何か口にすると、一人の兵士がそのデメルを殴りつけた。
倒れたデメルの姿は、兵士たちが邪魔で見えないが、声も聞こえないから、おそらく気を失ったのだろう。
「ソラル姉さま、ど、どういうことですか?」
シリルの白いドレスは、囲んでいる褐色の鎧を着けた兵士たちの中で、一際目を引いた。
「シリル、さっき言った通りですよ。
今日からは、私がこの国を統べます。
貴方の事は、どうしようかしら」
「お姉さま、どうして、どうして、こんなことを?!」
シリルの言葉に対する返事は、しかし、ソラルから聞かれなかった。
それまで黙っていたドワーフ王が、口を開いたからだ。
「ソラル、お前、このような事をして、この国をどうするつもりだ」
よく通る王の声には、興奮も驚きも聞かれなかった。
「そのようなこと、あなたに言う必要はありません。
さあ、その男を連れていきなさい」
兵士が両脇からドワーフ王を立たせると、そのまま出口へ連行する。
拡声の魔道具を通し、ソラルの声が再び場内に響いた。
「みなさん、『選定の儀』は、中止です。
しばらくは戒厳令が敷かれますから、帰ったら家から外に出ないように。
大切な法令がいくつか出ますから、それを守りなさい」
ソラルの声が消えた後、会場は恐ろしいほど静かになった。
俺は、呆然と座りこんでいるローリスの剣を手に取ると、それを全て地面に並べる。
剣は全部で八本もあった。
「そこのあなた、何をしてるの!?」
ソラルが場にそぐわない行動を咎めたが、俺はそのまま仕事を続けた。
「その男を捕えなさい!」
恐ろしいことに、ソラルの声はずっと平坦だった。
兵士が何人か、武闘場に降りてくる。
「おい、お前!
女王陛下の声が聞こえぬのか!」
おいおい、いきなり女王陛下ですか。
あまりのことに、俺は笑ってしまった。
「あはははは」
「き、貴様ッ!
無礼なヤツ!
ひっ捕らえろ!」
部隊長らしき男が、命令を下す。
五人の兵士が、俺をとり囲んだ。
じゃ、点ちゃん、予定通り頼むよ。
『(・ω・)ノ はいは~い』
対戦相手から奪った剣は、剣先を外、柄を内側に向け、円を描くように並べてある。
その剣が、剣先を上に、一斉に地面から立ちあがった。
俺に近寄ろうとした兵士が、ギョッとした顔をしたのが見てとれた。
剣は、そのままゆっくり上空へ上がっていく。
ある程度の高さまで上がった後、それぞれが炸裂した。
ドドドーン
会場が振動で震える。
空に様々な色の花火が広がった。
「たまやー」
俺の声だけが、動きのない武闘場に響いた。
ポカーンとした顔で空を見上げていた兵士たちが、再び俺に近づこうとした。
俺は、じっとこちらを見ているソラルに丁寧に礼をする。
彼女の表情に、初めていらだちのようなものが浮かんだように見えた。
「そいつを殺しなさい!」
拡声の魔道具を通じて発せられたソラルの命令は、とり違えようないものだった。
すでに俺のすぐ側に来ていた、五人の兵士が剣を抜く。
彼らが一斉にそれを振りかぶり、振りおろした。
「なっ!」
兵士が、驚きの声を上げる。
俺の姿が消えたからだ。
俺が自分に透明化を掛け、彼らが囲む輪から外へ出ただけなんだけどね。
「ど、どういうことだ!?」
ソラルの命令が遂行できなかった部隊長は、顔に困惑と焦りを浮かべている。
俺は、何が起こったかわからず、ひざまずいたままの竜闘士ローリスに近づく。
「動くなよ。
俺は、さらわれた竜人全てを救うために、この世界に来ている。
お前、それを手伝う気があるか?」
透明化した俺からの声を聞いたローリスは、目を見開いたあと大きく頷いた。
「ここにいても始まらないから、とりあえず撤退するぞ」
五人の兵隊は、目標を失った今、ローリスに近づいてきている。
剣を手に持ったままなのは、俺の代わりにローリスを血祭りにあげるつもりなのだろう。
彼らが剣を振りおろした瞬間、ローリスが姿を消した。
「なっ!
ど、どうなってる?」
俺に続きローリスも姿を消したので、兵士たちが慌てている。
チビ、加藤、残った竜人の闘士二人、それに皇女シリルとその侍女ローリィを、郊外の野原に瞬間移動させる。
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