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第十章 奴隷世界スレッジ編

第10話 奴隷と闘士1

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 獣人世界グレイルの隠しポータルを潜った俺と加藤が現れたのは、小さな石室の中だった。

 湿っぽいその場所は、狭く、カビ臭かった。
 俺が手にする水晶灯が無ければ、まっ暗だったろう。

 壁に開いた、扉が無い低い戸口を潜ると、上へと続く石の階段があった。
 そこを昇ると石の蓋にさえぎられる。
 加藤がそれを持ちあげ、外に出る。

 そこは、森の中にある古びた遺跡だった。夜が明けて間もないようだ。
 俺は、点ちゃん1号を出すと、加藤、白猫ブランを乗せ、空に昇る。
 この世界は、地峡で繋がった大きな二つの大陸と、たくさんの島々があり、俺たちが出てきたポータルは、西側の大陸中央付近にあった。
 
「でかい大陸だな」

「ああ、今まで見てきた中でも大きい方だな」

 高度をやや下げると、緑が多い大陸だと分かるが、ところどころ、ぽっかり緑が無い場所がある。
 さらに高度を下げ、街らしきものが見えてきたところで方向を決める。

 森の中の遺跡から最も近い街は、北東方向にあった。
 点ちゃん1号を、その街近くの街道脇に降ろす。

 馬車のようなものが道を行き来していたので、それが途絶えるのを待ち、点ちゃん1号の外に出る。
 
 白猫を肩に乗せた俺が加藤と肩を並べ歩いていると、馬車が追いこしていく。その馬車の荷台には、檻のようなものが載せてあり、中に人影が見えた。

「おい、あれって……」

 加藤が眉をひそめる。

「ああ、どうやら奴隷制度がある世界に来たらしいな」

 予想していた通り、ここはスレッジという世界で間違いないだろう。

 点ちゃん、さらわれた人たちについてブランはどう言ってるの?

『(・ω・) この道を進行方向に進んだみたいですよ』

 とりあえず、街に行けということだな。
 俺と加藤は、街に向け土埃が舞う街道を歩きだした。

 ◇

 街の城壁は、かなり立派なものだった。
 街への入り口には、大小二つの門があり、役人のような者に何か見せた旅人が、小さい方の門から街へ入って行く。

 俺と加藤は、並んだ人々の後ろについた。
 並んでみて分かったが、人々はかなり小柄で、その身長が俺の胸辺りまでしかない。
 アリストの鉱山都市で、出会ったドワーフを思いだした。
 この世界の住民は、ドワーフのようだ。
 前に並んだ小柄な男性二人の言葉に耳を澄ませてみる。

「そんなにいたのか?」
「ああ、そいつの話では、二十人以上いたらしい」
「男は何人だ?」
「四五人くらいは、いたって言ってたな」
「そりゃ、取りあいになるな」
「久しぶりに来た竜闘士だからな、そうなるだろう」

 彼らの話は、役人らしき者に話しかけられたことで中断した。
 俺たちに、もう一人の役人が話かけてきた。
  
「ああ、人族か。
 通行証は、持っているか?」

「いや、俺たち二人は、ランダムポータルで来たから、持っていない」

「おっ、稀人(まれびと)か!
 こっちへ来い」

 男は興奮した様子で、俺たちの先を歩いた。
 門を潜ると、石造りの町が姿を現す。
 家屋は二階建てが多く、道は石畳となっている。
 
 俺と加藤は、門からそれほど遠くない、周囲より少し大きな建物に連れていかれた。
 入り口には机があり、門の役人と同じような服装をした男が座っていた。

「おい、稀人が来たぞ」

 案内した役人が言うと、机に着いていた若いドワーフが、がたっと立ちあがった。

「すぐに知らせてきます」

 そう言いのこすと、若い男は建物の奥に走りこんだ。
 それほどかからず、初老のドワーフが小走りでやってきた。

「お前が、稀人か?」

 彼は俺に声を掛けてきた。

「所長、二人とも稀人です」

 門から案内した男が、言葉をはさむ。

「おお、二人ともか!
 じゃ、お前ら、ついてこい」

 俺たちは、所長と呼ばれた男に、殺風景な部屋に案内された。
 木のテーブルが一つと丸椅子が二つだけある。

 俺たちが、やけに低い二つの丸椅子に座ると、入り口にいた若い男が、もう一つ椅子を持ってきた。所長はそちらに座る。若い男は、その後ろに立ったまま控えた。

「この世界には、稀人に関する決まりがあってな」

「決まり?」

「お前たちには、二つの選択肢がある。
 奴隷になるか、闘士になるかだ」

「闘士とは何だ?」

「その辺の細かいことは、このネリルから聞いてくれ」

 そう言いのこすと、所長は席を立ち、部屋を出ていった。
 さっきまで後ろで控えていた若者が、椅子に座る。

「まず、名前を聞いてもいいかな」

 男は俺たちの名前や出身世界を尋ねた。
 加藤と念話で打ちあわせ、アリストがあるパンゲア世界からやってきたことにする。

「奴隷と闘士、どちらを選ぶ?」

「だから、その闘士ってのは何だ?」

 加藤は、いらついている。まあ、こいつは奴隷などという制度がある、この世界自体が気にくわないだろうからね。

「武闘場で戦う者の事をそう言うんだ」

「なんで、戦わなくちゃならない?」

 加藤の疑問は、当然だ。

「それが闘士の仕事だからだ」

 ネリルという若者は、それでこちらが分かるだろうと思ったのだろうが、それでは答えになっていない。

「だから、闘士はなんで戦うんだ?」

 俺が加藤の質問を繰りかえす。

「相手の闘士と戦い、勝つためだ」

 どうも、このネリルという若者は、こちらが稀人だという事を忘れているらしい。

「それでは、説明になっていない。
 俺たちが、闘士として戦う理由は何だ?」

 切れそうになっている加藤を横目で見ながら、俺は質問を重ねた。

「ああ、そうか。
 お前たちは、この世界の事が分かっていなかったな。
 スレッジでは、貴族と平民以外、闘士として戦うか、奴隷になるしかない」

 ネリルは、やっと少しまともに答えた。
 まあ、それでもまだ半分も俺の質問に答えたとは言えないが。

「闘士は、貴族や平民を楽しませるため、そして、争いごとの決着をつけるため戦うんだ」

「争いごとの決着?」

「貴族同士や平民の間で、何かもめ事が起きた時、代理で闘士を戦わせ、勝った方の言い分が認められる」

 なるほど、そういうことか。

「こんな世界、ぶち壊してやる」

 加藤が切れたので、俺は念話でヤツをなだめておいた。

『加藤、まずはリニアやエンデの救出が先だ』  
 
『すまん、つい熱くなった』 
   
 加藤が口にした言葉にぎょっとしたネリルだったが、彼が黙ったので、ホッとしたようだ。

「じゃ、俺たち二人は、闘士になる」

 こうして、俺と加藤は、スレッジという世界で闘士となった。
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