上 下
388 / 607
第九章 異世界訪問編

第49話 科学者たちの挑戦

しおりを挟む

 俺たち一行は、北海道に移築した『初心の家』で一泊すると、翌日『地球の家』に帰ってきた。

 今日、皆は思い思いに過ごすが、俺には大事な仕事がある。
 ハーディ卿が世界中から集めた科学者たちのチェックだ。

 審査会場は、東京、インド、エジプト、パリ、ニューヨークの五か所だ。
 書類審査を通った者だけで二千名を超えたらしいが、一次、二次、三次審査で百名程度になっている。

 俺が立ちあうのは、最終審査を兼ねた面接だけだ。
 面接の時間はこちらに合わせてもらっているから、場所によっては現地時間早朝三時などという会場もある。

 各会場には、ノーベル賞受賞者や候補者まで、有能な者が集まっていた。
 さすがハーディ卿が選抜を手掛けただけはある。

 ニューヨークを皮切りに、俺は各会場で面接を行った。
 もちろん、俺の肩には白猫ブランが乗っている。

 何の罪もない人の記憶を覗くのは許されることではないが、これには間接的に世界の命運が懸かっている。
 記憶のェックは、点ちゃんに任せておいた。
 他人に知られたら恥ずかしいこともあるだろうからね。

 パリの審査は、ポンポコ商会が年間契約しているホテル最上階のスイートルームでおこなったが、驚いたことに、そこには何人か『エミリー研究所』のメンバーがいた。
 しかも、若い黒人所長キジーまでいる。

「キジー、君は研究所の所長だろう。
 なんで応募したんだ?」

「シローさん、ジョイたちと研究していて、異世界の科学に興味が湧いたんですよ。
 私にとっては、夢のようなチャンスなんです」

 彼は根っからの研究者なんだね。
 名誉や身分より自分の興味に忠実なんだから。

「知っているかもしれないが、今回、異世界の研究所に配属された者は、地球の科学賞から除外されるぞ」

 念のために確認しておく。

「ええ、分かっています。
 私は、『枯れクズ』の可能性に自分の全てをかけるつもりですから」

 キジーは平然とそう言った。

「そうか。
 結果は明日出るから、それを待ってくれ」

 身内だからと言って贔屓をするつもりは無いが、彼の合格はすでに決まっていた。

 異世界に派遣される六名の内、半数の三名が『エミリー研究所』の科学者という結果となった。
 キジーを含め二十代が四人、四十台が一人、五十代が一人という年齢構成だ。
 なお、学園都市世界から来たジョイとステファンは、彼らの強い希望で『エミリー研究所』に残ることになった。

 審査を済ませた俺は、『地球の家』に瞬間移動した。

 ◇

 次の日、日本時間の早朝に、異世界へ派遣される六名の研究者が発表された。

 発表は、『異世界通信社』が、海外特派員協会で行った。

 あらゆるメディアが取材に来ており、全世界に中継された。
 その反響は凄いもので、選ばれた六人は各国で英雄扱いを受けた。
 すでに、国の勲章をもらった者もいる。

 各科学賞が、彼らに対する選考を打診してきたが全て断った。
 六名には、賞を受けた場合は選考から外すと伝えてある。
 そのため、補欠選考六名を選んでおいた。

 ◇

 次の日、異世界に帰る準備で、俺は荷造りの最終確認をしていた。

 加藤から頼まれた米一トンも、すでに米どころの県で購入済みだ。
 もっと高いと思っていたが、十万円ほどの値段だったから拍子抜けした。

 ルルはナルとメルを連れ、白神酒造をはじめ、お世話になった人々に挨拶まわりをしている。
 コルナ、ミミ、ポル、リーヴァスさんは、高校に挨拶に行っている。

 コリーダは、東京のスタジオでレコーディング中だ。
 ヒロ姉がマネージャー役としてついている。
 コリーダの楽曲販売は、柳井さんと後藤さんの勧めで決めた。
 異世界人が自分と同じ人間だと、世間に広く知ってもらうには良い方法だろう。

 夕食後、ニューヨークから翔太、エミリー、ハーディ卿を、東京からコリーダ、ヒロ姉を『地球の家』に瞬間移動させる。

 今夜は、『騎士』の面々も、『地球の家』に宿泊する。
 加藤の両親、舞子の両親も見送りを希望したので、こちらは明日の朝、瞬間移動させることにした。

 家族と仲間で夕食を楽しんでいると、来客用の呼び鈴が鳴った。
 俺が出てみると、疲れきった感じの三人が地面に座りこんでいた。
 イギリスからの女性が一人、日本人の男性が一人、チリからの男性が一人だ。
 俺がなんで彼らの国籍を知っているかというと、科学者派遣の補欠選考で選ばれた者たちだからだ。

「みなさん、どうされました?」

「や、やっとここまで来れました。
 分かりにくい場所ですね」

 白人の女性が、息も切れぎれに声を出す。

「全くです。
 彼が協力してくれなかったら、たどり着けませんでしたよ」

 日本人の方を指さし、チリ人の男性も力ない声で同意する。

「この場所はどこの情報にもありませんから、地元の人に尋ねまくってやっとたどりつきました」

 日本人研究者が、弱々しい声で言った。

「何のご用です?」

「な、何とか私たちも、異世界に連れていってもらえませんか」

「それはできません」

 俺は即答した。そんなことをしたら、不合格になった全員を連れていかなくてはならなくなるからね。
 すでに疲れはてた三人が、しなびた野菜のようになる。

「ただし、俺の一存で『エミリー研究所』の職員として推薦しましょう」

「「「ええっ!」」」

「ほ、本当ですか?」

 イギリス人の女性が、涙を流している。

「間違えないで欲しいのは、紹介するだけで、まだ採用と決まった訳ではありません。
 全ては、ハーディ卿が決めることです」

「ハーディ卿……次はニューヨークか」

 チリ人の男性が、がっくりうなだれる。

 俺は彼らを来客用に設けた玄関脇の小部屋に招きいれると、お茶を出してやった。

「う、うまいっ!」
「ほんとだ、なんだろう、この味」
「もしかして、このお茶は?」

「ええ、エルファリア世界のお茶ですよ」

 さっきまで疲れはてていた三人の顔に生気が戻る。

「異世界のお茶か……」

 三人は、うっとりした顔でお茶を見つめている。

「史郎さん、何でしょう」

 俺が念話で呼んでおいたハーディ卿が現れる。

「ハ、ハーディ卿……」

 イギリス人の女性が絶句する。

「えっ、この方が?」
「ハーディ卿?」

 他の二人が目を丸くする。
 俺の隣にハーディ卿が座る。

「君たち、どうやら本気で『枯れクズ』研究がしたいらしいね」

「「「はいっ!」」」

 ハーディ卿の問いかけに、研究者たちの声が揃う。

「普通、このような採用の仕方はしないのだが、たまたま『エミリー研究所』の職員が三人抜けてね。
 どうせなら、やる気がある者を選びたかったんだ」

 ハーディ卿が、俺にウインクする。
 彼には、つい今しがた念話で三人の採用をお願いしておいたからね。

「「「ありがとうございます!」」」

 三人の研究者は、涙をポロポロこぼしている。

「やっと、やっと『枯れクズ』の研究ができる…」
「夢のようね」
「貧しい南米の人々がどれだけ救われるか」

 それぞれが、感無量の様子だ。

「せっかくだ。
 今日は泊まっていくといいよ。
 異世界から来た、俺の家族や仲間にも紹介しよう」

「い、いいんですか?」
「失礼をしたのに……なんとお礼をいっていいか」
「あ、ありがとうございます」

 こうして、俺が懸念していた『エミリー研究所』の欠員補充はあっさり解決した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...