上 下
382 / 607
第九章 異世界訪問編

第43話 赤いサソリ

しおりを挟む

 裏社会で『赤いサソリ』と呼ばれる男がいる。

 彼は北方の大国出身で、元はその国の情報部員、いわゆるスパイだった。
 国がごたごたした後で、情報局は極端に力を失った。
 多くの人間が解雇され、その中にはこの男もいた。
 ただ、彼は情報局時代にある仕事についていたので、フリーランスで同じような仕事を続けることができた。

 その仕事とは、依頼主にとって不要な人々を消すことである。
 殺し屋という言葉を好まない彼は、自分の事をスイーパー(掃除屋)と呼んでいた。

 彼がそのような仕事に手を染めるには、それなりの理由があった。
 難病の娘が、よりよい施設で治療を受けるためである。
 そのためには、少なくない金が要る。

 顧客の金払いが良く、働く時間も少なくて済むこの仕事は、男にとっては願ったり叶ったりだった。
 そして、今回も、金払いのいい顧客から依頼があった。

  ◇

 『赤いサソリ』は、ほとんど人がいない公園に来ていた。

 彼の国では、五月と言えばまだ冬だ。
 広い公園の向こう端に犬を散歩させている老人の姿があったが、他に人影は無かった。

 彼が座るベンチの隣にロシア帽をかぶった男性が座った。
 一度見たくらいでは覚えられない、特徴が無い顔つきをしている。
 ロシア帽の男は、フランスの新聞ル・モンドを二人の間にパサリと置いた。
 発行の日付は一週間前だ。

 『赤いサソリ』は、その新聞を手にとり、それに挟まれていた茶封筒から資料を取りだす。

 ほとんど感情を動かすことがない彼の手がピクリと震えた。
 茶封筒の資料を読み終えると、資料を再び茶封筒の中に入れ、用意しておいたペンでその裏に×を三つ並べて書く。
 依頼を引きうけるが、通常の三倍費用が掛かるという意味だ。
 それを再びル・モンドに挟み、ベンチに戻した。

 隣の男は、それを再び手にすると、一言もしゃべらぬまま木立の中に消えた。

 大きな仕事になるな。

 『赤いサソリ』は、その報酬で、前から調べていた最新の治療を娘に施そうと考えていた。

 ◇

 屋久島で、神樹花子様を癒した俺たち一行は、沖縄に来ていた。

 二泊三日で、沖縄を楽しむ予定だ。
 本当は民宿が良かったのだが、宿の人に気を遣わせてもいけないから、結局ホテルに泊まることにした。

 予約は前後一日の余裕をもって取ってあるそうだ。柳井さんの配慮が嬉しい。
 親戚が沖縄にいるという事で、今回は土地勘のある遠藤に案内を頼んである。

 ホテルの前で遠藤の出迎えを受け、一行は別棟となっているヴィラに向かった。
 今回、俺たちは、八棟のヴィラを予約してある。四泊分の費用は七百万円ほどだったが、今の俺にとってはどうという事の無い金額だ。

 各ヴィラには専用のプールがついており、寝室に加え広い居住スペースがついているのが特徴だ。

 リーヴァスさん、ルル、ナル、メル、ノワール。
 コルナ、コリーダ、コリン。
 エミリー、翔太、俺、ブラン。
 ミミ、ポル。

 これで四棟。

 柳井さん、ヒロ姉。
 後藤さん、遠藤、サブローさん。
 黄騎士、緑騎士。
 黒騎士、桃騎士。

 これで四棟。

 今回は、『異世界通信社』『ポンポコ商会地球支店』の慰労も兼ねているからね。

 部屋に入り、青いウエットスーツに着替える。さあ、これから海へで出るぞというタイミングで、点ちゃんから報告が入る。

 『地球の家』に怪しい人影が近づいているというのだ。

 ◇

 素早く人数分の点ちゃんボードを出した俺は、後をリーヴァスさんに任せると、ブランだけ連れ瞬間移動で『地球の家』まで帰ってきた。

 服装は青いウエットスーツのままだ。
 俺は点が敷地全体に行きわたっているのを確認すると、建物と周囲の木立に挟まれた土地にも点を散布した。

 点ちゃん、そいつの様子はどう?

『(Pω・) 森の中に隠れてるよ』

 もうすぐ夕方だが、外はまだ明るい。
 おそらく奴は暗くなってから動きだすつもりだろう。

 点ちゃん、ブランに記憶チェック頼んでもらえるかな。

『(^▽^)/ はいはーい』

 相変わらずの、お気楽な点ちゃんが頼もしい。

 それから五分も掛からずに、ブランが俺の肩に飛びのる。
 雪に覆われた公園で、男が茶封筒を受けとる映像が見える。
 茶封筒から出てきたのは、俺と家族の写真だった。

 なるほどね。いつか来ると思っていた時が来たわけだ。
 俺は、男が病院に行き、娘の看病をする光景も見た。
 そして、薄暗い墓地で墓石を横にずらすと、そこから黒いアタッシュケースを取りだすところも。
 そのアタッシュケースを取りだすとき、男はなぜかエプロンのような服と、肩まである手袋をつけていた。

『(・ω・)ノ ご主人様ー』

 点ちゃん、なんだい?

『(Pω・) この男の人、すごく危ないモノ持ってるね』

 危ないモノ?

『前にアメリカって言う国で、いっぱい危険なモノ消したでしょ』

 ああ、核兵器ね。

『あの中に入っていたのと同じようなものを持ってるよ』

 俺はピーンと来た。
 彼が持っているのは、恐らく放射性物質だろう。
 だからエプロンと手袋が必要だったんだな。

 いつかニュースで見たが、北の大国が放射性物質を使い、都合が悪い政敵やジャーナリストを暗殺するという事件があった。
 男の記憶から考えても、彼は北の大国出身かもしれない。

 陽が落ち、辺りが次第に暗くなり、木立の木々が黒々としてきた時、男が動いた。
 ただ、なぜか俺には男が見えていた。

 パレットに映さずとも、人影がゆっくりと玄関に近づいてくるのが分かる。

 男は持っていたカバンらしきものの中から何かを取りだすと、それを玄関の取っ手に近づけた。

 魔術で灯りをともす。
 突然周囲が明るくなったため、男は立ちどまった。

 宇宙服のようなモノで着ぶくれた、暗視ゴーグルをつけた男が、左手で目を押さえている。
 右手には、注射器のようなモノを持っていた。

 俺は闇魔術で男を眠らせると、『地球の家』屋上から男の体を調べた。

『(Pω・)Q 危ないモノは、あの容器に入ってるね』

 俺の視界に点ちゃんの矢印が出る。
 それは注射器を指していた。
 注射器から噴射された放射性元素はノブに付着し、それを手で触った者の体に移る。
 被害者は、放射線障害を起こして死ぬという手はずだろう。
 しかし、そんなもの事を調べる医者も検視官もまずいないから、自然死として扱われるはずだ。

 点ちゃん、ドアには危険なものはついてないかな?

『(・ω・) 大丈夫、ドアにつける前だったみたい』

 俺は男がいる位置で注射器を点収納にしまうと、点ちゃんに周囲をチェックしてもらった。

『(・ω・)ノ ご主人様ー、大丈夫みたいだよ』

 男の記憶を見るかぎり、彼は一匹狼のようだし、周囲に仲間はいないようだ。
 さて、どうするかな。しかし、なぜ暗闇で、男の姿が見えたのだろう。

 とりあえず、男をある場所に運ぶことにした。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました

瑠美るみ子
ファンタジー
魔法至上主義のグラスター王国にて。 レクティタは王族にも関わらず魔力が無かったため、実の父である国王から虐げられていた。 そんな中、彼女は国境の王国魔法軍第七特殊部隊の隊長に任命される。 そこは、実力はあるものの、異教徒や平民の魔法使いばかり集まった部隊で、最近巷で有名になっている集団であった。 王国魔法のみが正当な魔法と信じる国王は、国民から英雄視される第七部隊が目障りだった。そのため、褒美としてレクティタを隊長に就任させ、彼女を生贄に部隊を潰そうとした……のだが。 「隊長~勉強頑張っているか~?」 「ひひひ……差し入れのお菓子です」 「あ、クッキー!!」 「この時間にお菓子をあげると夕飯が入らなくなるからやめなさいといつも言っているでしょう! 隊長もこっそり食べない! せめて一枚だけにしないさい!」 第七部隊の面々は、国王の思惑とは反対に、レクティタと交流していきどんどん仲良くなっていく。 そして、レクティタ自身もまた、変人だが魔法使いのエリートである彼らに囲まれて、英才教育を受けていくうちに己の才能を開花していく。 ほのぼのとコメディ七割、戦闘とシリアス三割ぐらいの、第七部隊の日常物語。 *小説家になろう・カクヨム様にても掲載しています。

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...