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第九章 異世界訪問編

第9話 「枯れクズ」と蜂蜜

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 俺はヒロ姉と翔太を連れ、天竜が住む洞窟の外にある、竜人用のペースキャンプに現れた。

「あっ、シローさん!」

 顔見知りの研究者が、俺に気づいた。
 彼は、ベースキャンプ開設当時からここにいるからね。

「あっ、シローさん」
「お帰りなさい!」
「ご無事で何よりです」

 竜人の「枯れクズ」除去作業員も挨拶してくる。

「みんな、特に困ったことは無いか?」

「はい、ありません」
「あのトレインが無かったら、どれほど大変だったか」
「そうだな。 
 あれなかったら死んでるよ」

 俺は、作業員たちとトレインの調整を始めた。
 ブレーキは、点ちゃん4号改に使ったものに変えておく。

「おおっ、こりゃ、使いやすい! 
 シローさん、ありがとうございます」

 俺は、竜人作業員にも、地球からのお土産を渡し、倉庫に向かった。

「枯れクズ」貯蔵用倉庫は、上手く機能していた。
 倉庫がいっぱいになったとき、「枯れクズ」を吸収してきた点を、俺の点収納に回収する。

 倉庫を管理している竜人からも話を聞き、吸収用シートは、そのままにしておく。

「いやー、最初に倉庫が一杯になったときは、本当に驚きましたよ。
 あれほど積みあげた『枯れクズ』が、一瞬で消えるんですから」

「ははは、一杯になると、自動で回収するように設定しておいたからね」

「魔術って凄いですね」

 本当は、魔術でなく魔法なのだが、そこは訂正せずにおく。

「じゃ、またそのうち来るから、なにか気になる事があったら記録しておいてね」

「はい、分かりました」

 俺は、『光る森』に自分が植えた神樹様五柱の状態を確認すると、翔太、ヒロ姉を連れ竜人国に跳んだ。

 ◇

 俺、翔太、ヒロ姉が現れたのは、「ポンポコ商会ドラゴニア支店」の前だった。

 通行人を驚かせないよう、自分たちに透明化の魔術を掛けてある。
 タイミングを見計らい、透明化を切る。
 近所の店先をホウキで掃いていた商店主が俺に気づいた。
 彼は、平伏しそうなそぶりを一瞬したが、禁止されていることを思いだしたのだろう、ロボットのようにぎこちない動きを始める。

「こんにちはー」

「こここ、こんにちわ……」

 あちゃー、女性を前にしたブレットみたいになってるな。
 可哀そうだから、すぐにポンポコ商会の中に入る。

「あっ、シローさん! 
 どうしてたんですか。
 最近来てくれないんで、心配してたんですよ」

 ネアさんが、駆けよってくる。

「そのお二人は?」

「ああ、こちかが加藤の姉でヒロ姉、こちらは友人の弟で翔太だよ」

「異世界の方ですね」

「ああ、俺と同じ世界の出身だね」

 ヒロ姉と翔太がネアさんに挨拶している。

「あっ! 
 お兄ちゃん! 
 なんでもっと早く来てくれなかったの」

 ネアさんの娘、イオが、俺に飛びついてくる。

「他の世界で、大事な仕事があってね。
 蜂蜜と『枯れクズ』の在庫はどうなってる?」

「そうそう、『枯れクズ』がいっぱい売れて、もうすぐなくなりそうだったんだ。
 蜂蜜は、私がいっぱいとってくるから大丈夫だよ」

「イオが蜂蜜採りに行ってるの?」

「うん! 
 なんかね、採るのが楽しくなっちゃって」

「きちんと、防護服着て行くんだよ」

「うん、気をつけてる」

「じゃ、少しだけ残して、蜂蜜を分けてもらえるかな?」

 俺は、店の奥に入り、意外なほど溜まっていた蜂蜜を点収納に入れた。
 ついでに、「枯れクズ」を、貯蔵部屋に出しておく。

「うわっ! 
 いっぱいあるね」

「これだけあれば、しばらくは大丈夫のはずだよ」

「お兄ちゃん、お母さんと話してる男の子は誰?」

「ああ、あれは翔太といって、友達の弟なんだよ」

「すごくカッコいい人だね」

「あれ? 
 イオちゃん、顔が赤くなってるよ」

「もう、お兄ちゃんったら!」

 売り場に戻ると、ヒロ姉が、店員からもらったクッキーやチュロスを食べていた。
 お茶を出してやる。

「なにこれ! 
 もんのすごく美味しい! 
 特にこの蜂蜜、なんだろう」

「あー、ヒロ姉、それはこの子が採ってくるんだよ」

「イオといいます。
 こんにちは」

「イオちゃんね、こんにちは。
 私のことは、ヒロ姉って呼んでね」

「はい!」

 ネアさんが、売り上げを記録した紙の束を持ってきた。

「シローさん、これ、どうしましょう」

 六日分の売り上げごとに、まとめた数字を、一枚の紙に六つずつ整理してある。
 それを見ると、俺がいない間に、気が遠くなるような売り上げ金額になっていた。
 ついでだから、ネアさんに、給料のことを話しておく。

「ええっ! 
 そ、そんなに、もらえません」

「支店長がきちんと給料をもらわないと、働いている人がもらいにくいでしょう」

 俺は、イオの給料についても触れ、必ず売り上げから引くよう言っておく。

「私たちは、こんなにしていただいても、恩を返すことができませんよ」

「この店を大きくしてもらえば、俺はいいんです。
 頑張ってください」

「はい!」

「あー、それから、これ用意しましたから、使ってみてください」

 俺は、点収納から段ボール箱を三つ取りだす。

「これは、俺の世界で買ってきた、ノートと筆記具です。
 安いものだから、気兼ねなく使ってください」

 この世界には、いい紙がないからね。
 段ボール二つには、ボールペンとノート、フセンが入っている。

「お兄ちゃん、これ何ー?」

「ああ、それは、電卓と言ってね……。
 そうだ、翔太。
 イオに電卓の使い方、教えてやってよ」

「え、ボクが?」

 イオが、目を輝かせて翔太を見る。

「は、はい。
 分かりました」

「ネアさん、この電卓は、光に当てると動くから、近所の商店さんにも一つずつ配ってあげて。 
 余ったのは、売り物にするといいよ。
 そうだね、竜金貨二枚で売るかな」

「史郎君、竜金貨二枚って、地球でいうと、いくらくらい?」

 ヒロ姉が、値段に興味を持ったようだ。

「そうですね、だいたい百万円くらいかな」

「げっ! 
 あんた、その電卓千円もしないでしょ。
 ボロ儲けにも、ほどがあるわ」

「ああ、ほとんどは百円ショップで買ったものだから、一つ売れば、それだけで百万円のもうけだね」

「あんた、腹黒いわね」

「儲けるのが上手いと、言ってほしいですね」

「このガラスの板みたいなのは、いくらで売ってるの?」

 ヒロ姉がつけている多言語理解の指輪は、文字情報には対応していないからね。

「竜金貨五枚だね」

「……あんた、それって二百五十万じゃないの?」

「そうだけど」

「このー、こいつめ、こいつめ!」

 ヒロ姉が、俺の頭を抱え、拳骨でぐりぐりし始める。
 店の空気が、凍りつく。
「あれ? 
 みんな、どうしちゃったの?」

 ヒロ姉が、辺りを見まわす。

「りゅ、竜王様のご友人に、なんたることを……」

 副店長が、絶句している。
 店の隅で電卓をはさみ、ほのぼのとしている翔太とイオに比べ、大人たちがいる一角では、冷たい空気が流れる。

 俺は仕方なく、店の奥に雲隠れした。
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