348 / 607
第九章 異世界訪問編
第9話 「枯れクズ」と蜂蜜
しおりを挟む俺はヒロ姉と翔太を連れ、天竜が住む洞窟の外にある、竜人用のペースキャンプに現れた。
「あっ、シローさん!」
顔見知りの研究者が、俺に気づいた。
彼は、ベースキャンプ開設当時からここにいるからね。
「あっ、シローさん」
「お帰りなさい!」
「ご無事で何よりです」
竜人の「枯れクズ」除去作業員も挨拶してくる。
「みんな、特に困ったことは無いか?」
「はい、ありません」
「あのトレインが無かったら、どれほど大変だったか」
「そうだな。
あれなかったら死んでるよ」
俺は、作業員たちとトレインの調整を始めた。
ブレーキは、点ちゃん4号改に使ったものに変えておく。
「おおっ、こりゃ、使いやすい!
シローさん、ありがとうございます」
俺は、竜人作業員にも、地球からのお土産を渡し、倉庫に向かった。
「枯れクズ」貯蔵用倉庫は、上手く機能していた。
倉庫がいっぱいになったとき、「枯れクズ」を吸収してきた点を、俺の点収納に回収する。
倉庫を管理している竜人からも話を聞き、吸収用シートは、そのままにしておく。
「いやー、最初に倉庫が一杯になったときは、本当に驚きましたよ。
あれほど積みあげた『枯れクズ』が、一瞬で消えるんですから」
「ははは、一杯になると、自動で回収するように設定しておいたからね」
「魔術って凄いですね」
本当は、魔術でなく魔法なのだが、そこは訂正せずにおく。
「じゃ、またそのうち来るから、なにか気になる事があったら記録しておいてね」
「はい、分かりました」
俺は、『光る森』に自分が植えた神樹様五柱の状態を確認すると、翔太、ヒロ姉を連れ竜人国に跳んだ。
◇
俺、翔太、ヒロ姉が現れたのは、「ポンポコ商会ドラゴニア支店」の前だった。
通行人を驚かせないよう、自分たちに透明化の魔術を掛けてある。
タイミングを見計らい、透明化を切る。
近所の店先をホウキで掃いていた商店主が俺に気づいた。
彼は、平伏しそうなそぶりを一瞬したが、禁止されていることを思いだしたのだろう、ロボットのようにぎこちない動きを始める。
「こんにちはー」
「こここ、こんにちわ……」
あちゃー、女性を前にしたブレットみたいになってるな。
可哀そうだから、すぐにポンポコ商会の中に入る。
「あっ、シローさん!
どうしてたんですか。
最近来てくれないんで、心配してたんですよ」
ネアさんが、駆けよってくる。
「そのお二人は?」
「ああ、こちかが加藤の姉でヒロ姉、こちらは友人の弟で翔太だよ」
「異世界の方ですね」
「ああ、俺と同じ世界の出身だね」
ヒロ姉と翔太がネアさんに挨拶している。
「あっ!
お兄ちゃん!
なんでもっと早く来てくれなかったの」
ネアさんの娘、イオが、俺に飛びついてくる。
「他の世界で、大事な仕事があってね。
蜂蜜と『枯れクズ』の在庫はどうなってる?」
「そうそう、『枯れクズ』がいっぱい売れて、もうすぐなくなりそうだったんだ。
蜂蜜は、私がいっぱいとってくるから大丈夫だよ」
「イオが蜂蜜採りに行ってるの?」
「うん!
なんかね、採るのが楽しくなっちゃって」
「きちんと、防護服着て行くんだよ」
「うん、気をつけてる」
「じゃ、少しだけ残して、蜂蜜を分けてもらえるかな?」
俺は、店の奥に入り、意外なほど溜まっていた蜂蜜を点収納に入れた。
ついでに、「枯れクズ」を、貯蔵部屋に出しておく。
「うわっ!
いっぱいあるね」
「これだけあれば、しばらくは大丈夫のはずだよ」
「お兄ちゃん、お母さんと話してる男の子は誰?」
「ああ、あれは翔太といって、友達の弟なんだよ」
「すごくカッコいい人だね」
「あれ?
イオちゃん、顔が赤くなってるよ」
「もう、お兄ちゃんったら!」
売り場に戻ると、ヒロ姉が、店員からもらったクッキーやチュロスを食べていた。
お茶を出してやる。
「なにこれ!
もんのすごく美味しい!
特にこの蜂蜜、なんだろう」
「あー、ヒロ姉、それはこの子が採ってくるんだよ」
「イオといいます。
こんにちは」
「イオちゃんね、こんにちは。
私のことは、ヒロ姉って呼んでね」
「はい!」
ネアさんが、売り上げを記録した紙の束を持ってきた。
「シローさん、これ、どうしましょう」
六日分の売り上げごとに、まとめた数字を、一枚の紙に六つずつ整理してある。
それを見ると、俺がいない間に、気が遠くなるような売り上げ金額になっていた。
ついでだから、ネアさんに、給料のことを話しておく。
「ええっ!
そ、そんなに、もらえません」
「支店長がきちんと給料をもらわないと、働いている人がもらいにくいでしょう」
俺は、イオの給料についても触れ、必ず売り上げから引くよう言っておく。
「私たちは、こんなにしていただいても、恩を返すことができませんよ」
「この店を大きくしてもらえば、俺はいいんです。
頑張ってください」
「はい!」
「あー、それから、これ用意しましたから、使ってみてください」
俺は、点収納から段ボール箱を三つ取りだす。
「これは、俺の世界で買ってきた、ノートと筆記具です。
安いものだから、気兼ねなく使ってください」
この世界には、いい紙がないからね。
段ボール二つには、ボールペンとノート、フセンが入っている。
「お兄ちゃん、これ何ー?」
「ああ、それは、電卓と言ってね……。
そうだ、翔太。
イオに電卓の使い方、教えてやってよ」
「え、ボクが?」
イオが、目を輝かせて翔太を見る。
「は、はい。
分かりました」
「ネアさん、この電卓は、光に当てると動くから、近所の商店さんにも一つずつ配ってあげて。
余ったのは、売り物にするといいよ。
そうだね、竜金貨二枚で売るかな」
「史郎君、竜金貨二枚って、地球でいうと、いくらくらい?」
ヒロ姉が、値段に興味を持ったようだ。
「そうですね、だいたい百万円くらいかな」
「げっ!
あんた、その電卓千円もしないでしょ。
ボロ儲けにも、ほどがあるわ」
「ああ、ほとんどは百円ショップで買ったものだから、一つ売れば、それだけで百万円のもうけだね」
「あんた、腹黒いわね」
「儲けるのが上手いと、言ってほしいですね」
「このガラスの板みたいなのは、いくらで売ってるの?」
ヒロ姉がつけている多言語理解の指輪は、文字情報には対応していないからね。
「竜金貨五枚だね」
「……あんた、それって二百五十万じゃないの?」
「そうだけど」
「このー、こいつめ、こいつめ!」
ヒロ姉が、俺の頭を抱え、拳骨でぐりぐりし始める。
店の空気が、凍りつく。
「あれ?
みんな、どうしちゃったの?」
ヒロ姉が、辺りを見まわす。
「りゅ、竜王様のご友人に、なんたることを……」
副店長が、絶句している。
店の隅で電卓をはさみ、ほのぼのとしている翔太とイオに比べ、大人たちがいる一角では、冷たい空気が流れる。
俺は仕方なく、店の奥に雲隠れした。
0
お気に入りに追加
333
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします
吉野屋
ファンタジー
竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。
魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。
次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。
【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる