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第八章 地球訪問編
第36話 ハーディ卿
しおりを挟む「改めて紹介させてもらうよ。
私がジョン=ハーディだ」
「初めまして、シローです」
「君の活躍は、調べられるだけ調べたつもりだよ。
まさか、異世界から帰ってきた人物に、こうして会えるとはね」
「あなたは、異世界の存在を信じているのですね?」
「もちろん最初は信じていなかったさ。
君の友人がジャンプする映像の時点ではね」
温和な顔にそぐわぬ、鋭い目が俺に向けられる。
「しかし、〇〇大学に持ちこまれたカードが、私の常識を覆したよ。
あれは君が作ったモノなんだろう?」
「ええ、まあそうですね」
「どうやって作ったか教えてもらってもいいかな」
「それくらいならば。
俺の魔法で作ったんですよ」
「魔法……魔法ねえ。
本当にそんなものがあるなんて」
「この世界には無いかもしれませんが、ポータルズでは魔術なんか普通ですよ」
「その『ポータルズ』とは何かね?」
「ポータルで繋がった世界群の事ですね」
「ポータルと言うのは?」
「世界間を結ぶドアのようなものです」
「ほう!
それなら、私でも、そこを通れば異世界に行けるのかね?」
「いいえ、無理ですね。
この世界には、ポータルがありませんから」
「しかし、君は異世界に行ったのだろう?」
「この世界にも、ごく稀にポータルが開くことがあって、たまたまそれに巻きこまれました」
「だけど、君が再びこちらの世界に帰ってきてるってことは、ポータルが開いたってことじゃないのかい?」
「詳しくは話せませんが、ポータルが無いという事だけは言っておきます」
「そうか。
あちらに行くことはできないのか……」
「招待状では、俺のルビーに興味があるということでしたが?」
「ルビー?
あ、ああそうだったな。
見せてもらえるかな?」
俺は、点収納からルビーを包んだ布を出し、机の上に置いた。
ハーディ卿が合図もしないのに、「スティーブ」と呼ばれた執事が現れる。
宝石商が、宝石を調べる時に使う眼鏡と白手袋を着けると布を開く。
赤い宝石が現れた。
ハーディ卿が息を飲む。執事は手が震えている。
五分ほど石を調べた後、執事が大きくため息をついた。
「本物の自然石でございます」
ルビーは、人工で作れるらしいからね。
「という事は、世界最大だな……。
シローさん、入手経路などは教えてもらえないんでしょうか?」
「ええ、教えられません。
万一教えたとしても、地球の方には理解できないでしょう」
まあ、「真竜の宝物」とか言われてもねえ。
「ああ、そうでした。
ご友人方は、一緒じゃないのですか?
ご招待は、『初めの四人』宛てに送らせていただきましたが……」
「彼らをこの部屋に呼んでもいいですか?」
「ええ、それが可能なら、ぜひお目にかかりたいものです」
俺が指を鳴らすと、畑山さん、舞子、加藤が現れた。
舞子の肩には、白猫が乗っている。
彼らには瞬間移動前に、念話で確認をとってある。
トイレにでも入ってたら大変だからね。
ハーディ卿は、突然現れた三人と一匹に言葉も無い。
「おい、ボー、この人が?」
「ああ、ハーディさんだ。
ハーディさん、これが俺の友人、畑山、渡辺、加藤です。
これは、俺が飼っている猫でブランといいます」
「はじめまして、畑山です」
「渡辺です。
こんにちは」
「加藤です。
ニューヨークは初めてです」
「ミー」
ブランも、特徴ある高く細い声で挨拶した。
「旦那様」
凍りついたように動かないハーディ卿に、執事が声を掛ける。
「あ、ああ、私がハーディだ。
すまない、心の準備は出来ていたはずなのに、あまりに驚いてしまってね。
本当に日本から来たのかい?」
「ええ、日本からです」
畑山さんが、代表して答える。
「君たちも、シローさんのような能力が?」
「すみませんが、能力の話はできないんです」
畑山さんが、穏やかな、それでいて、きっぱりとした口調で言う。
「そ、それは、そうでしょうな」
「ボー、もう用件は済んだんだろう。
カニ食いに行こうぜ、カニ」
加藤が、傍若無人ぶりを発揮する。
「あ、ちょ、ちょっとお待ちください」
ハーディ卿が慌てている。俺たちは一瞬で移動できるからね。
「実は、あなた方に会っていただきたい者がおりまして」
誰だろう?
「ハーディさん、そちらがご招待の本当の理由ですね」
「ど、どうしてそれを……」
どう見てもバレバレでしょう。
「じ、実はそうなのです。
しかし、それを理由にしたら、来ていただけないかと思いまして」
「俺たち、前からニューヨークに来てみたかったんですよ。
あなたからのご招待がなくても来てたと思います」
「そう言っていただけるとありがたい。
ささ、どうぞこちらに」
彼は、いそいそと俺たちを案内する。
ドアがない造りの邸内を少し歩くと、淡いピンク色のドアが現れた。
「エミリー、皆さんが来てくださったよ」
ハーディ卿がドアをノックする。
「お父様」
声がしてから少し時間をおいて、ドアが開けられた。
部屋から現れたのは、十二、三才だろうか、ブロンドの髪をした、白人の少女だった。
頬に少しそばかすがある。
そして、愛くるしい顔にあるその青い目は、どこか遠くを見ていた。
少女が、手を前に伸ばす。
ハーディ卿が、その手を取った。
「娘のエミリーです」
「初めまして、エミリー」
俺たちが口々に挨拶する。
「まあ!
本当にいらっしゃったのですね。
異世界に行かれた方が」
「ハーディ卿、エミリーさんは目が……」
「シローさん、その通りです。
この子は目が見えません」
ハーディ卿の声は苦悩に満ちていた。
◇
俺たちは、エミリー、ハーディ卿と共に、明るいテラスにいた。
そこは、エミリーの部屋近くにある空間で、下は板張りになっており、多くの花が、鉢やプランターで育てられていた。
よく見ると、普通の花に混ざり、雑草にしか見えない植物も植えられている。
「近くの野原で、エミリーが見つけてきたものなんです」
俺の視線が鉢植えを見ているのに気づいたハーディ卿が説明してくれる。
「娘は、植物の声が聞こえると言うのですが……」
俺はある可能性に気づいたが、黙っておいた。
彼らを混乱させるだけだからだ。
エミリーは、自分で歩いて椅子に座った。
おそらく、その椅子はいつもその位置に置いてあるのだろう。
「私があなた方に会いたいと思った最大の理由は、異世界の力で、この子の目が治せるのではないかと考えたからです」
ハーディ卿が、『初めの四人』を招待した本当の目的を明かした。
俺たちは顔を見合わせる。
確かに、舞子の力を使えばエミリーは治るかもしれない。
しかし、そのことが世間に知られたら、世界中の権力者が、ありとあらゆる手段で舞子を手に入れようとするだろう。
そうなると、取りかえしがつかない。
恐らく権力者は舞子の家族にまで手を伸ばすに違いない。
舞子一人なら異世界に帰ってしまえば終わりだが、後に残る家族の事を思うと、到底受け入れられる事では無かった。
畑山さんが、ゆっくりと話しはじめる。
恐らく、エミリーにも聞かせるつもりなのだろう。
「ハーディ卿、我々は、確かにこちらの世界に無い力が使えます。
しかし、それとても万能ではありません。
残念ですが、お嬢様を治すことはできません」
エネルギーに満ちたハーディ卿から、それがごそっと抜けたように見えた。
さっきまでより小さく思えるその体は、どこにでもいる年老いた男のものだった。
「お父様、私は目が見えなくても大丈夫」
エミリーが、しっかりした声で言う。
彼女の声には、こちらの心を温かくする響きがあった。
「私には友達がこんなにいるし、遠くからもお友達が来てくれます」
彼女は、「友達」のところで植木鉢やプランターを、そして俺たちの方を手で示した。
「エミリー……」
ハーディ卿の目は、涙で濡れていた。
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