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第八章 地球訪問編
第35話 アメリカからの招待状
しおりを挟む俺が、『フェアリスの涙』最初の一樽を白神酒造に卸して三日後、思わぬところから招待状が届いた。
アメリカに住むハーディ卿からだ。
世界有数の富豪で、石油、航空産業はもちろん、通信、医療、製薬、農業にまでその手を広げている。
俺でも知っているくらいだから、その知名度も凄いものがある。
彼をモデルにした、「ハーディ」という映画が作られたほどだ。
子煩悩でも知られているが、確か次女が不治の病にかかっていたはずだ。
彼からの招待状の宛名は『初めの四人』で、シロー氏の宝石に興味がある、と書いていた。
かなり俺たちの事を調べているようだ。
普通の報道機関は、俺の名前を坊野と書くからね。
しかも、ルビーの事まで知っている。
個人なのに、並の情報収集能力ではない。
異世界組四人でデパートにお土産を買いに行った帰り、俺は彼らに招待状のことを話した。
「ニューヨーク!
行きたいわね!
でも、行き帰りに二日もかかるんじゃ無理か。
パスポートのこともあるしね」
さすがに畑山さんは、瞬間移動で行くと不正入国になるところまで気がついているらしい。
「うーん、どうしようかな。
次、帰ってこられるのがいつか分からないから、お父さんとお母さんと一緒にいられる時間を大事にしたいし。
でも、一度は見てみたいから史郎君の瞬間移動で行けるなら行きたいかな」
舞子が言うことも、もっともだ。
「ニューヨークには、でっかいバケットサンドがあるんだろ。
俺、一度それを食べてみたいんだ。
あと、ふにゃふにゃのカニもな」
カニは、ソフトシェルクラブだね。
殻ごと食べられるやつ。
加藤は、食い気で決めてるらしい。
「俺だけが先にニューヨークへ行って、向こうからみんなを瞬間移動で呼びよせようか?」
「それにしても、パスポートどうするのよ」
俺たちが在籍していた高校の修学旅行はシンガポールだった。
その予定が、高校三年の五月で、三月の初めに異世界転移してしまった『初めの四人』はパスポートを取っていない。
畑山さんは小さな頃に取ったそうだが、既に期限切れだった。
しかし、瞬間移動を使う場合、どう考えてもパスポートは意味がない。
「そういや、思い出した。
おれ、転移しなかったら、次の日に母ちゃんと一緒にパスポートとりに行く予定だったんだ」
俺は、「高校生なんだから一人で行けよ、加藤」と思ったが、黙っておいた。
困ったときの柳井さん頼みだ。念話で事情を話してみた。
『確か、招待状に連絡先が書いてありました。
その辺のことを確認してみます』
彼女は、『異世界通信社』の仕事で忙しいのだが、その合間に俺たちの手伝いをしてくれている。
誠に申し訳ない。
『(・ω・)ノ ご主人様ー、それなら頼まなければいいのにー』
いや、点ちゃん、それはそうなんですがね……。
それから三十分程で、柳井さんから念話があった。
『どのように来てもらっても構わない、ということです』
大富豪ぱねー。
あちゃー、点ちゃんの「ぱねー」が俺にまでうつっちゃったヨ。
『( ̄ー ̄) フフフフ』
点ちゃんが、悪い声で笑ってる。
もしかして、最初からそれを狙ってたのか? そうなのか?
こうして、俺は、大富豪からの招待を受けることにした。
◇
史郎は、点ちゃん1号に乗り、西回りでアメリカまで行くことにした。
なぜなら、この機会に世界中のあちこちに点をばら撒いておけば、後々好きな時に世界旅行ができると思ったからだ。
異世界転移する前は、バックパックを背負い、世界の文物を見てまわるのが夢だった。
インド、フランス、北欧……行きたいところは沢山ある。
いつか、点ちゃん4号(バイク型)で、世界中を巡ってみたいものだ。
大陸の形がはっきり見えるまで点ちゃん1号を上昇させ、西へ西へと飛ぶ。
紛争地帯であるインド=パキスタン国境や中東の上空を通る。
上空から見おろすと、当たり前だが国境は見えない。
人類は、目に見えない幻をめぐり、互いに殺しあっていることになる。
イタリアや南仏の上を通り、太平洋を渡る。
海の向こうから、北米大陸が見えてきたときは、感慨深いものがあった。
はるか昔、ピルグリムファーザーズが新大陸を目にしたときの気持ちには比べるべくもないが、ほんのいくばくかでも、彼らの喜びと郷愁が分かる気がした。
俺は、頭の中にある地図をたどり、海岸線を南に向かった。
大きな川と海との間に、ビル群が見えてくる。あの川がハドソン=リバーだろう。
目的地のニューヨークだ。
高度をさらに下げ、点ちゃん1号に透明化を掛ける。
ハーディー卿が指定してきた住所は、ニューヨーク市の南西部スタテンアイランドにある。
自由の女神が立つ小島が下方を流れていく。
前方に見えてきたのがスタテンアイランドのはずだ。
ニューヨークにしては緑が多い気がした。
しかし、あんな所に家があると、都市中央から離れていて不便ではなかろうか。
地上に降りて透明化の魔術を解く。
広い道路が通っており、映画で見たようなドラッグストアーや、防火栓がある。
警察官の姿があったので、多言語理解の指輪をたよりに、話しかけてみた。
「こんにちは。
知人の家を訪ねたいのですが……」
彼は恰幅が良いお腹を撫でながら、にこやかに答えた。
「ああ、こんにちは。
日本人か?
ニューヨークへようこそ」
「ハーディ卿から招待を受けているのですが、彼の家がどちらか分かりますか?」
「おい、ちょっと待てよ。
ハーディ卿って、まさかあの大富豪のハーディ卿じゃあるまいな?」
「ええ、その方ですが……」
そのとたん、彼が腰の無線機を取りだし、すごい勢いでしゃべり始めた。
町の騒音でよく聞きとれないが、誰かを急かしているようだ。
甲高いサイレンの音が近づいてくる。
茶色い大型アメリカ車がブレーキ音を立て、俺達のすぐ横に停まる。
ルーフの上で、簡易型のサイレンが点滅している。
窓から手を伸ばし、車の屋根にくっつけるタイプだな。
俺は、その車の後部シートに押しこまれた。
前の座席には、背広姿の刑事が二人座っていた。
運転している若い白人男性と、助手席に座る中年の黒人男性が早口で何か言いあっている。
聞いていると、若い方がまず警察署に戻ろうと言っており、中年の方が、すぐにハーディ邸に連れて行くべきだと言っているようだ。
俺は二人の間に、ハーディ卿から届いた招待状を出す。
それを手に取り調べていた黒人刑事が、断定的に「ハーディ邸に」と言った。
若い刑事が一瞬ハンドルから手を放し、肩をすくめるポーズを取った。
車は、郊外にある緑の中を、すごい勢いで飛ばしていく。
道は、片側三車線で、日本の高速道路並によく整備されていた。
中年でハゲ頭の黒人警官が俺に振りむく。
「おい、あんちゃん。
あんた何でハーディ卿なんかと知りあいなんだ?」
「うーん、俺もよく分からないんですよ」
「おい、そんな馬鹿な話があるか。
もっとも、最近のニュースは、異世界だのなんだのを真面目に扱ってるけどな、ハハハッ」
異世界のことは、アメリカでもニュースになっているらしい。
「ねえ、君。
その頭の布は、宗教的な何かなのかい?」
これは、若い方の刑事だ。
「いえ、幸運のお守りみたいなもんですね」
「そんなお守り、初めて見たよ」
道は片側二車線になったが、道幅は前より広くなったようだ。
「やけに広い道路ですね」
「ああ、そういや、あんちゃん、初めて来るんだったな。
途中でゲートがあっただろう。
あそこからはハーディ邸の私道だ」
そういえば、高速道路の料金所みたいな場所があったね。
しかし、どんだけ広い敷地なんだよ。あれからもう二十分は走ってるぞ。
やがて車は、レンガで舗装された道に入った。
目的地が近いのか、徐行運転に変わる。
巨大な門が現れる。これって、高さが五メートル以上あるよね。
何のために、こんなでかい門を作ったんだろう。
自動で開いた門を潜り、車はさらに十分ほど進んだ。
石造りの巨大な屋敷が現れる。
建物正面にロータリーがあり、車はそこに停まった。
「ここには滅多に来れんからな。
いい話のネタができたぜ」
黒人刑事が、人懐こくウインクすると俺の胸に、ポンと招待状を当てる。
「ありがとう」
俺は招待状を手に取る。
「ああ、アメリカを楽しめよ」
「幸運のお守りのご加護があるといいね」
車はそのままロータリーを回り、去っていった。
黒い服を着た、白人の上品な中年男性が近づいてくる。
頭は銀髪で、非常に整った顔立ちをしている。
俺が招待状を渡すと、男は、耳障りのいい声で言った。
「シロー様、日本から遥々おいでいただき、ありがとうございます。
当主がお待ちしております。
どうぞこちらに」
馬鹿でかいシャンデリアがある吹きぬけを通り、広い廊下を進んでいく。
廊下沿いの窓からは、緑の木々が見えた。
俺たちは、次の棟に入ったようで、左右に廊下が伸びている。
突きあたりにある木のドアが左右の壁に引きこまれると、八畳ほどの小部屋が現れた。
落ちついた印象のその部屋は、小さな机と椅子が置いてある。
窓も出口も無いので、俺がいぶかしんでいると、閉じていた背後のドアが再び開いた。
外には、上品な調度で整えられた室内があった。
どうやら、さっきの八畳間は、エレベーターだったようだ。
しかし、どうなっているのか、ほとんど揺れも上昇感も無かった。
そこは、エレベーターの出口から奥が見えないような間取りになっていた。
執事は俺を連れ、ドアが無い室内を奥へ奥へと入っていく。
行きどまりと見えた壁を左に曲がると、落ちついたやや暗い色調で統一された室内となった。
何かの香ばしい匂いが、ほのかに漂っている。
う~ん、なかなかいいねー。くつろぎ空間の参考にさせてもらおう。
ブロンドのがっしりした体格の白人男性が現れる。
彼の体が内側から放射する、エネルギーのようなものを感じた。
執事さんは、俺の後ろで控えている。
「旦那様、シロー様をお連れしました」
「スティーブ、ありがとう。
私が、ハーディです」
彼はがっしりした手で、握手してきた。
「シローさん、わざわざ遠くからご足労願ってすまないね。
私が、日本に行けばいいのだが、セキュリティが面倒でね」
そういえば、彼の家族は、富裕層を狙ったテロの標的になったことがあったな。
彼をモデルにした映画がそのとおりならばだが。
彼は、俺をやや硬い布張りソファーに座らせ、自分も腰を下ろした。
俺は、世界有数の富豪と向きあった。
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