上 下
309 / 607
第八章 地球訪問編

第20話 勇者の体力測定1

しおりを挟む

 俺たちが前々から計画していた「体力測定」の日が来た。
 これは、勇者加藤の体力測定を行うという趣旨のものだ。

 道具類と計測者は、こちらで用意するとインチキが疑われるので、全てオークションの落札者が用意する。
 握力、百メートル走、幅跳び、垂直飛びなどの選択肢があり、各社一種目だけ入札ができる仕組みになっている。

 結局、落札者は、どの種目も大手のテレビ局、新聞社だけとなった。
 それも当然で、各測定項目についての金額は、軒並み二千万円を超えている。
 一番競争が激しかった百メートル走は、俺でも名前を知っているアメリカの大手新聞社が落札した。

 体力測定は、俺たちの故郷周辺では一番大きな陸上競技場を貸しきっておこなわれる。

 当日は、朝から小雨がちらつき、天候が心配されたが、開始時刻の午後3時には雨が上がり、晴れ間がのぞいた。
 競技場の地面はゴムだが、雨に濡れているので、決していいコンディションとは言えない。

 落札した会社は、三名まで観客席への入場が認められる。
 少ないところは、測定者一名、見学者三名だから、入場券一枚に五百万円以上支払っていることになる。

 観客席と競技場へは、撮影録音機材を持ちこまないよう事前に通知してある。
 入場者は入り口で、白騎士、黒騎士、黒服たちがチェックしているが、やはり、小型の撮影機器を持ちこむ不届き者が出た。

 そういったものは、全部点ちゃんが壊してあるから、意味ないんだけどね。
 機器を丸ごと消すこともできたけど、騒がれては困ると思い、今日は止めておいた。

 会場には、加藤家、渡辺家、畑山家の人々も招かれている。
 彼らは、屋根つきの特別席から見る。

 あと、観客席には、懐かしい同級生の顔も見えた。
 彼らの多くは大学受験をすでに終えており、そのほとんどが参加していた。
 昨日加藤の家に、そのうちの一人が訪れたそうで、加藤が招待したのだ。
 観客席の一角は、「翔太の部屋」常連のために確保した。
 体力測定の結果は、「異世界通信社」のサイトで公開される。
 ただし、今回は考えたうえ、映像は公開しないことにした。

 勇者の能力がリアルに判定されても困るので、加藤には二、三割以上の力を出すなと言ってある。
 グランドのまん中に用意された椅子に「初めの四人」が座る。
 俺の肩には、白い子猫ブランが乗っている。

 野球の時に使うサイレンの音が鳴ると、俺たちの前に置かれた台上に、マイクを手にした翔太君が立った。

「みなさん、今日は加藤さんの『体力測定』に来ていただきありがとうございます。
 司会の翔太です。
 みなさん、本物の「勇者」がどんな力を持っているか、きっと驚かれると思いますよ。
 では、『体力測定』開始です」

 彼の発言にある「勇者」うんぬんは、聞いている者には意味が分からないだろうが、今はそれでいい。

 翔太君は、海外の落札者向けに、「開会の辞」を流暢な英語でもおこなった。
 あまりの発音の良さに、畑山さんが驚いている。
 黄緑騎士に教わったらしい。

 しかし、なんといっても盛りあがったのは、ピンクと白の服で統一した「翔太の部屋」の常連席で、物凄い歓声が上がった。
 そして、なぜかその最前列には、腕を組んだヒロ姉が仁王立ちしていた。

「プリンスー!」 
「翔太く~ん!」
「王子様ーっ!」

 いや、実際、姉が女王様だから、翔太君は王子様みたいなものなんだけどね。

 ◇

 最初は、地味なところで握力測定だ。

 三人の計測者が、一人ずつ大きさが違う計測器を持っている。
 翔太君が笛で合図すると、俺の横に座っていた加藤が前に出る。
 そして、一番小さな、普通の握力計を握る。

 しかし、それはスコッという感じで針が飛んでいった。
 どうやら、握力計が壊れてしまったらしい。

 二人目が加藤に別の計測器を渡す。
 翔太君がマイクを握る。

「この握力計は、普通のものでは測れない握力を図るためのものです。
 プロレスラーなどが使っています」

 彼が笛を吹くと、加藤が二つ目の握力計を握る。
 しかし、それも一つ目と同じように、スコッと壊れてしまった。

 再び翔太君が説明する。

「三つ目は、〇〇新聞社が、今回の測定のために特注したもので、最高一トンまで図ることができます」

 〇〇新聞社のところで、観客席の関係者からパラパラ拍手が起こる。 

「では、どうぞ」

 翔太君が三度(みたび)笛を吹く。
 その握力計も、最初の二つと同じ運命をたどった。

「結果が出ました。
 握力、測定不能です」

 観客席からすごい歓声が上がる。

 握力を計った新聞社の三人は、対照的に青い顔で黙りこんでいた。

 ◇

「次の競技は砲丸投げ。 
 〇〇テレビさん、お願いします」

 一人の大柄な男が観客席に手を振って現れる。
 右手には、黒いカバンを下げている。

 観客席から拍手が上がった。
 横に控えている黒服に尋ねると、有名な元スポーツ選手で、今は解説をやっているらしい。

 そのゴツイ男の人と並んで立つと、加藤がいかにほっそりしているか目立つ。
 彼は、普通の高校生と較べても細いからね。

 男は、手に下げた黒いカバンの中から、金色の砲丸を取りだした。
 翔太君の説明が始まる。

「あの砲丸は、色は金色ですが、厳密に普通の砲丸と同じ重さに作ってあります」

 椅子に座っていた俺たちは、競技上のまん中に書かれた砲丸用のフィールド内にいるため、立って移動する。
 黒服が椅子を片づける。

 加藤が、投擲用のサークルに入る。
 砲丸を持ってきた巨漢が、加藤に砲丸の投げ方を指導しているようだ。
 どうやら彼は、砲丸投げ出身らしい。
 翔太君が笛を吹くと、軽く小石でも放るように、加藤が無造作に砲丸を投げた。

 そのフォームをみて、砲丸投げ出身の巨漢の顔が青くなる。
 それはそうだろう。普通そんな投げ方をすれば、良くて肩が外れるし、悪ければ骨折する。
 しかし、彼が本当に驚くのはそこからだった。

 軽く放った砲丸は、どんどん距離を伸ばし、観客席の遥か上を飛び見えなくなった。

 俺は、砲丸に点を付けておいたので、それが五百メートルほど離れた田んぼの土に深く食いこんだのを見た。
 音声も入っているから、「ズッポーッンッ」という今まで聞いたことがない大きな音がした。
 もちろん、遠すぎて会場のみんなには聞こえていない。
 あの砲弾はあとで回収し、〇〇テレビさんに返してあげよう。

 場内、観客席ともシーンとしている。

 ヒロ姉の「やったね、ユウ!」と言う声を皮切りに、歓声が上がった。
 物凄い熱狂ぶりだ。
 マイクを持った翔太君も目を丸くしている。

「砲丸投げの結果。
 測定不能です」

 それでまた歓声が高くなった。

 俺は、ここまで何事も無く済んでホッとしていた。

 残るは、幅跳び、垂直跳び、百メートル走だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...