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第一章

フェンリルの母さんの話

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 お前をおいて逝ってしまう事を許してほしい。あいつの居ない世界で私はもう生きていけない。
 それでも、お前が居てくれたから私は一人で逝かずにすむよ。
 私が居なくて寂しいだろうが、当分の間はこちらに来ないように。来たら蹴り返すからな。

 
 
 私が毛色の違う同族を育てだしたのは、番と子が死んだすぐ後の事だった。
 毛色の違うそいつを見つけたのは、川の中だった。川の中で見つけたのは全くの偶然。普段は川になど滅多に入らん。
 そんな私が川に入っていたのは______自分の命を断つためだった。
 
 _我が種族は遥か昔から繁栄する事はなかった。だが、絶滅する様な危機もなかった。
 それはひとえに、番以外と一緒になれない我が種族の性に起因している。
 我々は、大体の者が番を決めるとその者以外と番う気が起きなくなる。たとえその番が死のうとも、生涯をかけてその番を愛し通す。………番が死んでしまった者の多くは後追いを選ぶがな。
 私の母も父もそうだった。そして、私自身も。
 そんな我が種族は、言ってしまえば一匹殺せば二匹殺せる様な種族だ。
 そんな我々が、何故絶滅する事なく生き残っているか。理由は至極簡単。 

 _我々が強いからである。
 
 敵わない相手からは逃げ、代々縄張りにしている場所から出ない、臆病な我が種族。
 それでも、我々は生き残ってきた。
 そう、生き残ってきたのだ。
 だが、我が番と子は殺されてしまった。
 巣穴に戻った時にはすべてが終わった後。大量の血と、我が番と子の毛が飛び散った巣穴に、奴は居た。
 _____眼の前が真っ赤に染まったようだった。
 私は奴と半日戦った。時に逃げ、時に隠れ、時に他の生物を贄にして生き延び、奴を殺した。
 それでも、心は空っぽだった。
 視界に入る景色は全て灰色。我が子と食べた色鮮やかな果実も、我が番と見た懐かしい景色も、自分の血も、全てが色を喪った。

 昔、母が死んだ後父は、すぐに死んでしまった。
 ………当時は、父も母と一緒で寿命だと思っていた。
 だが、今ならわかる。父も世界の色がなくなってしまったのだろう。
 何日か生きた私は、川に来ていた。
 奴が居なくなった今、私を殺せる者はこの森に居ない。
 ____だから、水で溺れて死んでしまおうと思った。もう限界だった。
 だが、私は水の中で鮮やかな赤を見た。
 私は思わず、その赤を咥えて川から上がった。
 その赤は同族であった。大人になるかならないかの大きさの同族。
 その後起きたその赤は、歩くのでさえヘッタクソであった。同族では無いのでは、と思うほどに。もしかしたら本当に同族ではなかったのかもしれない。
 _だがその赤は、我が子と食べた色鮮やかな果実に似ていた。
 瞳のみどりは、番と見た懐かしい景色と一緒だった。
 だから、私はその同族の面倒を見てやる事にした。もう一度私に大切な色をみせてくれた礼だ。
 
 それから私は何十日もその鮮やかな赤と一緒に生きた。
 鮮やかな赤は本当に何も知らず、もう一度子を育てている気分になった。
 鮮やかな赤は言葉を持たなかった。話すことは出来ずとも、意思疎通はできたので不思議な気分だった。
 何日も何日も、その赤に色々な事を教えた。
 その赤は、生き物を殺すことが苦手らしい。コレではおちおち死んでいられない。私が死んでしまえば、この赤は何も食べられずに死んでしまう。
 だが、私もそろそろ死にそうだ。番と子と離れてここまで生きたのだから上々な方だが、それでも、目の前の赤が心配だった。
 
 ___ああ、でも、お前なら大丈夫そうだ。生き物、死ぬ気になれば案外色々とできる。
 お前はとても強い。この森の長だった私が鍛えてやったんだ。保証してやろう。
 そして、お前にも大事な者ができる事を祈っておいてやる。………お前なら、どんな敵からでもそいつを守れる。そうなるように鍛えた。
 
 
 そして今から私は番と子に会いにいくが、お前はまだ来るなよ。
 我が番は大変魅力的だからな、お前が惚れたりしたら大変だ。
 それに我が子に今のお前は勿体無いからな。
 
 おまえにツガイができて、コもさずかって、ジュミョウでしねたら、あわせてやっても、いいがな………。
 
 しあわせになれよ、あざやかなどうぞくよ。
 

 ありがとう。わたしにもう一度、色を見せてくれて。
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