酒を飲むなら縁側で

春色悠

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これは話のネタになり得るか

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「あ゛あぁぁぁ~……、やばい……。なぁんも思い浮かばねぇ…。」
 ごろり、というには些か勢いよく寝転がった男は、随分と水も飲まずに考え込んでいたのだろう、掠れた声を出した。
 その事に気づいた男は、何か飲もうと思いつつ、面倒臭さにまたごろりと畳の上に転がった。
 男の名は来ノ木満作らいのき まんさく。有名では無いが本はそこそこ売れている恋愛小説家である。
 
『……来ノ木さん、これマジでつまらないですよ。』
「だぁぁぁっ!!くっそがっ!!」
 寝転がりつつも頭を働かせたというのに、出て来たのは編集の睦河から投げつけられた言葉だったというのだからもうお終いだ。
 悪態を思い切りついてからのそりと起き上がれば、周りはゴミだらけ。
 没にした原稿、没に"なった"原稿、鉛筆の削りカスを零したヤツ、単純に鼻かんだティッシュ、等々主に紙屑達を踏みながら台所へと向かう。
 酒飲もう、酒。
 頭の中では既に酒を飲む事が決定している。
 昔から酒は好きだ。
 自身の名前も、父が好きだった酒の銘柄から取ったと言うものだから、酒に対して幼い頃から期待が大きかった。
 そして成人して酒が飲めるようになれば、意気揚々と父と酒を酌み交わし、どっぷりと酒の魅力にハマったものである。
 お陰で二十代後半に差し掛かっている一人田舎暮らし者であるのに、車を運転した事がない。
 金が無いとか免許取るのが面倒いとかではない。飲酒運転だけはするものかと思っているだけだ。
 そんな事をネタの思いつかない頭で考えていれば、台所にはすぐについた。
「酒~、なんかあったかぁね~。」
 祖父母から受け継いだ為、キッチンというよりも台所といった方がしっくりとくるそこに不釣り合いに新しい冷蔵庫。
 はてさて、酒はあるのか…、どうだったか。
 ばっ、と開ければ、冷たい空気が腕に触れる。
「ビールあるじゃん!ラッキー!」
『昼間っからビールかよ。おっさんが。』
 水を得た魚のように顔を輝かせた満作に、呆れ返った何者かの声が届いた。
「あ?こちとらまだまだピチピチの25だ、ぞ、…?」
 聞き捨てならない台詞に喧嘩腰でそちらを見た満作は、ぱちぱちと目を瞬いた。
 相手はまるで幽霊にでもあったかのように目を丸く見開いていて、黒いビー玉のような瞳がよく見える。
 満作は思った。
 目の前のコイツはなんだろう、と。
 恐らく年は同じか下くらい。
 目は大きいが、決して童顔な訳ではなく、派手ではないが整った顔の作りだ。
 これが人間なのであれば、不法侵入だなんだと不審者として扱っただろうが…。
 果たして、この男は人間として扱って良いのだろうか。
 満作が悩んでいるのは、その男の身体が妙に透けており、更には宙に浮いていたことに他ならなかった。
「『…は?』」
 きしくも、長い沈黙の末に出た言葉は短く、被っていくのであった。
 …これ、小説のネタになんねぇかな。
 現実逃避、もしくは職業病かも知れない。そんな事を考えながら、満作は取り敢えずビールに手を伸ばすのであった。
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