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第一章
49 錯乱②
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「!」神経が張りつめていた分隊の全員が、その悲鳴のしたほうを振り向く。
見ると分隊員の一人、女性兵士のアビィが怯えた様子でその場にしゃがみこんでいた。
「アビィ、落ち着いて!」
隣にいたノベルがとっさに身を屈め、アビィをなだめようとする。
「いやっ!いやーっ!」
それでもアビィは取り乱した様子で、頭を振る。ノベルの声も届いていない様子だ。
「どうした!」
突然の出来事にセーグネルが詰め寄る。
「アビィ!立てっ!」
セーグネルがアビィに怒鳴る。戦闘を目前として余裕を持ち得ないセーグネルは、しゃがみこんだアビィの戦闘服の襟元を掴んで、乱暴に彼女を立たせようとする。
「立てアビィ!銃を持って戦え!」
セーグネルが怒鳴るが、アビィは頑としてしゃがみこんだままだ。まるで目の前に迫る現実を遮断するかのように、目を瞑り両手で耳を塞いで、「いやっ、いやっ」と喚いている。
「アビィ!」そばのノベルも彼女に呼び掛けるが効果はない。
(いきなり、どうしてっ……)
セーグネルは戸惑う。確かに、戦闘直前の彼女は緊張した様子で顔色はよくなかった。
しかし、戦闘を前に緊張したり恐怖を抱くのは当たり前のことだ。兵士はそれらと心の中で戦いながら、戦闘に臨まなければならないし、そう訓練されている。
でもなぜ彼女が──とセーグネルは疑問を抱く。
『アマネ』に乗艦し航海を開始して以来、何度も訓練を共にしてきたが、彼女は普通の──心身ともに健全なよく教練された兵士に見えた。
(攻撃隊は予想外だけど、だからといって……)
予想外の展開に、確かに分隊には動揺は走った。だからといって直ちにここまで精神的に錯乱するとは思えない。
(それもと、ジオがいないから──?)
セーグネルの脳裏に、時折目撃した二人の姿がよみがえった。
この少女は、負傷した青年兵士──機銃手のジオとたびたび一緒にいた。
二人が親密にしているようだったのはセーグネルも把握していたが……
──もしや、二人は恋仲だったのだろうか?
彼女にとって、ジオがかけがえのない存在──心身ともに堪える任務のなかで、精神的に大きな支えになっていたとしたら。
……今、この場にジオはいない。
艦内で治療中で今回の戦闘には参戦できない。
そのため独り戦闘に立たされたアビィの心が、いまここで破綻した……そういうことなのか。
──ありえない。
艦が揺れ、セーグネルは一歩その場でよろめいた。その拍子にアビィから手を放してしまう。
敵を目前にして、部隊が機能不全に陥るなど、あってはならない。
(腑抜けめっ……)
セーグネルは目の前のアビィ──自分と歳の変わらぬ少女を軽蔑した。
士官学校に入り、軍の指揮官になるべく今まで努力してきたセーグネルには理解できない事態だった。
敵と勇敢に戦うために、自分達は教えられ、学び、訓練してきたではないか。
国のため、そこに暮らす人々のため──それが、こんな土壇場で使い物にならないなんて。
「っ……」
しかし、今この場でアビィを立ち直らせる言葉を、セーグネルは持ち合わせていなかった。
「敵攻撃隊、さらに接近!距離四百っ!」
他の隊員がセーグネルに向けて声を張り上げる。切迫した声色だ。
──これ以上、構ってられない。
セーグネルは、アビィを見限り、分隊員に向かって声を上げる。
「こいつはもういいっ!第二分隊!敵を迎撃するぞっ!!」
その声は、いつもより上ずって甲板に響いた。
見ると分隊員の一人、女性兵士のアビィが怯えた様子でその場にしゃがみこんでいた。
「アビィ、落ち着いて!」
隣にいたノベルがとっさに身を屈め、アビィをなだめようとする。
「いやっ!いやーっ!」
それでもアビィは取り乱した様子で、頭を振る。ノベルの声も届いていない様子だ。
「どうした!」
突然の出来事にセーグネルが詰め寄る。
「アビィ!立てっ!」
セーグネルがアビィに怒鳴る。戦闘を目前として余裕を持ち得ないセーグネルは、しゃがみこんだアビィの戦闘服の襟元を掴んで、乱暴に彼女を立たせようとする。
「立てアビィ!銃を持って戦え!」
セーグネルが怒鳴るが、アビィは頑としてしゃがみこんだままだ。まるで目の前に迫る現実を遮断するかのように、目を瞑り両手で耳を塞いで、「いやっ、いやっ」と喚いている。
「アビィ!」そばのノベルも彼女に呼び掛けるが効果はない。
(いきなり、どうしてっ……)
セーグネルは戸惑う。確かに、戦闘直前の彼女は緊張した様子で顔色はよくなかった。
しかし、戦闘を前に緊張したり恐怖を抱くのは当たり前のことだ。兵士はそれらと心の中で戦いながら、戦闘に臨まなければならないし、そう訓練されている。
でもなぜ彼女が──とセーグネルは疑問を抱く。
『アマネ』に乗艦し航海を開始して以来、何度も訓練を共にしてきたが、彼女は普通の──心身ともに健全なよく教練された兵士に見えた。
(攻撃隊は予想外だけど、だからといって……)
予想外の展開に、確かに分隊には動揺は走った。だからといって直ちにここまで精神的に錯乱するとは思えない。
(それもと、ジオがいないから──?)
セーグネルの脳裏に、時折目撃した二人の姿がよみがえった。
この少女は、負傷した青年兵士──機銃手のジオとたびたび一緒にいた。
二人が親密にしているようだったのはセーグネルも把握していたが……
──もしや、二人は恋仲だったのだろうか?
彼女にとって、ジオがかけがえのない存在──心身ともに堪える任務のなかで、精神的に大きな支えになっていたとしたら。
……今、この場にジオはいない。
艦内で治療中で今回の戦闘には参戦できない。
そのため独り戦闘に立たされたアビィの心が、いまここで破綻した……そういうことなのか。
──ありえない。
艦が揺れ、セーグネルは一歩その場でよろめいた。その拍子にアビィから手を放してしまう。
敵を目前にして、部隊が機能不全に陥るなど、あってはならない。
(腑抜けめっ……)
セーグネルは目の前のアビィ──自分と歳の変わらぬ少女を軽蔑した。
士官学校に入り、軍の指揮官になるべく今まで努力してきたセーグネルには理解できない事態だった。
敵と勇敢に戦うために、自分達は教えられ、学び、訓練してきたではないか。
国のため、そこに暮らす人々のため──それが、こんな土壇場で使い物にならないなんて。
「っ……」
しかし、今この場でアビィを立ち直らせる言葉を、セーグネルは持ち合わせていなかった。
「敵攻撃隊、さらに接近!距離四百っ!」
他の隊員がセーグネルに向けて声を張り上げる。切迫した声色だ。
──これ以上、構ってられない。
セーグネルは、アビィを見限り、分隊員に向かって声を上げる。
「こいつはもういいっ!第二分隊!敵を迎撃するぞっ!!」
その声は、いつもより上ずって甲板に響いた。
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