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「おーい、樹。そろそろ起きないとマズいんじゃないかー?」


声をかけられたことで、自分がいつの間にか眠っていたことに気付き、慌てて飛び起きる。
そしてすぐにここが全く見覚えのない部屋だとわかり愕然とした。


(嘘でしょ……? 何で……?)


目の前には爽やかな笑顔を浮かべて俺を見つめる深見。……最悪だ。

しかもこの明るさから察するに、俺が眠っていた時間は一時間や二時間っていう『ちょっとうたた寝しました』といった感じではなさそうなのがもっと最悪だ。


(何がどうしてこうなった?)


昨夜の自分の行動を必死に思い出そうとしてみたものの、そもそもいつ眠ってしまったのかがわからない。


「どうした? 大丈夫か?」


自分の身に起こったことが理解出来ずに呆然としていると、俺の内心の困惑を察したのか深見が微妙な表情をした。


「……昨夜って……?」

「サワーをひと口飲んだ後、ずっと黙ってるなぁと思ってたらもう寝てた。最初は急性アルコール中毒になったのかと思ってマジで焦ったよ」

「う……、ごめん」

「すぐに眠ってるだけだってわかったけど、呼んでも揺すっても起きないから、樹をうちに連れてきた」


ということはここは深見の部屋ということで間違いないんだろう。


深見が今更どういうつもりで俺と接触したがっているのかをちゃんと確認して、あらためてもう関わりあいになるつもりはないということをハッキリ伝えようと思っていたのに……。まさかの寝落ち。

俺は深見に比べたら小柄なほうだけど、一応男だし、それなりの重さはある。完全に眠っている状態だったのなら普通以上に重かった事だろう。滅茶苦茶迷惑かけたことは想像に難くない。

しかも過去にフラれた挙げ句に、もう二度と会うつもりのなかった相手の家に泊まるって、俺は一体何をやってるのかと、昨日の俺を徹底的に追及してやりたい。


(やっぱり直接会おうと思ったのが間違いだったな……)


自分の迂闊さ加減をあらためて後悔していると。


「あのさ、考え事してるとこ悪いんだけど。そろそろ本気で時間の心配した方がいいと思うぞ」

「え……」


スマホの画面に表示されている時刻を見せられ、一気に青ざめる。
この部屋がどこかにあるのかはわからないが、俺の家だったら完全に遅刻する時間だ。


「悪い! 迷惑かけたお詫びと話はまた今度! もう行かないと!」


焦りながらベッドをおり、自分の状態を何気なく確認したところで動きを止めた。

上はワイシャツ。下は下着のみ。
全部脱いでなかったことにはホッとしたが、ワイシャツを着たまま寝ていたため、ヨレヨレのシワシワになっていたのだ。


「あ、スーツは皺になるから脱がせた。さすがにシャツまではどうかなって思ったんだけど、脱がせたほうがよかった?」

「……いや、ありがとう」


深見の気遣いには素直に感謝する。
二日間同じものを着たままというのも、ヨレヨレのシャツを着て出社するのも正直抵抗があるが、こうなったのは自分の責任である以上仕方がない。

諦めモードで壁に掛けられていたスーツを手に取ると。


「シャツ貸そうか? 俺のだと少し大きいと思うけど、上着着ればそれほど目立たないと思うから」


深見はそう言ってクローゼットからシャツを持ってきてくれた。

俺は少しの逡巡の後、ありがたく深見の申し出を受けることにしたのだが。


──この時の俺はとにもかくにも焦っていた。

一刻も早くこの部屋から出なければという強迫観念と、遅刻しそうな状況。
とてもじゃないが正常な判断を下せる状態ではなかった。


でもこの判断は間違いだったと、昨日の失態も含めて海より深く反省することになるのは、これから間もなくのことだった。


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