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42.side 桐生臣音 11
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いつものホテルの部屋で樹を待つ。
そんな事は初めてではないというのに、今までにないほどに落ち着かない自分がいた。
改めて樹に自分の気持ちを伝えて一から関係を始める。
そう決意しただけのことなのに、今までとは何もかもが違うように感じられ、真新しい道具がまだしっくりこないような奇妙な感覚に見舞われていた。
まあ、そういう風に感じられるのは単に俺自身の心境の変化が今までにないものだからかもしれないが。
三十過ぎて初恋とも云える事態が訪れたことに、自分でも浮き足だっているのがわかる。
一方ではっきりとした形で樹を繋ぎとめておきたい気持ちはあるものの、それが果たして樹にとって幸せな事なのかと問い掛ける自分もいる。
最近の樹から感じられるのは諦めのような感情と、頑ななまでに距離を保とうとする姿勢。
もしかしたらとっくに終わりが見えている関係なのかもしれないが、それを認めたくないばかりに足掻こうとしているなんて、随分とカッコ悪い真似をしているなと自分でも思っている。
実際こんな風に改まって真摯に相手を求めるなんてことに縁がなかった俺は、自分がこんなにも情けない人間であることに苦笑いするしかなかった。
程なくして部屋のチャイムが樹の到着を知らせる。
やや緊張しながらドアを開けると、そこにはいつもとは少し違った雰囲気の樹がいた。
「急に連絡して悪かったな」
「……いえ。ちょっと飲み過ぎてたんでちょうど良かったです」
ぎこちない笑顔とどこか他所他所しい態度に、俺は樹の異変を察知する。
本人は飲み過ぎたせいだと言ってはいるが、その小さな違和感は俺の中で不安を増幅させていく。
今日、いつものような流れで樹を抱いてしまったら、もう二度とこの腕の中に樹を感じることが出来ないような気がしてならない。
まずは樹の着ていたものをランドリーサービスに頼み、泊まらなければならない理由を作る。
そして今まであれだけ一緒にいながら全く知ることのなかった樹のプライベートな部分に切り込んでいった。
戸惑いながらもポツポツと自分の話をしてくれる樹。
穏やかな時間を過ごせることに幸せを感じる。
しかし、樹はセックスなしで過ごす時間が落ち着かないようで、何度も俺を誘うような言動を繰り返していた。
樹にとって俺は、やはりセフレという認識しかなかったのだと思い知らされ軽く落ち込む。
身体ばかり繋げて心を繋げる努力をしてこなかったことを、たっぷりと後悔しつつも。
「たまにはこうしてただ一緒に眠るだけって日があってもいいだろ?」
なんて俺には似合わない台詞を使ってまで、樹の中での俺の認識を変えようと必死だった。
やがて俺の隣で静かに寝息をたて始めた樹に、どうしようもないほどの愛しさがこみ上げる。
まだ気持ちを伝えたわけじゃない。俺を受け入れてもらえたわけじゃない。
でも無防備な姿を見せ、あどけない表情で眠る樹に。
俺は生まれて初めて味わうような圧倒的な幸福感を感じながら眠りについたのだった。
翌朝、寝起きなのに凄まじいほどの色気を放つ樹の姿を見てあっさりと欲望に負けた俺は、まだ自分の気持ちすら伝えていないというのに樹を抱いてしまった。
快感に溺れ、無我夢中で俺を求める樹。
その表情にはいつもどおり、どこか諦めたような、割りきったようなものが見え隠れしていた。
シャワーの後、すぐにでも帰ろうとする樹をどうやって引き留めるか頭を悩ませた結果。
俺は素直に自分の思っていることを口にすることに決めた。
「樹の今日の予定は?」
「……夕方から友人と会う約束がありますけど」
「じゃあ、それまでは一緒にいられるな」
俺の言葉が余程意外だったのか、樹は俺の顔を見たまま固まっている。
「どうした?」
「……いえ。少し驚いてしまって」
「何に?」
内心苦笑いしつつも素知らぬ振りで尋ねると。
「桐生さんが俺と一緒にいたいと思ってるってことに、ですかね?」
俺の気持ちがこれっぽっちも伝わっていなかったことを嫌といほど認識させられ、あまりの情けなさに笑いすらこみ上げてきた。
でもここまで伝わってなかったというのなら、却ってやる気が出るというものだ。
「……俺は樹を愛してるからな」
出会ってから三年。
一目惚れから始まった俺の恋愛は、この日ようやくスタートラインについたところなのだと改めて実感させられた。
そんな事は初めてではないというのに、今までにないほどに落ち着かない自分がいた。
改めて樹に自分の気持ちを伝えて一から関係を始める。
そう決意しただけのことなのに、今までとは何もかもが違うように感じられ、真新しい道具がまだしっくりこないような奇妙な感覚に見舞われていた。
まあ、そういう風に感じられるのは単に俺自身の心境の変化が今までにないものだからかもしれないが。
三十過ぎて初恋とも云える事態が訪れたことに、自分でも浮き足だっているのがわかる。
一方ではっきりとした形で樹を繋ぎとめておきたい気持ちはあるものの、それが果たして樹にとって幸せな事なのかと問い掛ける自分もいる。
最近の樹から感じられるのは諦めのような感情と、頑ななまでに距離を保とうとする姿勢。
もしかしたらとっくに終わりが見えている関係なのかもしれないが、それを認めたくないばかりに足掻こうとしているなんて、随分とカッコ悪い真似をしているなと自分でも思っている。
実際こんな風に改まって真摯に相手を求めるなんてことに縁がなかった俺は、自分がこんなにも情けない人間であることに苦笑いするしかなかった。
程なくして部屋のチャイムが樹の到着を知らせる。
やや緊張しながらドアを開けると、そこにはいつもとは少し違った雰囲気の樹がいた。
「急に連絡して悪かったな」
「……いえ。ちょっと飲み過ぎてたんでちょうど良かったです」
ぎこちない笑顔とどこか他所他所しい態度に、俺は樹の異変を察知する。
本人は飲み過ぎたせいだと言ってはいるが、その小さな違和感は俺の中で不安を増幅させていく。
今日、いつものような流れで樹を抱いてしまったら、もう二度とこの腕の中に樹を感じることが出来ないような気がしてならない。
まずは樹の着ていたものをランドリーサービスに頼み、泊まらなければならない理由を作る。
そして今まであれだけ一緒にいながら全く知ることのなかった樹のプライベートな部分に切り込んでいった。
戸惑いながらもポツポツと自分の話をしてくれる樹。
穏やかな時間を過ごせることに幸せを感じる。
しかし、樹はセックスなしで過ごす時間が落ち着かないようで、何度も俺を誘うような言動を繰り返していた。
樹にとって俺は、やはりセフレという認識しかなかったのだと思い知らされ軽く落ち込む。
身体ばかり繋げて心を繋げる努力をしてこなかったことを、たっぷりと後悔しつつも。
「たまにはこうしてただ一緒に眠るだけって日があってもいいだろ?」
なんて俺には似合わない台詞を使ってまで、樹の中での俺の認識を変えようと必死だった。
やがて俺の隣で静かに寝息をたて始めた樹に、どうしようもないほどの愛しさがこみ上げる。
まだ気持ちを伝えたわけじゃない。俺を受け入れてもらえたわけじゃない。
でも無防備な姿を見せ、あどけない表情で眠る樹に。
俺は生まれて初めて味わうような圧倒的な幸福感を感じながら眠りについたのだった。
翌朝、寝起きなのに凄まじいほどの色気を放つ樹の姿を見てあっさりと欲望に負けた俺は、まだ自分の気持ちすら伝えていないというのに樹を抱いてしまった。
快感に溺れ、無我夢中で俺を求める樹。
その表情にはいつもどおり、どこか諦めたような、割りきったようなものが見え隠れしていた。
シャワーの後、すぐにでも帰ろうとする樹をどうやって引き留めるか頭を悩ませた結果。
俺は素直に自分の思っていることを口にすることに決めた。
「樹の今日の予定は?」
「……夕方から友人と会う約束がありますけど」
「じゃあ、それまでは一緒にいられるな」
俺の言葉が余程意外だったのか、樹は俺の顔を見たまま固まっている。
「どうした?」
「……いえ。少し驚いてしまって」
「何に?」
内心苦笑いしつつも素知らぬ振りで尋ねると。
「桐生さんが俺と一緒にいたいと思ってるってことに、ですかね?」
俺の気持ちがこれっぽっちも伝わっていなかったことを嫌といほど認識させられ、あまりの情けなさに笑いすらこみ上げてきた。
でもここまで伝わってなかったというのなら、却ってやる気が出るというものだ。
「……俺は樹を愛してるからな」
出会ってから三年。
一目惚れから始まった俺の恋愛は、この日ようやくスタートラインについたところなのだと改めて実感させられた。
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