上 下
27 / 50

27

しおりを挟む
月曜日。
社内はある噂で持ちきりだった。



「ねぇ、桐生専務、ついに結婚するってホント?」


お昼休み。社員食堂でランチをしていた俺と関口のところに、営業課にいる同期の高野優菜ゆうなが血相変えてやってきた。

関口は俺のほうをチラリと見ると、困ったような顔してから口を開く。


「どういう訳か朝からそういう噂が流れてるみたいだけど、今のところ秘書室ではその件に関することは何も把握していないわ」


もうこれで何人目になるのか知らないが、会う人会う人に聞かれているらしく、答える関口の口調はどこかおざなりなものに感じられる。

俺はあえてその会話には口を挟まず、黙々とカレーを口に運んだ。


俺がその噂を知ったのは、今朝出社してすぐのこと。
同じ営業企画部の先輩が他の部の女性社員と話しているのがたまたま聞こえてしまったのだ。

そこで聞かなくてもこれだけ社内に噂が出回っていれば、遅かれ早かれ知ることになっていただろうとは思うけど、朝イチで聞いた話がこれだっただけに、ただでさえ憂鬱な月曜日が一層憂鬱なものになった気がした。

でもいつかはこんな日がくると以前から覚悟していたせいか。それとも一昨日の夜、情けなくも泣いてしまった事で心の整理が少しはついていたせいか。予想していたよりも随分と冷静でいられた。

それに金曜日の夜の急な呼び出しと、あの不可解な言動の原因はこれだったのかと思ったら、なんか妙に納得できた。

俺が今の関係に行き詰まりを感じていることを察して、たまには餌をやろうという気になったのかと思っていたのだが、どうやらそういうことではなかったらしい。

もしかしたら少しくらいは後ろめたさのようなものを感じてくれているのかと思ったら、なんともいえない奇妙な気持ちにさせられたけれど……。

今だって、この話を聞いて胸の奥が少しだけ重くなった気がしたものの、特に狼狽えることもなく普段どおりの態度で食事もとれている。


たださっきから誰かにこの話を聞かれる度、関口が俺のほうをチラリと見ることだけは気になって仕方ない。

何回も同じ質問をされてうんざりしているという態度の表れか。はたまた俺と桐生さんの関係を勘繰っていて、この話が出た時の俺の反応を窺うためか。

土曜日に話をした時に俺の相手を『桐生専務のような人』と例えられただけに、やっぱり関口は何か知っているんじゃないかと思ってしまうのだ。


そんな俺の気掛かりを他所に、今話を聞いた高野は関口の隣に座ると、どこか不満そうな顔で『本日のランチ』を食べ始めた。


「えー、そうなの? 今日はどこ行ってもその話ばっかりだったから、てっきり本決まりかと思ったのに……」

「どこから出た話なのかわからないけど、あっという間に広がったわよね。今日は桐生専務社内にいらっしゃらないから尚更。
それはそうと、高野って桐生専務のこと好きだったんじゃないの? 結婚の話が単なる噂だっていうほうが嬉しいのかと思ってた」

「え?高野って桐生専務のこと好きなの?」


好きという言葉に思わず反応してしまった俺に、高野がカラカラと笑いながら否定する。


「違う違う。好きっていっても恋愛的なものじゃなくて、単に身近にいるハイスペックなイケメンに興味があるだけ。見てるだけで満足っていうか、ぶっちゃけ観賞用っていうか」

「観賞用……」

「そ、同じ世界に存在してない人って感じだから恋愛対象にはならないわよ。
桐生専務ってさ、なんか隙がないほど完璧じゃない?私は自分の身のほどをよく知ってるからさー、あのレベルになると、最早付き合いたいとも自分が付き合えるとも思わない訳」


高野の言葉に現実を思い知らされ、いかに俺が身のほど知らずだったのかを痛感させられた気がする。


「……へぇ、そんなもんなんだ」

「そんなもんよ。背伸びしたって届かないところに無理していくよりも、手堅いところで一番良いものゲットするほうが良いと思わない?」

「……まあ、そうかもね」


土曜の夜に引き続き、関口がまたしても何か言いたそうな顔で俺のほうを見ているのがわかったが、俺はあえてそれに気付かない振りをして、高野の話に同意するように相槌を打った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

管理委員長なんてさっさと辞めたい

白鳩 唯斗
BL
王道転校生のせいでストレス爆発寸前の主人公のお話

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

処理中です...