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月曜日。
社内はある噂で持ちきりだった。
「ねぇ、桐生専務、ついに結婚するってホント?」
お昼休み。社員食堂でランチをしていた俺と関口のところに、営業課にいる同期の高野優菜が血相変えてやってきた。
関口は俺のほうをチラリと見ると、困ったような顔してから口を開く。
「どういう訳か朝からそういう噂が流れてるみたいだけど、今のところ秘書室ではその件に関することは何も把握していないわ」
もうこれで何人目になるのか知らないが、会う人会う人に聞かれているらしく、答える関口の口調はどこかおざなりなものに感じられる。
俺はあえてその会話には口を挟まず、黙々とカレーを口に運んだ。
俺がその噂を知ったのは、今朝出社してすぐのこと。
同じ営業企画部の先輩が他の部の女性社員と話しているのがたまたま聞こえてしまったのだ。
そこで聞かなくてもこれだけ社内に噂が出回っていれば、遅かれ早かれ知ることになっていただろうとは思うけど、朝イチで聞いた話がこれだっただけに、ただでさえ憂鬱な月曜日が一層憂鬱なものになった気がした。
でもいつかはこんな日がくると以前から覚悟していたせいか。それとも一昨日の夜、情けなくも泣いてしまった事で心の整理が少しはついていたせいか。予想していたよりも随分と冷静でいられた。
それに金曜日の夜の急な呼び出しと、あの不可解な言動の原因はこれだったのかと思ったら、なんか妙に納得できた。
俺が今の関係に行き詰まりを感じていることを察して、たまには餌をやろうという気になったのかと思っていたのだが、どうやらそういうことではなかったらしい。
もしかしたら少しくらいは後ろめたさのようなものを感じてくれているのかと思ったら、なんともいえない奇妙な気持ちにさせられたけれど……。
今だって、この話を聞いて胸の奥が少しだけ重くなった気がしたものの、特に狼狽えることもなく普段どおりの態度で食事もとれている。
たださっきから誰かにこの話を聞かれる度、関口が俺のほうをチラリと見ることだけは気になって仕方ない。
何回も同じ質問をされてうんざりしているという態度の表れか。はたまた俺と桐生さんの関係を勘繰っていて、この話が出た時の俺の反応を窺うためか。
土曜日に話をした時に俺の相手を『桐生専務のような人』と例えられただけに、やっぱり関口は何か知っているんじゃないかと思ってしまうのだ。
そんな俺の気掛かりを他所に、今話を聞いた高野は関口の隣に座ると、どこか不満そうな顔で『本日のランチ』を食べ始めた。
「えー、そうなの? 今日はどこ行ってもその話ばっかりだったから、てっきり本決まりかと思ったのに……」
「どこから出た話なのかわからないけど、あっという間に広がったわよね。今日は桐生専務社内にいらっしゃらないから尚更。
それはそうと、高野って桐生専務のこと好きだったんじゃないの? 結婚の話が単なる噂だっていうほうが嬉しいのかと思ってた」
「え?高野って桐生専務のこと好きなの?」
好きという言葉に思わず反応してしまった俺に、高野がカラカラと笑いながら否定する。
「違う違う。好きっていっても恋愛的なものじゃなくて、単に身近にいるハイスペックなイケメンに興味があるだけ。見てるだけで満足っていうか、ぶっちゃけ観賞用っていうか」
「観賞用……」
「そ、同じ世界に存在してない人って感じだから恋愛対象にはならないわよ。
桐生専務ってさ、なんか隙がないほど完璧じゃない?私は自分の身のほどをよく知ってるからさー、あのレベルになると、最早付き合いたいとも自分が付き合えるとも思わない訳」
高野の言葉に現実を思い知らされ、いかに俺が身のほど知らずだったのかを痛感させられた気がする。
「……へぇ、そんなもんなんだ」
「そんなもんよ。背伸びしたって届かないところに無理していくよりも、手堅いところで一番良いものゲットするほうが良いと思わない?」
「……まあ、そうかもね」
土曜の夜に引き続き、関口がまたしても何か言いたそうな顔で俺のほうを見ているのがわかったが、俺はあえてそれに気付かない振りをして、高野の話に同意するように相槌を打った。
社内はある噂で持ちきりだった。
「ねぇ、桐生専務、ついに結婚するってホント?」
お昼休み。社員食堂でランチをしていた俺と関口のところに、営業課にいる同期の高野優菜が血相変えてやってきた。
関口は俺のほうをチラリと見ると、困ったような顔してから口を開く。
「どういう訳か朝からそういう噂が流れてるみたいだけど、今のところ秘書室ではその件に関することは何も把握していないわ」
もうこれで何人目になるのか知らないが、会う人会う人に聞かれているらしく、答える関口の口調はどこかおざなりなものに感じられる。
俺はあえてその会話には口を挟まず、黙々とカレーを口に運んだ。
俺がその噂を知ったのは、今朝出社してすぐのこと。
同じ営業企画部の先輩が他の部の女性社員と話しているのがたまたま聞こえてしまったのだ。
そこで聞かなくてもこれだけ社内に噂が出回っていれば、遅かれ早かれ知ることになっていただろうとは思うけど、朝イチで聞いた話がこれだっただけに、ただでさえ憂鬱な月曜日が一層憂鬱なものになった気がした。
でもいつかはこんな日がくると以前から覚悟していたせいか。それとも一昨日の夜、情けなくも泣いてしまった事で心の整理が少しはついていたせいか。予想していたよりも随分と冷静でいられた。
それに金曜日の夜の急な呼び出しと、あの不可解な言動の原因はこれだったのかと思ったら、なんか妙に納得できた。
俺が今の関係に行き詰まりを感じていることを察して、たまには餌をやろうという気になったのかと思っていたのだが、どうやらそういうことではなかったらしい。
もしかしたら少しくらいは後ろめたさのようなものを感じてくれているのかと思ったら、なんともいえない奇妙な気持ちにさせられたけれど……。
今だって、この話を聞いて胸の奥が少しだけ重くなった気がしたものの、特に狼狽えることもなく普段どおりの態度で食事もとれている。
たださっきから誰かにこの話を聞かれる度、関口が俺のほうをチラリと見ることだけは気になって仕方ない。
何回も同じ質問をされてうんざりしているという態度の表れか。はたまた俺と桐生さんの関係を勘繰っていて、この話が出た時の俺の反応を窺うためか。
土曜日に話をした時に俺の相手を『桐生専務のような人』と例えられただけに、やっぱり関口は何か知っているんじゃないかと思ってしまうのだ。
そんな俺の気掛かりを他所に、今話を聞いた高野は関口の隣に座ると、どこか不満そうな顔で『本日のランチ』を食べ始めた。
「えー、そうなの? 今日はどこ行ってもその話ばっかりだったから、てっきり本決まりかと思ったのに……」
「どこから出た話なのかわからないけど、あっという間に広がったわよね。今日は桐生専務社内にいらっしゃらないから尚更。
それはそうと、高野って桐生専務のこと好きだったんじゃないの? 結婚の話が単なる噂だっていうほうが嬉しいのかと思ってた」
「え?高野って桐生専務のこと好きなの?」
好きという言葉に思わず反応してしまった俺に、高野がカラカラと笑いながら否定する。
「違う違う。好きっていっても恋愛的なものじゃなくて、単に身近にいるハイスペックなイケメンに興味があるだけ。見てるだけで満足っていうか、ぶっちゃけ観賞用っていうか」
「観賞用……」
「そ、同じ世界に存在してない人って感じだから恋愛対象にはならないわよ。
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高野の言葉に現実を思い知らされ、いかに俺が身のほど知らずだったのかを痛感させられた気がする。
「……へぇ、そんなもんなんだ」
「そんなもんよ。背伸びしたって届かないところに無理していくよりも、手堅いところで一番良いものゲットするほうが良いと思わない?」
「……まあ、そうかもね」
土曜の夜に引き続き、関口がまたしても何か言いたそうな顔で俺のほうを見ているのがわかったが、俺はあえてそれに気付かない振りをして、高野の話に同意するように相槌を打った。
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