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いつものホテルに到着し、桐生さんが待つ部屋へと向かう。

今日は元々ここへ来る予定などなかったため、最近ずっと預かりっぱなしになっているカードキーは持っていない。

チャイムを鳴らそうとボタンに手を伸ばしたところで、なんとなくすぐに押す気にはなれず、暫くの間ドアの前へと立ち尽くしていた。


今、誰かがこのフロアに来たら、完全に不振人物だと思われるに違いない。

それがわかっていても一度躊躇いを感じてしまったためか、なかなか気持ちに折り合いがつかず、ただチャイムを押すというだけの行為が酷く億劫に感じられた。


やっぱり行けなくなったって連絡して、このまま帰ろうか……。

本気で実行しようか少しだけ迷った後、結局俺は大きく息を吐き出すことで憂鬱な気持ちを無理矢理抑え込むと、やっとの思いでチャイムを押した。


「急に連絡して悪かったな」


それほど待たずにドアが開けられ、バスローブ姿の桐生さんに招き入れられる。


「……いえ。ちょっと飲み過ぎてたんでちょうど良かったです」


俺は心にも無いことを言いながら、ぎこちない笑みを浮かべた。
この部屋に入ってさえしまえば、それなりに気持ちを切り替えられる。

そんな自分にホッとした。


「珍しいな。樹が飲み過ぎるなんて」

「……俺だってたまにはこんなこともありますよ」


桐生さんと一緒にいる時は、その先にある行為の事を考慮して、ある程度色んな事をセーブしているから飲み過ぎるなんてことはないが、今日は元々会う予定が無かった上に、気安い同期との飲み会ということもあって、飲酒が過ぎた感は否めない。


別に咎められた訳ではないのはわかっていても、どこか後ろめたさのようなものを感じてしまった俺は、これ以上桐生さんの顔を見ていられず、いつもこの部屋を訪れた時にしてるのと同じように足早にバスルームへと向かった。


妙に後ろめたい気持ちになっている原因はわかっている。

最近桐生さんとの関係に限界を感じ、出来れば距離を置きたいと思ってるくせに、誘われればやっぱり断れず、のこのことこんな所にやってくることを了承した挙げ句、更に今日は深見から逃れるために桐生さんの誘いを利用した形となったのだ。

俺は一方的に感じている後ろめたさごと洗い流すように丹念に身体を洗うと、いつもより長くシャワーの粒に打たれ続けた。


バスルームを出たところでふと気付く。


──さっき脱いだ俺の服が見当たらない。


どういう事かと首を捻りながらバスローブを羽織ってリビングスペースに行くと、桐生さんはソファーに座りながらゆったりとワインを楽しんでいた。

テーブルの上にはルームサービスで頼んだのであろう軽食と飲み物が置かれている。


「ルームサービスが来たついでに樹の着ていたものはランドリーサービスに出しておいた。
明日の朝に届けてくれるそうだ」

「え……?」


意外過ぎる展開に一瞬何を言われてるのか理解出来なかった。

頭の中には『何で?』という疑問符しか浮かばない。


「せっかくシャワー浴びたのに、またあのスーツで帰るつもりか?」


言われてみれば、シャワーを浴びてすっきりしたのに居酒屋特有の雑多な匂いが染み付いたスーツに再び袖を通す気には確かになれない。

でも。

明日の朝に届くということは、今夜俺はこの部屋に泊まらなきゃということで。
桐生さんとこんな関係になってから一度も朝まで一緒に過ごしたことの無かった俺は、どんな反応をすればいいのかわからなかった。
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