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深見から離れられたことにホッとしていたのも束の間。


「樹!」


大通りに出たところで背後から大声で名前を呼ばれ、俺はその声の主の姿を認めた途端、舌打ちしたくなった。


(なんで追いかけてくるんだよ!)


どうやらさっき俺に対して言いたいことがありそうな顔をしていたのは思い過ごしではなかったらしい。

このまま聞こえない振りをして歩き続けようかと思ったが、週末の夜の街は人通りも多く、これ以上大声で呼ばれることで変に悪目立ちしてしまうのは嫌なので、仕方なく歩みを止めることにした。

深見はどこかホッとしたような顔をするとすぐに俺に追い付き、いきなり両手で俺の腕を掴んできた。

絶対に逃がさないとでも言いたそうな深見の態度に俺の苛立ちは急上昇していく。


「離せよ」


不愉快だという気持ちを隠しもせずに冷たく言い放つと、今度は身体ごと抱き締められ一瞬思考が停止した。


「な……っ……!」


(こんな人通りの多い往来でなに考えてるんだ。コイツは!)


怒鳴り付けてやろうかとも思ったが、今は週末の夜。
酔っぱらいのこうした行動は然程珍しいものではないと判断して口を噤んだ。

すると深見は益々力を込めて俺の身体を抱き締めたのだ。


「樹、ちょっと話出来ないか?」


すぐ耳許で深見の声がする。


「は?今更話って何? 俺、急いでんだけど」


少しだけ胸が痛んだが、これは単に感傷に過ぎないのだと自分に言い聞かせ、淡々とした口調でそう言った。


「少しでいいんだ。樹と話がしたい。頼む」


必死の様相で懇願する深見に俺はどうするべきか逡巡する。


この体勢で話とか笑わせる。
今更何を話すって?

そんな言葉しか浮かんでこない。


俺達の関係はあの卒業式の日の夜。俺が友達という関係を越えるものを望んでしまったことで終わってしまった筈だ。

俺は深見が好きだった。その想いは深見には届かなかった。

それが全てであり、今更話すことなど何もない。


(もしかして、久しぶりに会った友達と近況報告でもしあいたかった?それともそれなりに時間も経ったし、また前みたいに友達に戻って仲良く話せるとでも思ったのか?)


頭に浮かんだ可能性にうんざりとした気持ちにさせられる。


深見の事は一応自分の中では過去の事になっていて、今更俺の方から言いたいことなど何もない。
むしろ深見の話も聞きたくないが、そうすることでこの場をやり過ごせるなら、そのほうが手っ取り早い気もする。


「……わかったから離してくれ。この体勢じゃ話づらい」


俺は色んな事が面倒になり、全身の力を抜くと小さくため息を吐いた。
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