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ディスプレイに表示されていたのは桐生さんの名前。

その文字を見た途端、胸の奥に無理矢理何かを詰め込まれたような重たさと息苦しさを感じ、それ以上画面を見続けることが苦痛に感じられた。

俺はその不快な何かに気付かなかった振りをして、送られてきたメッセージを確認する。


『これから会えないか?』


いつもやり取りしている時と変わらない簡潔な文章。

しかしながら、今までになかったパターンの誘いに軽く目を瞠る。


彼と会う時はいつも事前に予定の擦り合わせがあるのが常で、こんな風に急に連絡が来て会いたいなどと言われることは今までになかった事なのだ。

そもそも今日俺に予定があることは事前に伝えてあったし、桐生さんも予定があると言っていた筈。


(……何かあったんだろうか?)


少しだけ不安になるが、俺が気にすることではないとすぐに思い直す。


何となく気乗りしないまでも珍し過ぎる桐生さんの誘いを無視する訳にもいかず、どう返事を送ろうか少し迷ってから『わかりました。一次会が終わり次第向かいます』と、メッセージを送った。

たったそれだけ送るのに、酷く気力を消耗した気になった俺は、大きく息を吐き出すと、遠目にも随分と話が弾んでいるように見える二人の所へと戻ったのだった。

俺が近付いたところで二人がほぼ同時に俺の方に視線を寄越す。

確実に俺の噂をされていたんだろうなとは思いつつも、敢えて余計な詮索はせず、さっさとこの場を去る選択をした。


「関口、悪いけど俺帰るから」

「わかった。中に戻ると確実に帰れなくなるからこのまま帰りなよ。財布とスマホは持ってるんでしょ? 鞄は明日家まで届けてあげるから」


この場は逃げられても、明日尋問されることは決定事項らしい。

俺は苦笑いしつつ、頼れる友人に礼を言った。


「サンキュ。じゃあお礼に明日のランチは関口の好きなとこに行こう。行きたいとこ決まったらメールして」


実は関口とは偶然にも住んでいるマンションが道路を挟んで斜め前と近く、会おうと思えばすぐ会える距離にいるので、わざわざ鞄を届けてもらうことにも然程遠慮しなくて済む。

こんな状態だから他人から見ると付き合ってるとしか思われないんだろうというのはわかっているが、お互い特に気にしてないし、噂をいちいち否定するのも面倒なので放っておいているのだ。

もし関口に特定の誰かが出来たら全力で噂を否定して回るつもりではいるけれど。


「やった。楽しみにしてるね。
──色々と」


含みのある言い方をしてくる関口の表情は一見すると純粋に喜んでいるように見えなくもないが、その目は明らかに俺と深見の間にある何かを感じとり、その真相を聞きたがっていることがよく窺えるものだった。


(こりゃ明日は正直に答えないと大変なことになりそうだな……)


俺はそそくさと逃げるように関口に別れを告げると、深見が何か言いたそうにしているのをあえて気付かない振りをして、桐生さんが待つホテルに向かうため、最寄り駅へと歩き出した。
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