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同じ会社に所属しているとはいえ、そもそも俺とは住む世界すら違う桐生さんとの関係は、偶然の産物とも云える出来事から始まった。
入社してから三ヶ月後。様々な研修を経て配属されたのは、当時桐生さんが部長をしていた営業企画部。
営業企画という部署は、実動部隊ともいえる営業部門が目標達成をするための戦略や目標を立て、その達成をバックアップする部門で、仕事内容は多岐にわたる上、仕事をするために必要な知識を得るために自ら進んで勉強をしなければ全く役に立たないというハイレベルな部署だった。
大学を卒業したてでまだ使えない新入社員といえどもやることが山ほどあり、猫の手も借りたいというのはこういうことなのかと実感出来るような職場ではあったものの、社会人としてのスタートを切ったばかりの俺に色んな物をもたらしてくれた。
当時の俺は数年にも渡る片想いの結果、最早微塵も希望が見出だせないほどの決定的な失恋を経験しており、ふとした拍子にその事を思い出しては、込み上げてくる苦しい思いに心を苛まれ、眠れぬ夜を送っていた。
失恋直後はその苦しみから逃れるために、適当な相手を見繕っては身体を重ね、一時の快楽に逃げるという無駄な行為を繰り返したりもしていたのだが、それは余計に心身ともに疲弊させる行為でしかないのだとすぐに思い知らされたのだった。
行為が終わり自分の部屋に帰ってひとりになれば、虚しさや後悔がドッと押し寄せる。
かといって独りではいられず、つい仮初めの温もりと快楽に逃げてしまうということの繰り返し。
そんな負の連鎖を止めてくれるきっかけとなったのは、意外にも息つく暇もないほどの仕事量だった。
余計な事を考えず常に忙しくしていられる状況というのは非常にありがたいもので、俺は毎日仕事に没頭することで雑念を振り払い、ある意味充実した毎日を送ることが出来ていた。
そんな俺が桐生さんと身体を重ねる関係に発展したのは入社から半年が経ったある日のこと。
桐生さんは俺が所属する営業企画部の部長ではあったものの、組織の末端である新入社員の俺との接点はほとんどなく、直接話すことすら極稀で。
何でも出来る完璧な上司である桐生さんが苦手で堪らなかった俺は積極的に彼と関わりたいとすら思っていなかった。
その日の俺は次の週に予定されていた戦略会議に使う資料作りのため、配属後からずっと指導についてくれている先輩と一緒に時間外業務に勤むはずだった。
ところがいまいち集中力に欠けていた俺はあまり戦力にならなかったようで、残業時間に突入して早々に先輩から『たまには早目に帰ったら』と言われてしまったのだ。
この会社の就業時間は午前九時から午後六時。
時刻は終業時間からそれほど時間の経っていない午後七時過ぎ。
申し訳なさを滲ませつつも、自分の気持ちを立て直して仕事に集中出来る自信のなかった俺は、先輩の厚意をありがたく受け取り先に退社することに決めた。
正直こんな自分が情けなくて悔しかった。
それまでの俺は、仕事に集中してきたお陰で失恋の痛みから遠ざかることが出来ていたと思っていたし、先輩達のように終電ギリギリまで残業する事はないまでも、せめてやれる範囲で自分の出来ることをやろうと普段から努力してきたつもりだった。
でもこの日の俺はどう考えても万全のコンディションとは言い難い状況で、無理矢理仕事をするほうが却って足手まといになるような情けない状態だったのだ。
弱り目に祟り目。
そんな言葉が頭を過ったが、すぐに全部自分が弱いせいだと思い直し自嘲した。
すっかり暗くなった外の様子を、エレベーターホールから見える窓からぼんやりと見つめながらエレベーターが来るのを待つ。
結構せっかちな性格の俺は、いつもならエレベーターを待つ時間がもったいない気がして下の階に下りるだけなら階段を利用することが多いのだが、この日はなんとなく気力が沸かなくて階段を使う気になれずにいた。
こんな状態になった原因は自分でも嫌というほどわかっている。
俺はごちゃごちゃになった色んな気持ちを吐き出すように深いため息を吐いた。
入社してから三ヶ月後。様々な研修を経て配属されたのは、当時桐生さんが部長をしていた営業企画部。
営業企画という部署は、実動部隊ともいえる営業部門が目標達成をするための戦略や目標を立て、その達成をバックアップする部門で、仕事内容は多岐にわたる上、仕事をするために必要な知識を得るために自ら進んで勉強をしなければ全く役に立たないというハイレベルな部署だった。
大学を卒業したてでまだ使えない新入社員といえどもやることが山ほどあり、猫の手も借りたいというのはこういうことなのかと実感出来るような職場ではあったものの、社会人としてのスタートを切ったばかりの俺に色んな物をもたらしてくれた。
当時の俺は数年にも渡る片想いの結果、最早微塵も希望が見出だせないほどの決定的な失恋を経験しており、ふとした拍子にその事を思い出しては、込み上げてくる苦しい思いに心を苛まれ、眠れぬ夜を送っていた。
失恋直後はその苦しみから逃れるために、適当な相手を見繕っては身体を重ね、一時の快楽に逃げるという無駄な行為を繰り返したりもしていたのだが、それは余計に心身ともに疲弊させる行為でしかないのだとすぐに思い知らされたのだった。
行為が終わり自分の部屋に帰ってひとりになれば、虚しさや後悔がドッと押し寄せる。
かといって独りではいられず、つい仮初めの温もりと快楽に逃げてしまうということの繰り返し。
そんな負の連鎖を止めてくれるきっかけとなったのは、意外にも息つく暇もないほどの仕事量だった。
余計な事を考えず常に忙しくしていられる状況というのは非常にありがたいもので、俺は毎日仕事に没頭することで雑念を振り払い、ある意味充実した毎日を送ることが出来ていた。
そんな俺が桐生さんと身体を重ねる関係に発展したのは入社から半年が経ったある日のこと。
桐生さんは俺が所属する営業企画部の部長ではあったものの、組織の末端である新入社員の俺との接点はほとんどなく、直接話すことすら極稀で。
何でも出来る完璧な上司である桐生さんが苦手で堪らなかった俺は積極的に彼と関わりたいとすら思っていなかった。
その日の俺は次の週に予定されていた戦略会議に使う資料作りのため、配属後からずっと指導についてくれている先輩と一緒に時間外業務に勤むはずだった。
ところがいまいち集中力に欠けていた俺はあまり戦力にならなかったようで、残業時間に突入して早々に先輩から『たまには早目に帰ったら』と言われてしまったのだ。
この会社の就業時間は午前九時から午後六時。
時刻は終業時間からそれほど時間の経っていない午後七時過ぎ。
申し訳なさを滲ませつつも、自分の気持ちを立て直して仕事に集中出来る自信のなかった俺は、先輩の厚意をありがたく受け取り先に退社することに決めた。
正直こんな自分が情けなくて悔しかった。
それまでの俺は、仕事に集中してきたお陰で失恋の痛みから遠ざかることが出来ていたと思っていたし、先輩達のように終電ギリギリまで残業する事はないまでも、せめてやれる範囲で自分の出来ることをやろうと普段から努力してきたつもりだった。
でもこの日の俺はどう考えても万全のコンディションとは言い難い状況で、無理矢理仕事をするほうが却って足手まといになるような情けない状態だったのだ。
弱り目に祟り目。
そんな言葉が頭を過ったが、すぐに全部自分が弱いせいだと思い直し自嘲した。
すっかり暗くなった外の様子を、エレベーターホールから見える窓からぼんやりと見つめながらエレベーターが来るのを待つ。
結構せっかちな性格の俺は、いつもならエレベーターを待つ時間がもったいない気がして下の階に下りるだけなら階段を利用することが多いのだが、この日はなんとなく気力が沸かなくて階段を使う気になれずにいた。
こんな状態になった原因は自分でも嫌というほどわかっている。
俺はごちゃごちゃになった色んな気持ちを吐き出すように深いため息を吐いた。
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