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10.少し前の話です!その7
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「芸能プロダクション……」
あまりに馴染みのない単語を聞いておうむ返しのように呆然と呟いた俺を他所に、遥斗さんは静かに立ち上がると、元々俺の部屋で今は一緒に使っている隣の部屋に行き、自分の荷物から何かを取り出して戻ってきた。
そして再びテーブルを挟んだ俺の向かい側に座り、一枚の小さな紙を差し出す。
それは遥斗さんの名前が書かれた名刺で、そこには『相楽プロモーション代表取締役社長 相楽 遥斗』と書いてある。
「『相楽プロモーション』っていうんだ。創業者は父の相楽奏介。【Jewel Rays】の他にも俳優やモデル、ミュージシャンとかが所属している芸能事務所だよ」
何と言ったらいいのかわからず、俺は手に取った名刺を凝視してしまった。
「お陰様で結構仕事をもらう事が出来ててね、今いるスタッフじゃ人手が足りなくなってきてるんだ。凛が来てくれるなら大歓迎なんだけど」
そうは言われても、まだ高校も卒業出来てない状態で、働いた経験といったらコンビニでのバイトだけ。
そんな自分がまともに出来る事と言ったら家事くらいのものだ。
「俺じゃ遥斗さんのお役には立てないと思います」
「何で?」
「俺には社会経験もありませんし、テレビとか雑誌とかも見ないので芸能人のこともよく知りません」
「仕事はちゃんと教えるから大丈夫。新入社員なんてみんな社会経験ないから。芸能人のことはマネージャーとかになるんだったら勉強してもらわないとだけど、内部勤務なら自分とこに所属している人間さえ知っておけば問題ない。外部の人間は業務をこなしてれば自然と覚えるだろうし」
そういうもんなのかな、なんてふと考えた時。
俺は重大な問題に気付いてしまった。
【Jewel Rays】って、大手コンビニチェーンとコラボするくらいだから相当人気もあって知名度もあるんだろう。
そんな人気アイドルを抱えている事務所なら就職したい人はいっぱいいるわけで。
いくら社長の血縁だといっても何にも知らない高卒の人間が働いていいような場所じゃない気がする。
「そういう世界の仕事。俺には絶対向いてないと思います」
「そうかな?普通の会社と変わらないと思うけど。 だったら凛が自分で向いてると思う仕事って何?」
そう聞かれると何も答えられない。
「じゃあ、凛が得意なことは?」
「……人に聞かれて答えられるようなものは何も。──俺、人並みに出来るの家事だけかもしれません」
「だったらそれを仕事にしてみる?」
家事のスキルを本当に仕事に活かせるんだったら嬉しいが、俺はその道のプロじゃない。
俺はちょっとだけ返事を躊躇ってしまった。
すると。
「実は今、事務所が管理しているシェアハウスで家事と管理をしてくれる人を探してたんだ。あそこだったら凛も一緒に住めるし」
遥斗さんはどことなく嬉しそうにそう提案してきた。
「もし大学に行くことになってもそこから通えばいいし、そうなってもちゃんと給料出すから一石二鳥だと思うけど」
なんかもうここまで言われたら断りづらい……。
しかしまだ往生際悪く断る理由を探していると。
「もし凛が別の仕事がいいって言うなら事務所のほうで仕事用意するよ。なんならいっそのこと凛もアイドルやってみる?そっちでもいけると思うよ」
とんでもない提案をされ、俺は大慌てで首を振った。
「それこそ向いてないとかいうレベルじゃなくて絶対無理です!家事と管理のほうでお願いします!!」
「じゃあ、決まりだね。一緒に住めないのは残念だけど、凛が近くに来てくれて、仕事を手伝ってくれるのは嬉しいよ。父も喜んでると思う。でも一応方向性は決まったといっても、当初の予定どおり大学は受けてね。せっかく京子さんが用意してくれた機会だから」
俺はその言葉にハッとした。
そうか、言われてみればその通りかもしれない。
母がいなくなったことで勝手に大学進学が意味のないことのように思えていたけど、この受験自体が母の与えてくれたチャンス。俺の気持ちだけで不意にしていいことじゃない。
──受験、してみるか……。
大学に行って何がやりたいとかってわけじゃないけど、それを探す四年間にしてもいいのかもしれない。
なんか上手く丸め込まれた気がしなくもないが、この時の俺はとりあえず自分が進むべき方向が定まったことに正直ホッとしていたのだった。
あまりに馴染みのない単語を聞いておうむ返しのように呆然と呟いた俺を他所に、遥斗さんは静かに立ち上がると、元々俺の部屋で今は一緒に使っている隣の部屋に行き、自分の荷物から何かを取り出して戻ってきた。
そして再びテーブルを挟んだ俺の向かい側に座り、一枚の小さな紙を差し出す。
それは遥斗さんの名前が書かれた名刺で、そこには『相楽プロモーション代表取締役社長 相楽 遥斗』と書いてある。
「『相楽プロモーション』っていうんだ。創業者は父の相楽奏介。【Jewel Rays】の他にも俳優やモデル、ミュージシャンとかが所属している芸能事務所だよ」
何と言ったらいいのかわからず、俺は手に取った名刺を凝視してしまった。
「お陰様で結構仕事をもらう事が出来ててね、今いるスタッフじゃ人手が足りなくなってきてるんだ。凛が来てくれるなら大歓迎なんだけど」
そうは言われても、まだ高校も卒業出来てない状態で、働いた経験といったらコンビニでのバイトだけ。
そんな自分がまともに出来る事と言ったら家事くらいのものだ。
「俺じゃ遥斗さんのお役には立てないと思います」
「何で?」
「俺には社会経験もありませんし、テレビとか雑誌とかも見ないので芸能人のこともよく知りません」
「仕事はちゃんと教えるから大丈夫。新入社員なんてみんな社会経験ないから。芸能人のことはマネージャーとかになるんだったら勉強してもらわないとだけど、内部勤務なら自分とこに所属している人間さえ知っておけば問題ない。外部の人間は業務をこなしてれば自然と覚えるだろうし」
そういうもんなのかな、なんてふと考えた時。
俺は重大な問題に気付いてしまった。
【Jewel Rays】って、大手コンビニチェーンとコラボするくらいだから相当人気もあって知名度もあるんだろう。
そんな人気アイドルを抱えている事務所なら就職したい人はいっぱいいるわけで。
いくら社長の血縁だといっても何にも知らない高卒の人間が働いていいような場所じゃない気がする。
「そういう世界の仕事。俺には絶対向いてないと思います」
「そうかな?普通の会社と変わらないと思うけど。 だったら凛が自分で向いてると思う仕事って何?」
そう聞かれると何も答えられない。
「じゃあ、凛が得意なことは?」
「……人に聞かれて答えられるようなものは何も。──俺、人並みに出来るの家事だけかもしれません」
「だったらそれを仕事にしてみる?」
家事のスキルを本当に仕事に活かせるんだったら嬉しいが、俺はその道のプロじゃない。
俺はちょっとだけ返事を躊躇ってしまった。
すると。
「実は今、事務所が管理しているシェアハウスで家事と管理をしてくれる人を探してたんだ。あそこだったら凛も一緒に住めるし」
遥斗さんはどことなく嬉しそうにそう提案してきた。
「もし大学に行くことになってもそこから通えばいいし、そうなってもちゃんと給料出すから一石二鳥だと思うけど」
なんかもうここまで言われたら断りづらい……。
しかしまだ往生際悪く断る理由を探していると。
「もし凛が別の仕事がいいって言うなら事務所のほうで仕事用意するよ。なんならいっそのこと凛もアイドルやってみる?そっちでもいけると思うよ」
とんでもない提案をされ、俺は大慌てで首を振った。
「それこそ向いてないとかいうレベルじゃなくて絶対無理です!家事と管理のほうでお願いします!!」
「じゃあ、決まりだね。一緒に住めないのは残念だけど、凛が近くに来てくれて、仕事を手伝ってくれるのは嬉しいよ。父も喜んでると思う。でも一応方向性は決まったといっても、当初の予定どおり大学は受けてね。せっかく京子さんが用意してくれた機会だから」
俺はその言葉にハッとした。
そうか、言われてみればその通りかもしれない。
母がいなくなったことで勝手に大学進学が意味のないことのように思えていたけど、この受験自体が母の与えてくれたチャンス。俺の気持ちだけで不意にしていいことじゃない。
──受験、してみるか……。
大学に行って何がやりたいとかってわけじゃないけど、それを探す四年間にしてもいいのかもしれない。
なんか上手く丸め込まれた気がしなくもないが、この時の俺はとりあえず自分が進むべき方向が定まったことに正直ホッとしていたのだった。
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