上 下
4 / 35

4.少し前の話です! その1

しおりを挟む
四月からようやく大学生で、事務所の人間でもない俺がこの役目を引き受けたのには当然の事ながら訳がある。


今から三ヶ月前。

年の瀬が差し迫ったある日のこと。
突然俺の母が交通事故でこの世を去り、いきなり俺は天涯孤独の身の上になった。

俺の家は母ひとり子ひとりの母子家庭で、しかも母は俺を未婚のまま生んだため、父親が誰かもわからない。

その上、母もひとりっ子でその両親も既に亡くなっているため、俺に身寄りはないも同然。

たぶん探せばどこかに血の繋がった誰かしらがいるのだろうが、生まれてこの方見たことも聞いたこともない人間を頼ることなど出来はしない。

母の葬式は母の古くからの友人であり、近所に住む新城真奈美さんが全て取り仕切ってくれたため、俺はほぼ何もせずに俺をこの世に生み出してくれた母との最後の時間を過ごすことができた。


母は若くして俺を産んだ上に、身寄りもない母子家庭ということもあり色んな苦労があった筈なのに、俺がそれを慮って変に遠慮したり我慢したりすると無茶苦茶怒られた。

その挙げ句に。


『アンタが我慢したところでうちの状況は変わらない。むしろ必要なもの持ってないとか出来てないってことで、世間様に白い目で見られんのアタシなんだけど?』


いつも決まってそう言われたのだ。

幼心に酷い言い草だと思っていたが、今となってはそれが母なりの俺に負い目を感じさせないための言葉選びだったのだろうということがわかる。

だから俺は、誰からも母が羨ましがられるくらいに良い大学に入って、良い会社に就職して、早々につい住み処すみかとなる家を建てて、残りの人生は好きなように過ごしてもらう予定でいたのだ。


『じゃあ凛が大学に入って就職するまではがむしゃらに頑張る!その時が来たらお言葉に甘えて思いっきり好きな事するから今度は凛が助けてね!』


そう言って外では本当に休む暇もないくらいに働き、家ではいつも笑っていた母。

しかし俺がまだ何にも返せていないのに、肝心の母はもういない。

俺は母が亡くなると同時に人生の目標を失い、無理をしてまで大学進学をする意味も失ったのだった。



葬儀が終わり、母が荼毘に付され、小さな箱を抱えて自宅である古いアパート部屋へと戻った俺は、母の面影が色濃く残る室内で思い切り泣いた。

人生でこれほどまでに泣く事が他にあるのかと思うほど、寄せては返す波のように哀しみや絶望といった気持ちが押し寄せ、溢れる涙が止めどなく流れていく。

そうして今まで抑えていた感情を全て吐き出すように泣き続けた俺は、気持ちが落ち着くと共に心が空っぽになっていた。


──もう何もする気が起きない。


やたらと重く感じる身体を横たえ、目を閉じたその時。

部屋のチャイムが来客を告げた。


俺はゆっくりと身体を起こすと、ほぼ無意識に玄関へと向かい、訪ねて来た相手を確認することなくドアを開けた。

何時もなら絶対に不用意にドアを開けることなどないのだが、この時の俺は、例えこれが悪いことを考えている人間で、それによって自分がどうなろうと正直どうでもよかったのだ。

ところが目の前に現れたのはどう見ても不審者とは思えない若い男性で。

黒いスーツに黒いネクタイを着けていたことから、俺はこの人が昼間の母の葬儀に間に合わず、直接家に弔問に訪れた人だと判断した。


それが新たな人生の始まりとなるなんて想像も出来ずに。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

ドラマのような恋を

Guidepost
BL
2人の出会いは曲がり角でぶつかるというお約束…… それと落ちたレタスだった。 穂村 葵(ほむら あおい)と桐江 奏真(きりえ そうま)はそんな出会い方をした。 人気ありドラマや歌手活動に活躍中の葵は、ぶつかった相手がまさか自分の名前も顔も知らないことに衝撃を受ける。 以来気になって葵は奏真を構うようになり――

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。

丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。 イケメン青年×オッサン。 リクエストをくださった棗様に捧げます! 【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。 楽しいリクエストをありがとうございました! ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...