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1.序章

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昨日突然彼女にフラれた。
原因は俺の浮気。

向こうからアプローチしてきた上に、結構あっさりヤラせてくれたからてっきり軽いノリなのかと思ったら。

意外と嫉妬深くて束縛すごいし、どうでもいい事で一日に何度も連絡くるし。挙げ句にそれらを無視すれば怒り出すし。セックスしたいって言えば身体だけが目当てなの?って言われるし。

正直そんな彼女にちょっとうんざりし始めてたから、別れるって事になっても、まぁいいかって感じだったんだけど。

でもさー、彼女がいたことがバレて気まずくなった浮気相手にも見限られちゃって、結果フリーになってしまったのは全くの予想外だった。

ホントもう最悪……。

向こうから言わせると俺が最悪らしいけど、俺がモテるの知ってんだから付き合う相手が自分ひとりだって思うほうもどうかしてると思うんだよな。

常に誰かしらと付き合って、言葉は悪いがそれこそチンコが渇く暇すらないほどヤりまくってきた俺にとって、セックス出来ないって結構な死活問題だからさぁ。

かといっていちから丁寧に口説いたり、どこかでナンパしたりって面倒な手順を重ねてまで付き合いたい訳じゃない。

サッと知り合ってパッとやれればそれでいいんだよ。

あーあ、つまんねぇの……。
退屈だから余計そう思うのか?


俺の名前は源川みながわ 耀よう
女の子が放っておかないイケてる容姿とフットワークの軽さで、今まで下半身事情には一切不自由してこなかった十七歳だ。


そんでもって今は古典の授業中。

はっきり云って現代日本に生きてて昔の言葉なんて使うことないのに、こんな授業やって何の意味があるのかなって思う。

こっそりあくびを噛み殺しながら、ぼんやりと窓の外を眺めていると。


「こら、源川。ボケっとしてないで集中しろ」


古典担当の教師である桐山からすかさず注意を受けてしまった。


「……は~い。すいませんでした~」


俺は人間関係を円滑にするための武器である笑顔を浮かべながら、一応形だけの謝罪をする。

しかし。


「笑って誤魔化してもダメだぞ。お前いっつも上の空で聞いてないだろ?そんなだから古典の成績がイマイチなんだよ」


全く誤魔化されてはくれず、言われたくないことまで言われてしまった。

しかもスゲー嫌味っぽい。


桐山の言葉に、俺の斜め前の席にいる親友というか悪友である中頭なかず 将平しょうへいがニヤニヤしながら口パクで『ばーか』と言ってくるのも憎らしく、浮かべていた愛想笑いがちょっとだけひきつってしまった。

挙げ句に。


「まったく。注意されてるってのにキョロキョロしてんなよ。
仕方ない。一回お前とはサシで話そうと思ってたんだ。後で俺のところまでくるように」

「えー!?」

「文句言われんのが嫌だったら、まともな成績とるんだな」


完全に俺を小馬鹿にしたようなセリフに俺のこめかみがピクピク動く。

──俺、正直こいつ苦手。

一見人当たり良さそうに見えるけど、ダッセー黒縁眼鏡の奥に隠れた目が妙に鋭くて獰猛な印象になる時あるし。


「わかったら返事くらいしたらどうだ?」


そう言った今も一瞬そんな感じに見えた気がして、俺は慌てて謝罪の言葉を口にした。


「……はい。すみませんでした」


こういう時は変に反発したりせず素直に謝るのが一番だ。

桐山は少しの間俺の顔をじっとみつめていたが、やがて大袈裟にため息を吐くと何事もなかったかのように授業を再開した。

俺も注意されたばかりである以上、一応真面目に授業を受ける振りをする。


今授業でやっていたのは『源氏物語』。

平安時代に書かれたっていうその物語は、タイトルは知っててもちゃんと読んだことある人ってどのくらいいるんだろうって疑問に思うほど長い話らしいっていうくらいの認識しかない。

真面目に前を向いて見たものの、桐山が今黒板に書いて説明しているよく分からない文法の解説に微塵も興味が持てなかった俺は、ちょっとした暇潰しにでもなればと古典の便覧を開いて見ることにした。

『源氏物語』は主人公の光源氏の生涯とその死後の次世代に何があったのかを描いた長編小説で、そこに書かれている概要をざっと見た限り、光源氏っていうハイスペックイケメンがあちこちの女に次から次へと手を出していくっていう感じの話だった。

……何ソレ。羨ましすぎ。やりたい放題じゃん!
しかも何人とそんな関係になってもオッケーってまさにパラダイスでしょ!?

いいなぁ~。俺もそんな世界に行って色んな相手とヤりまくりて~。

そんな事を考えていたその時。


『その願い。叶えましょう』


突然そんな声が聞こえ、反射的に顔をあげてしまった。

途端にちょうどこっちを見ていたらしい桐山と目が合い睨まれる。

今度は何も言われなかったが、後でまとめて説教コースが確定したも同然の状況に、俺は今度こそ真面目に授業を受けている振りをするため、黒板に書かれたよく分からない説明を必死にノートに書き写したのだった。



そして放課後。

桐山からの呼び出しで向かった先は『国語科準備室』。

教室がある校舎とは中庭を挟んで反対側に位置する校舎の二階の端にあるその部屋は、職員室から遠いせいなのかあまり使っている先生がいないらしく、普段からそこに常駐しているのは桐山ひとりだと聞いている。


「失礼しまーす」


二回ノックした後、返事を待たずに勝手にドアを開けるとそこには誰の姿も見えなかった。

なんだよ!呼び出しといて自分がいないとかあり得ねーんだけど。

ちょっとだけムカつきながらも、滅多に訪れることのないある意味レアな空間についキョロキョロと部屋中を見回してしまう。


壁際に置かれたスチール製の本棚にびっしりと並べられた本。
机の上にも色んな本や資料らしきものが綴じられたファイルが山積みになっていて、本人以外どこに何が置いてあるのか判別不可能な状態になっている。

でもその中に一冊だけ、表紙にも背表紙にも何も書かれていない紫色のハードカバーの本があり、何故かそれが気になって仕方がなくなった俺は触っちゃいけないってことは頭ではわかっていても、ついそれに手を伸ばしてしまった。


すると。

エレベーターで高層階に一気に移動する時のような変な浮遊感感じ、身体がグラついた気がしたと思ったら。

何故か俺の視界は暗転した。
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