セカンドライフ!

みなみ ゆうき

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本編

83.驚きました!

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月曜日。
俺は予想外のアクシデントで受けられなかった試験を追試という形で受ける為に登校する羽目になっていた。

初日に比べたら身体の状態は格段に良くなっているものの、まだ少しだけ鈍い痛みが残っているせいで、教室までの移動が地味に辛い。
そして校舎までの道行きで、すっかり別人になっている俺に対して向けられる好奇の視線が正直鬱陶しくて堪らない。

試験受ける前に気力体力がごっそり削り取られそうな気がしたが、どっちも一時的なものでしかないと割り切って気持ちを切り換えて歩みを進める。

教室までの道のりを付き添ってくれたのは二階堂。

二階堂は色んな意味で俺のことが心配らしく、試験が終わる頃また迎えに来てくれると言っている。

それまでは生徒会室で役員補佐の仕事をして過ごすつもりなんだそうだ。
そして帰りも俺を部屋まで送り届けたら、また生徒会室に戻って仕事をするらしい。

──うん。ご苦労様。そしてゴメン。


ほとんど生徒がいない校舎に入ると、煩わしい視線から解放され正直ホッとした。

前は注目される事自体、何とも思わなかったんだけどな……。


教室の前で二階堂と別れ、扉を開けて中に一歩足を踏み入れると、そこにはクラス担任である東條の姿があった。

その姿を視界に捉えた瞬間。ただでさえゆっくりペースだった俺の歩みは完全に止まってしまう。


気まずいよ。非常に気まずい……。
すっかり忘れてたけど、俺、コイツに正体バレた上に口説かれたんだった……。

今は追試期間の為、追試の必要性がない生徒は登校していない。なので成績優秀者ばかりが集まっているA組には当然の事ながら他に誰の姿も見えないことに油断していたのだが、今俺にとってある意味一番会いたくなかった相手がここにいるってことをすっかり忘れていた。


先週。初めて出会った日の事情を聞かされたことで、東條に対する反発心のようなものはなくなったものの、今度はセックスしたことも、口説かれたことも、誤解してすれ違ってたことも、何もかもがお互いの記憶に刻まれる形となっていることが無性に恥ずかしい。

そんな相手とある意味公的な場とも云える学校でまで、こうして関わっていかなきゃならないなんて嫌過ぎる。


極力表情には出さないように、どうすべきかと考えていると。


「中里。そんな所に突っ立ってどうしたんだ? もしかして身体が痛むのか?」


東條が心配そうな表情で俺を呼んだ。


「……いえ、大丈夫です」

「だったら早く席に着け。試験始めるぞ」


今のはただの教師と生徒の会話なのに、その口調に微妙に甘いものが含まれている感じがするのは俺の気のせいじゃないだろう。

それがちょっとだけ嬉しいと思ってしまった自分が嫌すぎて、俺は無理矢理思考を切り替えると、これ以上東條の事を意識しないで済むように真っ直ぐ自分の席へと向かった。

そんな感じで追試初日にいきなり出端を挫かれた感のある俺だが、試験さえ始まってしまえば特に東條の存在を意識することなく、集中して問題を解くことも出来たし、自分なりに手応えもあったので正直ホッとした。


予定されていた教科が終わり、ゆっくりとした足取りで二階堂が待つ教室から出て行こうとすると、東條がさりげなく歩み寄り手を差し伸べてくれる。

俺がその手を取るのを少しだけ躊躇っていると、東條がどこか魅惑的な笑みを見せた後。


「もしかして意識してくれてんのか?」


俺に身体を寄せ、すぐ耳許でそう囁いたのだ。

俺は不意を突かれたせいもあり、自分でもビックリするほどあからさまに動揺してしまった。
そんな俺を見て、東條もどこか驚いた顔をしている。

……うん、スッゲー恥ずかしい。
これじゃ俺がホントに意識してるみたいじゃん。

俺はその手を取らずに東條を軽く睨み付けると、今の俺に出来る精一杯の急ぎ足で、廊下で待つ二階堂のもとへと向かったのだった。



どことなく物言いたげな二階堂の視線をスルーして、無言のまま昇降口へと歩いていると、普通クラスの生徒は特別な理由がない限り使えない特別棟へと続く連絡通路の向こう側に人影を発見する。


ん?あれって……。

ほんのちょっと会わない間に、俺の知ってる姿じゃなくなっていることに驚いた俺は、この間ヤバい目に遭わされたこともすっかり忘れ、ついうっかり声を掛けてしまった。


「その頭、どうしたんスか?」


俺の問いかけに、そのまま通り過ぎるつもりだったらしい佐伯が明らかにギョッとした顔をしている。

まさか被害者である俺から話しかけられるとは思ってなかったんだろうな……。
いや、俺も基本関わりあいになる気はなかったんだけどさ。なんか驚いた勢いでつい。

チラリと隣にいる二階堂の表情を窺うと、あからさまに警戒モードといった感じで佐伯に厳しい視線を向けていた。

それに気付いているらしい佐伯は苦笑いしながら口を開く。


「……あのままだと光希ちゃんと被るからちょっとイメチェン。どう?似合う?」


金髪に青いカラコンという素の俺とほとんど丸かぶりだったスタイルは、今はアッシュブラウンの髪色にカラコン無しというものに変わっていた。

全体的にやや長めだった髪もスッキリとカットされており、今までのチャラくて軟派なイケ好かない男というイメージは随分薄まっている。

金髪よりこっちのが断然いいじゃん。何より俺と色合いが被らないってのが最高にいい!


「そっちのほうがいい感じですよ」


お揃いが回避された事が嬉しくて、ついニンマリ笑いながら思った事をそのまま伝えると、何故か佐伯が軽く目を見開いて固まった。

え……? 何? なんかおかしなこと言った?

内心首を傾げていると。


「ねぇ、光希ちゃん。俺、光希ちゃんのことが好きなんだけど」


何の前触れもなくこんなタイミングで突然告白され、今度は俺のほうが驚きで固まることになってしまった。

そんな俺を見て佐伯がニッコリと微笑む。


え?もしかして俺からかわれた?
これマジで答えたら、なに本気にしちゃってんの~とか言われるパターン?

ところが佐伯は俺のすぐ前に立つと、その表情をガラリと変え、真っ直ぐに俺を見つめてきた。
その表情は今までに見たことないほど真剣なもので、俺は思わず息を呑む。


「ゴメン。あんな事した俺にこんなこと言う資格は無いってわかってたんだけど、光希ちゃんの顔見たらつい言っちゃった」

「えーっと……」


何か言わなきゃと口を開きかけた俺を制するように、佐伯が再びニッコリと微笑んだ。


「こうして告白とかしたけど、返事とかいらないし気にしなくていいから。俺が勝手に好きなだけだし。光希ちゃんがそういうの無理っぽいのもわかってるし。例え光希ちゃんが誰かと付き合うってことになったとしても、邪魔とかするつもりもないし。
──でもさ」


佐伯は一旦そこで言葉を区切ると、少しだけ切なそうに顔を歪めた。


「……悪いけどもうちょっと片想いさせといて。これが俗にいう初恋ってやつで俺も自分でどうしたらいいのかわかんないからさ」


呟くように言われたその言葉に、俺はそれ以上何も言えずただ黙って佐伯の事を見つめ返すことしかできなかった。



部屋に帰ってから一人。
ベッドに寝転がりながら、今日の佐伯の事を含め、ここ数日のうちにされた告白について考える。
みんな俺の何がいいのかさっぱり分からないが、好きだと言ってもらった以上、真剣に考えなければいけないことだけはわかっている。

以前の俺だったらきっと、『やっぱり俺の魅力はどこに行っても通用するんだな』とか思いながら、当たり障りない言葉で軽く受け流していただろう。

でも色んな事を知っちゃった今、とてもじゃないがそんな対応で済ませようとは思えない。


ホントにみんな俺の何が良くて好きだっていってくれてんだか……。

そもそも俺はそんな風に誰かに想いを伝えようとするほど好きになったことなんてないし、ちょっといいなって思うことはあってもそれはその場限りの感情でしかなかった気がする。

この間、楓が手を繋いで一緒に眠るだけでも幸せ的なこと言ってたけど、たったそれだけの事で満たされるみたいなことってホントにあるのかな……?
恋ってもっと相手の事意識してドキドキするするもんだと思ってたんだけど。


──うーん。ドキドキか……。


そう考えて、ふと脳裏に過ったのは。


『もしかして意識してくれてんのか?』

さっき教室で掛けられた東條の言葉だった。


俺は慌ててその考えを否定する。

……まさか嘘だろ。俺に限ってそんな事ありえない。
あれはただの一夜の過ちで、俺的にはただの興味本位。
確かに俺の人生で一番気持ちいいセックスだったことは間違いないけどさ。

途端に俺の脳内に東條と過ごしたあの最高の一夜の記憶が甦る。

勝手に熱くなる身体。そして明らかに欲望の兆しを見せ始めた自分の中心に、俺は酷く驚くとともに軽くショック受けたのだった。


普段ピクリともしない俺のムスコがまさか男とのセックスを思い出しただけで反応するとは……。
ネタがネタだけに完全復活を喜ぶ気にはとてもなれない。

すると、元気になりかけてた俺のムスコがみるみるうちに力を無くす。

その様子があまりに物悲しくて。

「はぁ……」

俺は思わず大きなため息を吐いてしまった。


その時、枕元に置いておいたスマホが突然震えたことで俺は慌てて飛び起きた。

画面には圭吾さんからメッセージがきた事が表示されている。

ここんとこ迷惑しかかけてない自覚があるため、俺はちょっとだけビクビクしながらメッセージアプリを開いた。


『明後日の病院の件。都合がつかなくなったから東條に頼んでおいた。試験が終わり次第すぐに行けるよう準備して登校してくれ』


え……?

今まさに東條のことを考えていただけに、あまりにタイムリーさに愕然とする。

っていうか東條と二人きりってどう考えても気まずくね?

車の中で終始無言を貫く俺の姿が目に浮かぶ。

ああ……。スッゲー憂鬱。
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