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本編
78.予想外でした!
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寮の部屋に戻ってきてからというもの、颯真がやたらと俺の世話を焼きたがって困っている。
五分おきに俺の部屋に顔を出しては、何か必用なものはあるか、して欲しいことはないかと尋ねてくるのだ。
この間の気まずさが有耶無耶になったのはいいけど、正直鬱陶しくて堪らない。
今もトイレに行こうとしたら、姫抱っこで運んでくれたついでに中まで付いてこようとしたので、軽く一発叩いてやった。
いくら隅々まで見せた仲でも、その一線だけは越えられないだろ。普通。
百歩譲ってそういうプレイだっていうならまだしも、素の状態で排泄シーンを見せるとかマジで無理。
──まあ、プレイでも絶対に嫌だけどな。
「今更恥ずかしがることないだろ」
用を足して出てきた俺を再び姫抱っこで部屋まで運んでくれた颯真はなんて事のないようにそう言ってくるが、それとこれとは別物なのだと声を大にして言いたい。
「いちいち運んでもらわなくても自力でどうにか出来るから、俺のことは構わずに何時もみたいに好きに過ごせよ」
折角の好意を無碍にするのも何なので、一応こうしてやんわりと放っておいて欲しい的なニュアンスを伝えてみるのだが。
返ってくる答えは、「俺がやりたくてやってる事だから気にすんな」の一点張り。
ここまでくると、もうこっちが何言っても聞かないことはわかっているので、言うだけ無駄だと諦めることにした。
そもそも今の俺はこんなことにすら労力を割きたくないと思うほど疲弊してるし……。
「……颯真。俺、疲れたからちょっと寝る。起きるまでほっといて」
「わかった。目が覚めたらすぐ呼べよ」
若干不服そうな感じではあるもののケガ人相手に気を遣ったのか、颯真は大人しく部屋を出ていってくれた。
あー、ホッとする。暇だしゲームでもやるか……。
スマホを手に取りゲームアプリを立ち上げると、バイブ設定にしていた俺のスマホが震えた。
メッセージアプリに受信されたのは壬生先輩からのメッセージ。
『後で部屋を訪ねてもいいか?』との問い掛けに『大丈夫です』と返信し、俺は壬生先輩が訪ねてくるという時間までそのままゲームをして過ごすことにした。
ところがケガをしているせいで体力の消耗が激しいのか、徐々に眠気がやってくる。
奇しくも颯真を遠ざけるための言い訳どおりの状況となってしまうことを悔しく思いながらも、俺は身体が求めるままに惰眠を貪ることにしたのだった。
部屋に鳴り響くチャイムの音でうっすらと目を覚ます。
扉の向こうで誰かが話している声が聞こえてきたことで、俺は慌てて飛び起きた。
「痛ってぇ……」
身体の状態を全く考慮せずに動いたせいで痛みが走り、全身が悲鳴をあげる。
それでも痛む身体にムチ打ってよたよたと部屋を出ていくと、玄関先で颯真と壬生先輩が何やら険しい表情で話をしている様子が目に飛び込んできた。
「壬生先輩!」
名前を呼んだ途端。
颯真の表情があからさまに曇る。
え?……何?
「……壬生先輩と約束してたのか?」
「そうだけど?」
「身体は大丈夫なのかよ?」
「大丈夫」
俺と壬生先輩の間に立ち塞がるようにして立っている颯真の肩を大丈夫だというようにポンと叩いてから、俺は多少覚束ない足取りでなんとか壬生先輩の前に立った。
「この間はありがとうございました」
「……いや、礼を言われるようなことはしていない。むしろ色々と済まなかった」
壬生先輩から深々と頭を下げられちょっと焦る。
颯真の前でアレコレ話すのは結構マズいんだよなぁ。
根掘り葉掘り聞きたがるし、何で黙ってたんだと言われかねない。
「え~と、ここじゃ何なので、俺の部屋で話しませんか?」
とりあえず壬生先輩に部屋に入ってもらえるよう促すと。
「え!? うわっ!」
壬生先輩は壁に寄りかかるようにして立っていた俺を突然抱き上げた。
俺達の会話を黙って聞いていた颯真は、ギョッとした顔をしている。
そして。
「神崎。悪いが少し外してくれ。中里に大事な話があるんだ」
壬生先輩の真剣な表情に一体何の話かと首を傾げつつも、確かに颯真がいないほうが都合がいいと感じた俺は、すかさず颯真に用事を頼むことにした。
「颯真。悪いけど買い物頼む。さすがに今日は作れないから、すぐ食べられるもので」
「……わかった」
さすがに夕飯時が近い時間だけにそのお願いは無碍に出来なかったのか、颯真は渋々といった感じで部屋を出ていった。
ホッとしたのも束の間。
「神崎と随分気安い仲なんだな」
どこか不機嫌さを感じさせるような低い呟きに、颯真との間に何かあったのかと疑問を感じながらも、俺は壬生先輩に颯真とは幼馴染なのだということを説明した。
それを聞いた壬生先輩は酷く驚いた表情をしている。
まあ、この学園でも上から数えたほうがいい御曹司の颯真と庶民の俺がまさか幼馴染だとは誰も思わないだろうからこの反応もわかるけどさ。
でもその後。
「神崎も可哀想に……」
ボソリと呟かれた一言に、俺は腑に落ちないものを感じながらも下手に何かを言う気にもなれず、ただ黙って部屋まで運ばれることにしたのだった。
壬生先輩に姫抱っこされたまま部屋まで運ばれ、丁寧な動作でベッドへと寝かされる。
「身体が辛いんだから寝たまま話そう」
ありがたい提案に素直に頷くと、壬生先輩の視線がガーゼで覆われている生え際の傷の所で一旦止まったことに気付く。
そして切なげに目を細めると俺の頭を軽く撫で、ベッドの上に腰掛けた。
壬生先輩の体重でベッドが沈む。
「揺らして悪い。痛かったか?」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろう?小鳥遊を庇って階段から落ちたと聞いた。……頼むから無茶な真似をしないでくれ」
その言葉に今回のことで相当心配させてしまっていたらしいことに気付く。
「土曜日からずっと心配かけてばかりですみませんでした。今はこんな感じになっちゃってますけど、俺は大丈夫なんで」
佐伯とのことも含めて大丈夫だということを伝えると、壬生先輩は眉間の皺を深くしたまま黙り込んだ。
なんか物凄い罪悪感。
そういえば壬生先輩は、俺が佐伯にああいうことされてしまったことに責任感じてるんだっけ。
「こういう事言うと引かれちゃいそうですけど。俺、元々身体の関係っていうもの自体に何の意味も感じてない人間なんで。 会長との事にしても完全に成り行きだっただけで、特別な気持ちは微塵も芽生えてないですし。
だから先輩も過ぎたことは気にせずに、今までどおりでいてくれるとありがたいんですが」
実際佐伯の事に関しちゃ自分でもビックリするほどダメージを受けてないので、壬生先輩には生徒会のことも弓道部のことに関しても今までどおりでいて欲しいのだ。
──出来れば俺との関係も。
そんな願いを込めてみたのだが。
「生憎だが、俺は今までどおりではいられない」
険しい表情をした壬生先輩にきっぱりと言い切られ、俺は軽く瞠目した。
二階堂曰く心の機微に疎いらしい俺は、この時初めて自分のこの貞操観念の薄さが恥ずべき考えなのだということに気付いたのだが、もう遅い。
「俺、図々しいこと言いましたよね。……すみません」
なーんか俺って汚れてんなぁ。
しみじみとそう実感し思わず自嘲すると、壬生先輩はそんな俺を見て焦ったような表情で口を開いた。
「違う!そうじゃない!」
「え?」
「誤解させたのならすまない。今までどおりでいられないというのは、俺の気持ちが前と変わったからなんだ」
どういうこと?
答えを待つようにじっと見上げると。
壬生先輩は小さく息を吐き出してから、俺から目を逸らすことなく言葉を紡いだ。
「お前のことが好きなんだ」
はっきりと告げられた俺への想い。
この好きが単なる好意でないことくらいは、いくら鈍いと言われている俺でも理解出来た。
──壬生先輩までもがそんなこと言い出すなんて、正直予想外すぎる……。
「今すぐに答えをくれとは言わない。今は俺がお前のこと好きだということを覚えていてくれればそれでいい。
急いで結論出してくれと迫って即刻フラれるよりは、お前の中で俺のことをじっくり考えてもらえて、俺の想いを知ってもらう時間が増えるほうが嬉しいからな」
優しい言葉にホッとしつつも、壬生先輩の本気に少し怯んでしまった。
壬生先輩のことを恋愛対象として好きかと聞かれれば今のところ答えはノーだが、ひとりの人間としてどうかと言われれば間違いなく好きだと答えることができる。
だから颯真の時のように、怒らせたり気まずくなったりしてしまうのはツラいのだ。
「そんな顔をするな」
どんな顔をしているのかさっぱりわからないが、おそらくこの気持ちの揺らぎが表情に表れていたのだろう。
しかし。
「あんまり可愛い顔すると、こういう事をしたくなる」
ベッドが揺れたと思ったら、壬生先輩の男らしく整った顔が近付いてきて。
チュッと啄むようなキスをされた。
俺はこの不意討ちと普段のストイックな壬生先輩とのギャップに不覚にも真っ赤になって言葉を詰まらせてしまう。
「さっきお前は身体を重ねることが何の意味もない行為だと言ったが、こうやってほんの僅かでも俺の事を意識してもらえる切っ掛けになるのなら、俺はこうしてお前を求める。
──好きだ。光希。お前の全てが欲しい」
普段の無口さが嘘のように饒舌に口説いてくる壬生先輩は、俺が知っている壬生先輩とはまるで別人のようだった。
──逃げられない。
それは単に身体の痛みだけの問題ではなく、壬生先輩相手に強く断ろうと思えない自分がいるからかもしれない。
先程自分の貞操観念の薄さを反省したばかりだというのにもうこれだ。
俺って相当ダメなヤツだということがよくわかる。
「……残念だが時間切れのようだ」
本気で残念そうな呟きに慌てて部屋の向こう側に意識をむけると、颯真が戻ってきたらしいことがわかった。
「俺は知られても構わないが、光希が困ることはしたくない。とりあえずは俺の本気を理解してもらえたのなら一歩前進だ」
壬生先輩は今まで見せたことのないような色気を帯びた表情で微笑むと、『お大事に』と言い残しこの部屋を去っていった。
ひとり残された俺はというと。
予想外すぎる壬生先輩の言動の数々に、ただ呆然としてしまったのだった。
五分おきに俺の部屋に顔を出しては、何か必用なものはあるか、して欲しいことはないかと尋ねてくるのだ。
この間の気まずさが有耶無耶になったのはいいけど、正直鬱陶しくて堪らない。
今もトイレに行こうとしたら、姫抱っこで運んでくれたついでに中まで付いてこようとしたので、軽く一発叩いてやった。
いくら隅々まで見せた仲でも、その一線だけは越えられないだろ。普通。
百歩譲ってそういうプレイだっていうならまだしも、素の状態で排泄シーンを見せるとかマジで無理。
──まあ、プレイでも絶対に嫌だけどな。
「今更恥ずかしがることないだろ」
用を足して出てきた俺を再び姫抱っこで部屋まで運んでくれた颯真はなんて事のないようにそう言ってくるが、それとこれとは別物なのだと声を大にして言いたい。
「いちいち運んでもらわなくても自力でどうにか出来るから、俺のことは構わずに何時もみたいに好きに過ごせよ」
折角の好意を無碍にするのも何なので、一応こうしてやんわりと放っておいて欲しい的なニュアンスを伝えてみるのだが。
返ってくる答えは、「俺がやりたくてやってる事だから気にすんな」の一点張り。
ここまでくると、もうこっちが何言っても聞かないことはわかっているので、言うだけ無駄だと諦めることにした。
そもそも今の俺はこんなことにすら労力を割きたくないと思うほど疲弊してるし……。
「……颯真。俺、疲れたからちょっと寝る。起きるまでほっといて」
「わかった。目が覚めたらすぐ呼べよ」
若干不服そうな感じではあるもののケガ人相手に気を遣ったのか、颯真は大人しく部屋を出ていってくれた。
あー、ホッとする。暇だしゲームでもやるか……。
スマホを手に取りゲームアプリを立ち上げると、バイブ設定にしていた俺のスマホが震えた。
メッセージアプリに受信されたのは壬生先輩からのメッセージ。
『後で部屋を訪ねてもいいか?』との問い掛けに『大丈夫です』と返信し、俺は壬生先輩が訪ねてくるという時間までそのままゲームをして過ごすことにした。
ところがケガをしているせいで体力の消耗が激しいのか、徐々に眠気がやってくる。
奇しくも颯真を遠ざけるための言い訳どおりの状況となってしまうことを悔しく思いながらも、俺は身体が求めるままに惰眠を貪ることにしたのだった。
部屋に鳴り響くチャイムの音でうっすらと目を覚ます。
扉の向こうで誰かが話している声が聞こえてきたことで、俺は慌てて飛び起きた。
「痛ってぇ……」
身体の状態を全く考慮せずに動いたせいで痛みが走り、全身が悲鳴をあげる。
それでも痛む身体にムチ打ってよたよたと部屋を出ていくと、玄関先で颯真と壬生先輩が何やら険しい表情で話をしている様子が目に飛び込んできた。
「壬生先輩!」
名前を呼んだ途端。
颯真の表情があからさまに曇る。
え?……何?
「……壬生先輩と約束してたのか?」
「そうだけど?」
「身体は大丈夫なのかよ?」
「大丈夫」
俺と壬生先輩の間に立ち塞がるようにして立っている颯真の肩を大丈夫だというようにポンと叩いてから、俺は多少覚束ない足取りでなんとか壬生先輩の前に立った。
「この間はありがとうございました」
「……いや、礼を言われるようなことはしていない。むしろ色々と済まなかった」
壬生先輩から深々と頭を下げられちょっと焦る。
颯真の前でアレコレ話すのは結構マズいんだよなぁ。
根掘り葉掘り聞きたがるし、何で黙ってたんだと言われかねない。
「え~と、ここじゃ何なので、俺の部屋で話しませんか?」
とりあえず壬生先輩に部屋に入ってもらえるよう促すと。
「え!? うわっ!」
壬生先輩は壁に寄りかかるようにして立っていた俺を突然抱き上げた。
俺達の会話を黙って聞いていた颯真は、ギョッとした顔をしている。
そして。
「神崎。悪いが少し外してくれ。中里に大事な話があるんだ」
壬生先輩の真剣な表情に一体何の話かと首を傾げつつも、確かに颯真がいないほうが都合がいいと感じた俺は、すかさず颯真に用事を頼むことにした。
「颯真。悪いけど買い物頼む。さすがに今日は作れないから、すぐ食べられるもので」
「……わかった」
さすがに夕飯時が近い時間だけにそのお願いは無碍に出来なかったのか、颯真は渋々といった感じで部屋を出ていった。
ホッとしたのも束の間。
「神崎と随分気安い仲なんだな」
どこか不機嫌さを感じさせるような低い呟きに、颯真との間に何かあったのかと疑問を感じながらも、俺は壬生先輩に颯真とは幼馴染なのだということを説明した。
それを聞いた壬生先輩は酷く驚いた表情をしている。
まあ、この学園でも上から数えたほうがいい御曹司の颯真と庶民の俺がまさか幼馴染だとは誰も思わないだろうからこの反応もわかるけどさ。
でもその後。
「神崎も可哀想に……」
ボソリと呟かれた一言に、俺は腑に落ちないものを感じながらも下手に何かを言う気にもなれず、ただ黙って部屋まで運ばれることにしたのだった。
壬生先輩に姫抱っこされたまま部屋まで運ばれ、丁寧な動作でベッドへと寝かされる。
「身体が辛いんだから寝たまま話そう」
ありがたい提案に素直に頷くと、壬生先輩の視線がガーゼで覆われている生え際の傷の所で一旦止まったことに気付く。
そして切なげに目を細めると俺の頭を軽く撫で、ベッドの上に腰掛けた。
壬生先輩の体重でベッドが沈む。
「揺らして悪い。痛かったか?」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろう?小鳥遊を庇って階段から落ちたと聞いた。……頼むから無茶な真似をしないでくれ」
その言葉に今回のことで相当心配させてしまっていたらしいことに気付く。
「土曜日からずっと心配かけてばかりですみませんでした。今はこんな感じになっちゃってますけど、俺は大丈夫なんで」
佐伯とのことも含めて大丈夫だということを伝えると、壬生先輩は眉間の皺を深くしたまま黙り込んだ。
なんか物凄い罪悪感。
そういえば壬生先輩は、俺が佐伯にああいうことされてしまったことに責任感じてるんだっけ。
「こういう事言うと引かれちゃいそうですけど。俺、元々身体の関係っていうもの自体に何の意味も感じてない人間なんで。 会長との事にしても完全に成り行きだっただけで、特別な気持ちは微塵も芽生えてないですし。
だから先輩も過ぎたことは気にせずに、今までどおりでいてくれるとありがたいんですが」
実際佐伯の事に関しちゃ自分でもビックリするほどダメージを受けてないので、壬生先輩には生徒会のことも弓道部のことに関しても今までどおりでいて欲しいのだ。
──出来れば俺との関係も。
そんな願いを込めてみたのだが。
「生憎だが、俺は今までどおりではいられない」
険しい表情をした壬生先輩にきっぱりと言い切られ、俺は軽く瞠目した。
二階堂曰く心の機微に疎いらしい俺は、この時初めて自分のこの貞操観念の薄さが恥ずべき考えなのだということに気付いたのだが、もう遅い。
「俺、図々しいこと言いましたよね。……すみません」
なーんか俺って汚れてんなぁ。
しみじみとそう実感し思わず自嘲すると、壬生先輩はそんな俺を見て焦ったような表情で口を開いた。
「違う!そうじゃない!」
「え?」
「誤解させたのならすまない。今までどおりでいられないというのは、俺の気持ちが前と変わったからなんだ」
どういうこと?
答えを待つようにじっと見上げると。
壬生先輩は小さく息を吐き出してから、俺から目を逸らすことなく言葉を紡いだ。
「お前のことが好きなんだ」
はっきりと告げられた俺への想い。
この好きが単なる好意でないことくらいは、いくら鈍いと言われている俺でも理解出来た。
──壬生先輩までもがそんなこと言い出すなんて、正直予想外すぎる……。
「今すぐに答えをくれとは言わない。今は俺がお前のこと好きだということを覚えていてくれればそれでいい。
急いで結論出してくれと迫って即刻フラれるよりは、お前の中で俺のことをじっくり考えてもらえて、俺の想いを知ってもらう時間が増えるほうが嬉しいからな」
優しい言葉にホッとしつつも、壬生先輩の本気に少し怯んでしまった。
壬生先輩のことを恋愛対象として好きかと聞かれれば今のところ答えはノーだが、ひとりの人間としてどうかと言われれば間違いなく好きだと答えることができる。
だから颯真の時のように、怒らせたり気まずくなったりしてしまうのはツラいのだ。
「そんな顔をするな」
どんな顔をしているのかさっぱりわからないが、おそらくこの気持ちの揺らぎが表情に表れていたのだろう。
しかし。
「あんまり可愛い顔すると、こういう事をしたくなる」
ベッドが揺れたと思ったら、壬生先輩の男らしく整った顔が近付いてきて。
チュッと啄むようなキスをされた。
俺はこの不意討ちと普段のストイックな壬生先輩とのギャップに不覚にも真っ赤になって言葉を詰まらせてしまう。
「さっきお前は身体を重ねることが何の意味もない行為だと言ったが、こうやってほんの僅かでも俺の事を意識してもらえる切っ掛けになるのなら、俺はこうしてお前を求める。
──好きだ。光希。お前の全てが欲しい」
普段の無口さが嘘のように饒舌に口説いてくる壬生先輩は、俺が知っている壬生先輩とはまるで別人のようだった。
──逃げられない。
それは単に身体の痛みだけの問題ではなく、壬生先輩相手に強く断ろうと思えない自分がいるからかもしれない。
先程自分の貞操観念の薄さを反省したばかりだというのにもうこれだ。
俺って相当ダメなヤツだということがよくわかる。
「……残念だが時間切れのようだ」
本気で残念そうな呟きに慌てて部屋の向こう側に意識をむけると、颯真が戻ってきたらしいことがわかった。
「俺は知られても構わないが、光希が困ることはしたくない。とりあえずは俺の本気を理解してもらえたのなら一歩前進だ」
壬生先輩は今まで見せたことのないような色気を帯びた表情で微笑むと、『お大事に』と言い残しこの部屋を去っていった。
ひとり残された俺はというと。
予想外すぎる壬生先輩の言動の数々に、ただ呆然としてしまったのだった。
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