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本編
55.風紀ライフ!1 Side 橘 夏樹 その1
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学期末テストが間近に迫った土曜日の昼過ぎ。
俺は特別棟の四階にある風紀委員室の窓から見えた信じられない光景に目を疑った。
「ねぇ、煌成。 何か確実に厄介事の気配がするんだけど」
外を指差しながら、机に向かって書類を読んでいる煌成を呼ぶと、あからさまに嫌そうな顔をされた。
俺だってヤなんだけど……。
窓からは全校生徒の憧れだという生徒会役員のうち、生徒会長、副会長、書記の三人が血相変えて全力疾走してる姿が見える。
これで何もない、なんてことはないよね……。
「あっちの方にあるのって、旧図書館だよねぇ」
旧図書館といえば、最近光希クンが毎日のように利用する場所だ。生徒会役員の壬生先輩も以前から週1ペースで利用している。
これは本人から聞いた情報ではないが、風紀という職務上、学園の防犯カメラのチェックをすることもままあるので、普段人が立ち入らない建物などを利用する人間の名前くらいは把握している。
毎日旧図書館を利用する光希クンと、血相変えてそこに向かおうとしている生徒会役員達。それだけでろくでもないことが起きてると推測するには十分だったのだが──。
すぐに厄介事の中心であろう光希クンに連絡してみたところ、電話に出る気配は全くなく、それによって残念ながら何かが起きていることを確信せざるを得なかった。
「光希クンに連絡つかない。……たぶん当たりでしょ。コレ。煌成、どうする?」
「……確認するしかないだろうな」
煌成は酷く面倒臭そうにそう言うと、さっさと部屋を出ていった。
俺も重い足取りで部屋を後にしたのだった。
◇◆◇◆
煌成と二人で旧図書館に来てみると、案の定佐伯がろくでもないことをやらかしたらしく、生徒会役員達が揉めている最中だった。
俺と煌成は開け放たれた事務室の扉から見えない位置で、一旦中の様子を窺うことにする。
話の内容を聞いてみると、どうやら光希クンが佐伯に無理矢理卑怯な手で身体の関係についての合意を取り付けられそうになったらしく、いつも余計なことは一切言わない壬生先輩が珍しく感情を露にして激高していた。
うわー。佐伯最悪。やっぱアイツはクズだな……。
俺が佐伯に対して嫌悪感を強めてる間にも、事態が思いもよらない方向に動いていく。
話の流れから察するに、どうやらちっとも悪びれない佐伯の態度に業を煮やした朝比奈が、とうとう殴ってしまったらしいのだ。
いつも胡散臭い笑顔を張り付けて、お高く止まってるイメージしかなかった朝比奈がこんな真似をするなんて正直意外だったが、まあ、気持ちはわからなくもない。
予想外に男らしかった朝比奈の対応に半ば感心しながらも、これ以上放置するわけにもいかず、煌成にどうするか視線で確認すると。
即座に無言のまま顎で指示が出た。
あー、はいはい。俺に行けってことね……。
俺はうんざりしながら、緊張感半端ない室内へと入っていった。
「はい。そこまでー。 後はたっぷり風紀委員室で聞かせてもらうよー」
まるで緊張感のない言い方になってしまったのはご愛嬌。
いまいちコイツらのためにやる気になれないんだから仕方ない。
たまたま目に入った竜造寺があからさまに邪魔者が来たと云わんばかりの視線を向けてきたのに気付き、より一層やる気が失せた。
そんなに不本意だったらこっちに手間かけさせないでよ……。
「……橘。何故お前がここにいる?」
俺はげんなりしながらも、理由を端的に説明してやった。
「大人気の生徒会役員が血相変えて旧図書館のほうに走っていくのが見えたから、何事かと思って来てみたワケ。 まさかこんな事になってるとはねぇ」
すっかり変装が解けてる上に、明らかに何かありましたと云わんばかりに乱れた服装の光希クンにチラリと目をやると、物凄く気不味そうな顔をされてしまった。
そんな顔されると、ちょっとつつきたくなるよねぇ。
「ねぇ、光希クン。キミ、ホントにMなの?それともバカなの?」
あれほど気を付けろ言ったのに、全くわかっていなかったらしい光希クンに対し、怒りが沸くというよりもなんだか笑えてくる。
自分を大事にしろなんて綺麗事を言うつもりはないけど、ちょっとくらいは気を付けてほしかったよなー。
「煌成が言ったこと忘れてたワケじゃないよね?」
「……一応」
「──何の話だ?」
勝手に話に割り込んできた竜造寺にイラッとしながらも、極力感情を見せずに一瞥した。
「自分達の仕出かした事の後始末もろくに出来ない連中に聞かせるような話じゃないよ」
「何だと?」
苛立ち紛れに嫌味を言うと、竜造寺の片眉がピクリと上がる。
役立たずは黙ってろ。
これ以上は話すだけ無駄だと判断した俺は、さっさと次の行動に移ることにした。
「じゃあ、皆さっさと移動しようか。──煌成、お願い」
まさか俺ひとりに全部押し付けるつもりじゃないよね? という意味を込めて名前を呼ぶと、廊下の壁に寄りかかって傍観していた煌成がようやく渋々といった様子で動き出した。
元凶である佐伯と、手を出してしまった朝比奈。そして佐伯に対して怒りを露にしていた壬生先輩は、これから風紀委員室で事情を聞かなければならない。
とりあえず消去法で一番何もしてない竜造寺に、たぶん普通じゃない状態の光希クンを心の中で勝手に頼むことに決め、俺達は一旦旧図書館を後にした。
◇◆◇◆
生徒会役員三人を連れて風紀委員室に戻り、併設されてる個室でひとりずつ順番に話を聞いた。
その結果。
身体の関係を強要した佐伯と、手を出してしまった朝比奈は謹慎処分。
壬生先輩は暴力をふるったわけではなく、あくまでも光希クンを助けただけということなので、一応お咎め無しということになったのだが、本人は自分だけ処分がないのが納得いかなかったらしく、生徒会も弓道部も辞めると言い出した。
真面目な人って融通利かない上に、無駄に責任感強いからなぁ。まあ、でも壬生先輩の場合、どうもそれだけじゃない気がするんだけどね。
とりあえず三人には正式に処分が決まるまで自室待機ということ伝え、早々に寮に戻ってもらった。
俺と煌成以外の人間がいなくなり、ようやく一段落ついたところで、俺はある人物に連絡を入れた。
「あー、圭吾さん。忙しいとこゴメン。ちょっと時間いい? 実はお願いがあってさ」
『夏樹が俺にお願いなんて珍しいな。もしかしてトラブル?』
俺はこの学園の理事長である御堂圭吾さんと個人的な知り合いだ。
実は圭吾さんは俺がこの学園の高等部に編入するきっかけを作った人物だったりする。
煌成もその事は知っているので、ここで俺が圭吾さんと電話してても驚く事はない。
「あー、まあそんなとこ。ちょっと光希クンを人目につかないように学園から連れ出してもらいたいんだけど」
『は?どういう事?ちゃんと説明して』
圭吾さんに促され、俺は事のあらましを物凄くマイルドに説明した。
そして、説明後。
『あー、そういうこと』
なんか、声のトーンが一気に低くなった気がするんだけど……。
もしかして静かに怒ってるかな?光希クンのこと大事な従兄弟だって言ってたもんね……。
『生憎だけど俺すぐにそっちに行けないから、代わりの人間行かせるよ。悪いけど夏樹も光希に付き添ってやって』
「え?俺も?」
『うん。よろしく頼むね』
この人のこういう時の言い方。強要してるわけじゃないのに断りづらいんだよな……。
「……わかりました」
俺は仕方なしに了承の返事をした。
こんなやり取りをした約十分後。
風紀委員室に俺を訪ねてきたのは、御曹司のくせに、親友の圭吾さんに頼まれてこの学校で教師をしている東條先生だった。
代わりの人間と聞いてなんかヤな予感はしてたけど、やっぱり東條先生だったか……。
予想外の人物の登場に、煌成が眉を顰めている。
普通生徒間の揉め事は基本生徒会と風紀で解決するのが当たり前で、教師に連絡するのは決定事項のみ。
こんな段階で教師が出てくるのはあり得ないのだ。
「東條先生が来ちゃったんだ……」
思わず口からポロリと洩れた言葉に、東條先生の表情が険しくなる。
「なんか俺が来ちゃマズいことでもあるのか?」
マズいといえばマズいけど、圭吾さんがこういう采配をしたってことは、包み隠さず話せってことだよな……。
俺は東條先生をじっと見上げてどの程度話すか考えながら、とりあえず風紀委員室の外に出た。
「圭吾から中里を連れて来いって連絡きたぞ。何があったんだ?」
うーん。どう話そうか迷うな。
東條先生は生徒会顧問だし、光希クンの担任でもあるから事情を説明しても不自然じゃない。
しかも生徒会の奴らは普段の素行が悪すぎるから、庇いだてする必要もないし……。
俺は険しい表情の東條先生に若干苦笑いしつつ、今回の事の顛末とこれから理事会に申請することになる当事者達への処分。そして現在の光希クンの状況について説明した。
話が進むにつれ、ただでさえ険しかった表情が極悪なものになっていく。
「話はわかった。──中里を迎えに行こう。旧図書館に近い門を開けてもらえるよう守衛に話は付けてくる。そっちから車乗り入れるから、橘は先に行ってくれ」
「りょーかーい」
俺が軽い調子で返事をすると、東條先生は険しい表情のまま立ち去った。
俺も煌成に説明してさっさと行くかー。……面倒だけど。
◇◆◇◆
そういえば本人から全然連絡来ないなー、嫌な予感がするなー、なんて思いつつ、急いで旧図書館の事務室に向かうと、そこではある意味予想通りの事態が起きていた。
まあ、竜造寺だし、あんな状態の光希クンとなら絶対にそういうことになるかなー、とは思ってたけど。
二人きりになってからかれこれ一時間。中でされている会話を聞く限り、まだまだ行為が終わる気配はなさそうだ。
念のために竜造寺の分も着替えの制服持ってきてよかった。
でも、東條先生が待ってるから早くして欲しいんだけど……。
あられもない声をあげて竜造寺を求める光希クンと、ねちっこく光希クンを攻め立てる竜造寺のセックスをこのまま聞いてる気になれず、俺は一旦外で待つことに決めた。
もうすぐ夏休みだけあって、山の中にある学校といえど外に出ると結構暑い。
建物の中に入ってようかな……。でもあの声聞くのもなんかヤダし……。
暑さを我慢するか、他人の情事を聞かされる気不味さを我慢するべきか迷っていると、東條先生の車が旧図書館の入り口前に横付けされた。
「こんなところで何してるんだ?中里は?」
「光希クンはまだ取り込み中。終わるまでここで待機」
車から降りずに窓を開けて話しかけてきた東條先生に、俺は淡々とそう答えた。
その途端。無言の圧力をかけられる。
あー、はいはい。行けばいいんでしょ。
どいつもこいつも俺にばっかり面倒なこと押し付けやがって……!
仕方なしに入り口の扉を開けて中に入ると、普段人気がないであろう旧図書館には、いつもどおりの静寂が戻っていた。
その事にホッとしつつ、若干重い足取りで事務室まで歩みを進めていく。
室内からはさっきのような声は聞こえてこないことにホッとしながら、念のため、扉越しに声を掛けた。
「ねぇ、もうそろそろ入ってもいい?」
少しの間の後、内側から扉が開かれる。
上半身裸のままという格好で、まだ情事の気配を色濃く残している竜造寺を見て、すぐに舌打ちしたくなった。
ソファーを見ると、激しいセックスで疲れ果てたらしい光希クンが眠っており、その身体には竜造寺のものらしきシャツが掛けられている。
それを目にした途端、何だかどっと疲れが出てしまい、自然と大きなため息が出た。
その後は何となく苛立ちが抑えきれず、ついつい竜造寺に対して嫌味ばかり言ってしまう。
不愉快なやり取りをした後でふとソファーに目をやると、こんな時に呑気に寝てる光希クンが目に入り、何だか自分がイライラしてることが段々バカらしくなってきた。
「とにかく。後は俺らに任せてくれない?──はい。着替え。その格好じゃ戻れないでしょ」
持ってきた着替えを竜造寺に渡し、竜造寺のシャツの下はおそらく真っ裸の光希クンをどうやって東條先生の車まで運ぼうかと考える。
すると。
「橘。話が済んだならさっさとしろ」
一向に出てこない俺達に業を煮やしたらしい東條先生がタイミング良く現れた。
あれ?今頃気付いたけど、東條先生って光希クンの素顔知ってんのかな……?
どういう反応を見せるのか密かに気にしていると──。
東條先生は竜造寺を軽く牽制すると、顔色ひとつ変えることなく光希クンの身体に触れた。
……なんかちょっとつまんない。
もしかして圭吾さんからあらかじめ聞いて知っていたのかもしれない。
──けど、あの素顔を実際に見て何とも思わないんだろうか?
その時。
光希クンの耳許に寄せられた東條先生の唇が声には出さずとも、『みつき』という形に動いたのが見えて、俺は驚愕した。
──え?この二人仲良かったの?
その後に見せた何とも言えない柔らかい表情に至っては、俺の脳の活動が一瞬停止する事態に。
──もしかして、東條先生も光希クンのこと好きだとか……?
チラリと竜造寺のほうを見ると、嫉妬丸出しの表情で二人を食い入るように見ていた。
あー、コレ絶対厄介なことになるじゃん。
そんな予感がして、俺は今見てしまった個々の心の機敏を、見なかった事にしようと心に決めたのだった。
俺は特別棟の四階にある風紀委員室の窓から見えた信じられない光景に目を疑った。
「ねぇ、煌成。 何か確実に厄介事の気配がするんだけど」
外を指差しながら、机に向かって書類を読んでいる煌成を呼ぶと、あからさまに嫌そうな顔をされた。
俺だってヤなんだけど……。
窓からは全校生徒の憧れだという生徒会役員のうち、生徒会長、副会長、書記の三人が血相変えて全力疾走してる姿が見える。
これで何もない、なんてことはないよね……。
「あっちの方にあるのって、旧図書館だよねぇ」
旧図書館といえば、最近光希クンが毎日のように利用する場所だ。生徒会役員の壬生先輩も以前から週1ペースで利用している。
これは本人から聞いた情報ではないが、風紀という職務上、学園の防犯カメラのチェックをすることもままあるので、普段人が立ち入らない建物などを利用する人間の名前くらいは把握している。
毎日旧図書館を利用する光希クンと、血相変えてそこに向かおうとしている生徒会役員達。それだけでろくでもないことが起きてると推測するには十分だったのだが──。
すぐに厄介事の中心であろう光希クンに連絡してみたところ、電話に出る気配は全くなく、それによって残念ながら何かが起きていることを確信せざるを得なかった。
「光希クンに連絡つかない。……たぶん当たりでしょ。コレ。煌成、どうする?」
「……確認するしかないだろうな」
煌成は酷く面倒臭そうにそう言うと、さっさと部屋を出ていった。
俺も重い足取りで部屋を後にしたのだった。
◇◆◇◆
煌成と二人で旧図書館に来てみると、案の定佐伯がろくでもないことをやらかしたらしく、生徒会役員達が揉めている最中だった。
俺と煌成は開け放たれた事務室の扉から見えない位置で、一旦中の様子を窺うことにする。
話の内容を聞いてみると、どうやら光希クンが佐伯に無理矢理卑怯な手で身体の関係についての合意を取り付けられそうになったらしく、いつも余計なことは一切言わない壬生先輩が珍しく感情を露にして激高していた。
うわー。佐伯最悪。やっぱアイツはクズだな……。
俺が佐伯に対して嫌悪感を強めてる間にも、事態が思いもよらない方向に動いていく。
話の流れから察するに、どうやらちっとも悪びれない佐伯の態度に業を煮やした朝比奈が、とうとう殴ってしまったらしいのだ。
いつも胡散臭い笑顔を張り付けて、お高く止まってるイメージしかなかった朝比奈がこんな真似をするなんて正直意外だったが、まあ、気持ちはわからなくもない。
予想外に男らしかった朝比奈の対応に半ば感心しながらも、これ以上放置するわけにもいかず、煌成にどうするか視線で確認すると。
即座に無言のまま顎で指示が出た。
あー、はいはい。俺に行けってことね……。
俺はうんざりしながら、緊張感半端ない室内へと入っていった。
「はい。そこまでー。 後はたっぷり風紀委員室で聞かせてもらうよー」
まるで緊張感のない言い方になってしまったのはご愛嬌。
いまいちコイツらのためにやる気になれないんだから仕方ない。
たまたま目に入った竜造寺があからさまに邪魔者が来たと云わんばかりの視線を向けてきたのに気付き、より一層やる気が失せた。
そんなに不本意だったらこっちに手間かけさせないでよ……。
「……橘。何故お前がここにいる?」
俺はげんなりしながらも、理由を端的に説明してやった。
「大人気の生徒会役員が血相変えて旧図書館のほうに走っていくのが見えたから、何事かと思って来てみたワケ。 まさかこんな事になってるとはねぇ」
すっかり変装が解けてる上に、明らかに何かありましたと云わんばかりに乱れた服装の光希クンにチラリと目をやると、物凄く気不味そうな顔をされてしまった。
そんな顔されると、ちょっとつつきたくなるよねぇ。
「ねぇ、光希クン。キミ、ホントにMなの?それともバカなの?」
あれほど気を付けろ言ったのに、全くわかっていなかったらしい光希クンに対し、怒りが沸くというよりもなんだか笑えてくる。
自分を大事にしろなんて綺麗事を言うつもりはないけど、ちょっとくらいは気を付けてほしかったよなー。
「煌成が言ったこと忘れてたワケじゃないよね?」
「……一応」
「──何の話だ?」
勝手に話に割り込んできた竜造寺にイラッとしながらも、極力感情を見せずに一瞥した。
「自分達の仕出かした事の後始末もろくに出来ない連中に聞かせるような話じゃないよ」
「何だと?」
苛立ち紛れに嫌味を言うと、竜造寺の片眉がピクリと上がる。
役立たずは黙ってろ。
これ以上は話すだけ無駄だと判断した俺は、さっさと次の行動に移ることにした。
「じゃあ、皆さっさと移動しようか。──煌成、お願い」
まさか俺ひとりに全部押し付けるつもりじゃないよね? という意味を込めて名前を呼ぶと、廊下の壁に寄りかかって傍観していた煌成がようやく渋々といった様子で動き出した。
元凶である佐伯と、手を出してしまった朝比奈。そして佐伯に対して怒りを露にしていた壬生先輩は、これから風紀委員室で事情を聞かなければならない。
とりあえず消去法で一番何もしてない竜造寺に、たぶん普通じゃない状態の光希クンを心の中で勝手に頼むことに決め、俺達は一旦旧図書館を後にした。
◇◆◇◆
生徒会役員三人を連れて風紀委員室に戻り、併設されてる個室でひとりずつ順番に話を聞いた。
その結果。
身体の関係を強要した佐伯と、手を出してしまった朝比奈は謹慎処分。
壬生先輩は暴力をふるったわけではなく、あくまでも光希クンを助けただけということなので、一応お咎め無しということになったのだが、本人は自分だけ処分がないのが納得いかなかったらしく、生徒会も弓道部も辞めると言い出した。
真面目な人って融通利かない上に、無駄に責任感強いからなぁ。まあ、でも壬生先輩の場合、どうもそれだけじゃない気がするんだけどね。
とりあえず三人には正式に処分が決まるまで自室待機ということ伝え、早々に寮に戻ってもらった。
俺と煌成以外の人間がいなくなり、ようやく一段落ついたところで、俺はある人物に連絡を入れた。
「あー、圭吾さん。忙しいとこゴメン。ちょっと時間いい? 実はお願いがあってさ」
『夏樹が俺にお願いなんて珍しいな。もしかしてトラブル?』
俺はこの学園の理事長である御堂圭吾さんと個人的な知り合いだ。
実は圭吾さんは俺がこの学園の高等部に編入するきっかけを作った人物だったりする。
煌成もその事は知っているので、ここで俺が圭吾さんと電話してても驚く事はない。
「あー、まあそんなとこ。ちょっと光希クンを人目につかないように学園から連れ出してもらいたいんだけど」
『は?どういう事?ちゃんと説明して』
圭吾さんに促され、俺は事のあらましを物凄くマイルドに説明した。
そして、説明後。
『あー、そういうこと』
なんか、声のトーンが一気に低くなった気がするんだけど……。
もしかして静かに怒ってるかな?光希クンのこと大事な従兄弟だって言ってたもんね……。
『生憎だけど俺すぐにそっちに行けないから、代わりの人間行かせるよ。悪いけど夏樹も光希に付き添ってやって』
「え?俺も?」
『うん。よろしく頼むね』
この人のこういう時の言い方。強要してるわけじゃないのに断りづらいんだよな……。
「……わかりました」
俺は仕方なしに了承の返事をした。
こんなやり取りをした約十分後。
風紀委員室に俺を訪ねてきたのは、御曹司のくせに、親友の圭吾さんに頼まれてこの学校で教師をしている東條先生だった。
代わりの人間と聞いてなんかヤな予感はしてたけど、やっぱり東條先生だったか……。
予想外の人物の登場に、煌成が眉を顰めている。
普通生徒間の揉め事は基本生徒会と風紀で解決するのが当たり前で、教師に連絡するのは決定事項のみ。
こんな段階で教師が出てくるのはあり得ないのだ。
「東條先生が来ちゃったんだ……」
思わず口からポロリと洩れた言葉に、東條先生の表情が険しくなる。
「なんか俺が来ちゃマズいことでもあるのか?」
マズいといえばマズいけど、圭吾さんがこういう采配をしたってことは、包み隠さず話せってことだよな……。
俺は東條先生をじっと見上げてどの程度話すか考えながら、とりあえず風紀委員室の外に出た。
「圭吾から中里を連れて来いって連絡きたぞ。何があったんだ?」
うーん。どう話そうか迷うな。
東條先生は生徒会顧問だし、光希クンの担任でもあるから事情を説明しても不自然じゃない。
しかも生徒会の奴らは普段の素行が悪すぎるから、庇いだてする必要もないし……。
俺は険しい表情の東條先生に若干苦笑いしつつ、今回の事の顛末とこれから理事会に申請することになる当事者達への処分。そして現在の光希クンの状況について説明した。
話が進むにつれ、ただでさえ険しかった表情が極悪なものになっていく。
「話はわかった。──中里を迎えに行こう。旧図書館に近い門を開けてもらえるよう守衛に話は付けてくる。そっちから車乗り入れるから、橘は先に行ってくれ」
「りょーかーい」
俺が軽い調子で返事をすると、東條先生は険しい表情のまま立ち去った。
俺も煌成に説明してさっさと行くかー。……面倒だけど。
◇◆◇◆
そういえば本人から全然連絡来ないなー、嫌な予感がするなー、なんて思いつつ、急いで旧図書館の事務室に向かうと、そこではある意味予想通りの事態が起きていた。
まあ、竜造寺だし、あんな状態の光希クンとなら絶対にそういうことになるかなー、とは思ってたけど。
二人きりになってからかれこれ一時間。中でされている会話を聞く限り、まだまだ行為が終わる気配はなさそうだ。
念のために竜造寺の分も着替えの制服持ってきてよかった。
でも、東條先生が待ってるから早くして欲しいんだけど……。
あられもない声をあげて竜造寺を求める光希クンと、ねちっこく光希クンを攻め立てる竜造寺のセックスをこのまま聞いてる気になれず、俺は一旦外で待つことに決めた。
もうすぐ夏休みだけあって、山の中にある学校といえど外に出ると結構暑い。
建物の中に入ってようかな……。でもあの声聞くのもなんかヤダし……。
暑さを我慢するか、他人の情事を聞かされる気不味さを我慢するべきか迷っていると、東條先生の車が旧図書館の入り口前に横付けされた。
「こんなところで何してるんだ?中里は?」
「光希クンはまだ取り込み中。終わるまでここで待機」
車から降りずに窓を開けて話しかけてきた東條先生に、俺は淡々とそう答えた。
その途端。無言の圧力をかけられる。
あー、はいはい。行けばいいんでしょ。
どいつもこいつも俺にばっかり面倒なこと押し付けやがって……!
仕方なしに入り口の扉を開けて中に入ると、普段人気がないであろう旧図書館には、いつもどおりの静寂が戻っていた。
その事にホッとしつつ、若干重い足取りで事務室まで歩みを進めていく。
室内からはさっきのような声は聞こえてこないことにホッとしながら、念のため、扉越しに声を掛けた。
「ねぇ、もうそろそろ入ってもいい?」
少しの間の後、内側から扉が開かれる。
上半身裸のままという格好で、まだ情事の気配を色濃く残している竜造寺を見て、すぐに舌打ちしたくなった。
ソファーを見ると、激しいセックスで疲れ果てたらしい光希クンが眠っており、その身体には竜造寺のものらしきシャツが掛けられている。
それを目にした途端、何だかどっと疲れが出てしまい、自然と大きなため息が出た。
その後は何となく苛立ちが抑えきれず、ついつい竜造寺に対して嫌味ばかり言ってしまう。
不愉快なやり取りをした後でふとソファーに目をやると、こんな時に呑気に寝てる光希クンが目に入り、何だか自分がイライラしてることが段々バカらしくなってきた。
「とにかく。後は俺らに任せてくれない?──はい。着替え。その格好じゃ戻れないでしょ」
持ってきた着替えを竜造寺に渡し、竜造寺のシャツの下はおそらく真っ裸の光希クンをどうやって東條先生の車まで運ぼうかと考える。
すると。
「橘。話が済んだならさっさとしろ」
一向に出てこない俺達に業を煮やしたらしい東條先生がタイミング良く現れた。
あれ?今頃気付いたけど、東條先生って光希クンの素顔知ってんのかな……?
どういう反応を見せるのか密かに気にしていると──。
東條先生は竜造寺を軽く牽制すると、顔色ひとつ変えることなく光希クンの身体に触れた。
……なんかちょっとつまんない。
もしかして圭吾さんからあらかじめ聞いて知っていたのかもしれない。
──けど、あの素顔を実際に見て何とも思わないんだろうか?
その時。
光希クンの耳許に寄せられた東條先生の唇が声には出さずとも、『みつき』という形に動いたのが見えて、俺は驚愕した。
──え?この二人仲良かったの?
その後に見せた何とも言えない柔らかい表情に至っては、俺の脳の活動が一瞬停止する事態に。
──もしかして、東條先生も光希クンのこと好きだとか……?
チラリと竜造寺のほうを見ると、嫉妬丸出しの表情で二人を食い入るように見ていた。
あー、コレ絶対厄介なことになるじゃん。
そんな予感がして、俺は今見てしまった個々の心の機敏を、見なかった事にしようと心に決めたのだった。
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