セカンドライフ!

みなみ ゆうき

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本編

45.訪れました!

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生徒会室のひとつ下の階にある風紀委員室の前まで来た俺は、憂鬱な気分のまま扉を見つめていた。

威圧感バリバリの委員長様に、クセ者感半端ない副委員長の顔を思い出し、俺は大きなため息をひとつ吐く。


ウダウダしてても仕方ねぇよな……。

それはわかっているのだが、嫌な思い出しかない場所に足を踏み入れるには、ちょっとばかし勇気がいる。

しかし、モタモタしてたら戻った後に嫌味な生徒会長に何を言われるかわかったものじゃないので、さっさと用件を済ませて戻ろうと心に決め、意を決して扉をノックした。


──委員長様はいないと困るから、せめて副委員長はいませんように!

そんな俺の願いも虚しく、内側から扉を開けて対応に出てくれたのは相変わらず風紀とはとても思えない風体の副委員長だった。


「いらっしゃーい。光希クン。今日はどうしたのかなー?」


ゆるふわな茶髪をカラフルなヘアピンで留めている副委員長は、あからさまに含みのありそうな笑顔で俺を迎えてくれた。

その顔を見て、俺は不覚にも一瞬怯んでしまう。


「あー、スイマセン。ちょっと志波委員長に用があるんですけど……」


そう言った俺を、頭の天辺から爪先まで眺めた後、ニヤニヤと笑った。


「ふーん。早速生徒会の仕事ってわけ」


昨日決まったばかりだというのに、どうやら関係各所には既に周知はしっかりなされているらしい。

その事に少しだけホッとしながら、俺はすぐにここを訪れた目的を口にした。


「会長からです。この書類に委員長のサインお願いします」


生徒会長に持たされた書類を差し出すと、副委員長がすぐにそれを受け取り、ちょうど顔の前で翳すような感じでヒラヒラさせながら、部屋の奥の席に座っていた委員長様のところに届けてくれた。


「煌成。生徒会がサインくれだって」

「……わざわざそいつに持って来させなくも、メールで済ませれば良いものを。相変わらず面倒な性格してるヤツだ」


ため息を吐きながら、呆れたようにそう言った委員長様の言葉を聞いて、俺もため息を吐きたくなってしまった。

言われてみればそのとおり。メールがあるんならそれを添付で送ってもらったほうが良かったんだけど。


もしかしなくても、俺、無駄なことさせられてる……?
嫌がらせってヤツ?

どういうつもりでこんな事をさせられているかを考えている内に、あっという間に副委員長が戻ってきた。

ところが、その手には何も持っていない。

あれ?書類は?


「何、入り口でボーッとしてんの?入っといでよ」


どうやら委員長様が書類に目を通してサインするまでにはまだ時間が掛かるらしく、俺は渋々あまり良い思い出のない風紀委員室に足を踏み入れた。


だって、副委員長の顔が、ここで待ってますって言える雰囲気じゃなかったし……。


委員長様のサインを待っている間、ありがたいことに副委員長自ら俺の相手をしてくださるつもりらしく、上機嫌であの日散々説教された思い出のソファー席に案内してくれた。


仕方ない、諦めよう……。

俺は腹を括ると、大人しくそこに座って待つことにした。


前回は勝手がわからないうちに突然連れてこられたこともあり、室内の様子などたいして気にしていなかったが、改めてこうして見てみると、生徒会室よりは狭いが、風紀委員室もそれなりの広さがある。

しかし、こちらの部屋に置かれているデスクは今委員長様が座っている席と、おそらく副委員長が使うであろうもののみで、後は今俺が座っている応接セットの他に、何人かが集まってミーティングできるような長テーブルと椅子が置かれているだけだった。

前回来た時は授業時間中だったから他の委員がいなかったのだと思っていたが、この部屋の様子を見る限り、どうやらそうではないらしい。


「他の委員はここにはいないんですか?」

「普通棟のほうにも部屋があるんだ。こっちは幹部専用。実働部隊は向こうの部屋を使ってる。問題が起こるのは大抵向こうのほうだからねー。こっちからわざわざ出向くより効率がいいだろ?」

「なるほど……」


特別棟は通常Sクラス以外の一般生徒の立ち入りが制限されているから、厄介事が起こるなら確実に向こうのほうだろう。

親衛対象はSクラスでも、揉め事を起こす親衛隊員達の大半が普通クラスの人間だ。


「それにしても、一ヶ月間わりと静かにしてると思ったら、突然役員補佐引き受けちゃうなんて、どういう風の吹き回しだったワケ?」

「まあ、俺にも色々事情がありまして……」


細かいことは話さなくても、どうせ経緯や条件の事などは知っていると思われるので、あえて俺の口から話すことはしない。


すると副委員長は俺にとんでもない質問を投げ掛けてきた。


「ねぇ、もしかしてキミ、ドM?
自分からわざわざ厄介事の中に身をおく道を選ぶなんて、痛め付けてもらうことに喜びを感じてるとしか思えないんだけど」


そういう先輩はドSっぽいッスよね……。という余計な言葉は寸でのところで飲み込んでおく。


「俺は色んな意味で至ってノーマルですよ」

「それがここじゃマイノリティだから言ってんの。──ホントにこれが上手くいって、今後に繋がっていくと本気で思ってるワケじゃないんでしょ?」


俺は何も答えず、口許だけに笑みを浮かべた。


まあ、正直ひと波瀾くらいはあるかな、とは思っている。

無事に約束の一ヶ月が終わった後、どういう手段で収拾をつけるかはわからないが、おそらく完全に上手くはいかないと見ておいたほうがいいだろう。

生徒会役員の影響力は相当なものだとは思うが、その言葉に完全な強制力があるかどうかは今のところ微妙だ。


俺としては役員補佐のポジションを今後も有益なものとしてもらわないと示しがつかないし、こういう時こそ、上に立つ人間の資質が問われるというか腕の見せ所だと思うので、収拾をつけると約束したからには、是が非でも頑張ってもらいたいと思っているのだが。

けど、まあ、こればっかりは人間の心情的な問題も大いにあるし、表面上は収まったように見えても、長年の悪習に慣れきった個人の気持ちまでは収まりがつかないだろうということはわかってるので、楽観視はしていないというのが俺の正直な気持ちだ。


「まあ、精々頑張りますよ」


どう言ってみようもなくて当たり障りのない言葉を返した俺に、副委員長がニヤリと笑った。


うん。やっぱりドSっぽい……。


「絶滅危惧種に成り下がったら、ちゃんと護ってあげるから心配いらないよ」

「はあ、そりゃどうも……」


俺は気のない返事をするだけにとどまった。

そうなる前に助けてもらいたいものだが、この人絶対に面白がって、わざと絶滅ギリギリまで助けなそうだし、助けて貰ったら貰ったで、後でどんな目に合うかわからなそうだから、できることなら極力関わり合いになりたくない。




「終わったぞ」


ちょうど会話が一区切りついたところでタイミング良く委員長様から声がかかり、俺はすぐに書類を受け取るために立ち上がった。

委員長様から直接書類を受け取り、所定の位置にサインされているかを念のためその場で確認しておく。
後でまたもう一回来るような無駄な真似だけは絶対に避けたい。

何も説明されないが、俺がここに持ってきた書類よりも枚数が増えているのは、ついでに風紀からの書類も生徒会室に持っていってもらいたいということだろうと理解した。


「ありがとうございました。それでは失礼します」


俺は軽く頭を下げてから、扉のほうへと足を向ける。


すると──。


「佐伯には気を付けろ」


背後から掛けられた委員長様の言葉に、俺は思わず足を止めて振り返った。


「本当に厄介なのは竜造寺じゃない。やることに悪意がない分、佐伯のほうがたちが悪い場合もある」

「……気をつけます」


俺も佐伯の厄介さの片鱗は既に体験済みなので、いくら生徒会室で顔を合わせるのだとしても、必要最小限の接触しかしないつもりでいる。


「佐伯だけじゃなく、どの相手でもとにかく最悪な事態にだけはならないように気をつけて行動しろ。──本当にヤバそうだったら、俺を呼べ。夏樹でもいい」


委員長様は相変わらず威圧感ありまくりだが、その言葉でどうやら俺のことを心配してくれているらしいことは伝わってきた。


「……ありがとうございます」


委員長様の心遣い対して、今度は素直に礼を言っておいた。


「それじゃあ、いつでも呼べるように連絡先交換しよっか」


既にスマホを手に持って俺のすぐ脇に移動してきていた副委員長に対して『結構です』とはとても言えず、結局、二人と強制的に連絡先を交換してから、ようやく風紀委員室を後にすることができたのだった。
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